きみの嘘、僕の恋心

新巻へもん

ハッピーヴァレンタイン

「はい。これ」


 学校からの帰り道、後ろからもの凄い足音がして振り返ったら、目の前に可愛らしい紙袋が突き出された。目玉まであと3センチぐらいのところに拳があり、紙袋が鼻先に触れんばかりだ。ちょっと近すぎる。もう少しで顔面にグーパンチを食らうところだった。


 ふうーっと吐き出す息が紙袋を揺らす。少し下がると拳の向こうにその持ち主の姿が見えた。まあ、予想はしていたのだが、山田麗瀬、御年18歳が微妙な顔をしてこちらを見ていた。ごくごくありふれた苗字と名前の凝った感じがアンバランスな2学年上の先輩だ。


 ***


 麗瀬先輩との出会いは駅前のゲームセンターからの帰りにガラの悪い同年配の不良生徒にカツアゲをされそうになったときに助けてもらったのが最初だった。一緒にいた同じクラスの秀斗が腹を蹴られて地面に転がったときに颯爽と現れる。そして、僕の胸倉をつかんでいた奴も含めて5人があっという間に地面に沈んだ。


「秀斗、大丈夫かい?」

 ひっくり返っていた秀斗を助け起こしながら声をかける女性を僕はそれこそ目玉が落ちそうな感じで見ていた。スラリとした手足とぱっちりとした瞳と赤い唇。頭はなぜか派手な金髪で逆立っていたけれど、すんごい可愛い子だったからだ。


 秀斗のやつ、こんな可愛い子の知り合いがいたのかよ? ひょっとしてカノジョとか? チキショー、いいなあと僕が思っていると秀斗が頭をかきながら紹介した。

「これ、ぼくの姉貴。見た通りの戦闘民族」


 秀斗の頭がスパコーンと叩かれる。

「なあ、秀斗。初対面の相手にそんな紹介はないだろ。アタシがおかしな奴だと思われるじゃないか?」

 ずいと前に出てくると秀斗の姉は僕の手を掴んでぶんぶん振った。

「秀斗の友達だね。よろしくな」


 それから数カ月。麗瀬先輩には色々と振り回された。色々と規格がおかしいので一緒にいるだけで命の危険があったりする。一緒に出掛けた海で15メートルの高さから一緒に海に飛び込んだりとか、紅葉を見に行った先でイノシシをおびき出す囮にされたとか。


 まあ、でも僕は楽しかった。死にかけたけど、麗瀬先輩がなんとかしてくれるという信頼感というか安心感があったし、なんだかんだ言って、麗瀬先輩の側に居られるのは嬉しいからだ。はっきり言って惚れていた。でも、とてもそんなことは言えない。


 一方の麗瀬先輩が僕のことをどう思っているかはよく分からない。舎弟扱いなのかもしれない。弟である秀斗にも聞いてみたが返事ははかばかしくない。

「ねーちゃんははっきり言ってよく分からん。かーちゃんほどじゃないけどな。アイツらは人間じゃねえし」

 聞くところによれば母親も凄いそうだ。


 ***


 僕が呆然と立ち尽くすその先で麗瀬先輩が口を開いた。

「あ、ちなみにアタシの手作りだけど勘違いするなよ。これぐらいはアタシにかかれば大したこと無いから。溶かして再形成するだけだし。ちょちょっと作っただけで全然時間なんてかかってないぞ。材料だって、その辺りのスーパーで買ったもんだから気にしなくて大丈夫。まあ、あれだよ。高校生にもなってチョコの一つも貰えないと可哀そうだろ。秀斗の分も用意してやるついでだな。うん。友チョコみたいなもん。だから、そういうんじゃないからな。勘違いするなよ。そうそう、ホワイトデーのお返しとかもぜんっぜん気にしてないから。じゃあ」


 一気にまくしたてると僕の手に袋を押し付けて、来たときと同様につむじ風のように走り去る。中を覗くと綺麗にラッピングされた丸いボンボンが入っていた。僕は中の一つを取り出すと口に入れる。中から柔らかなガナッシュがあふれ出し口いっぱいに甘さとグランマルニエの香気と少しの苦みが広がった。大人の味。


 先ほどの何一つとして真実が含まれていない長広舌を思い出してクスリと笑う。帰り際に秀斗が迷いに迷った表情で告げたことを思い出した。


「まあ、正直言って余計なことだし、万が一にも伝わらないということはないと思うけど、その万が一が起こったら大変なので伝えておくな。ねーちゃんな。昨日は学校帰ってからずっとチョコ作ってたんだ。先週末にいそいそ製菓材料店まで出かけて入手した材料で。でも、うまくいかねーんだわ。他はともかく、料理とかお菓子作りとかそういうのはな。で、夜中においおい泣き出してさ。帰ってきたとーちゃんが手伝って作り直し始めたのが11時だぜ。ちなみにとーちゃんは何故か菓子作りが得意なんだ。で、ねーちゃんは、日付が変わって出来上がったのを見ながら、アイツ喜ぶかな、ってニヤニヤしながら、ソファで力尽きてた。寝言で、イヤイヤ指輪はまだ早いとか言ってたぜ」


 確かに指輪は早いよなあ。そうでもないか。僕はこの後にどのように振舞うべきか頭を悩ましながら、2つ目を口に入れる。幸せの味がした。


 


 

 

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