第23話


 ……俺が風呂を浸かったところで芽衣は一度風呂から出た。顔が真っ赤になっていた。

 ……兄妹だし、別にそんなに恥ずかしがる必要もないと思うがな。


 けどまあ、思春期の彼女には色々刺激的だったのかもしれない。

 芽衣は直接口に出さなかったが、『八雲と二枝から万が一があったときは止めてほしい』という頼み事もしっかりと引き受けた。


 風呂から出た俺は、リビングに向かう。

 芽衣が風呂へと入ったが、いつもよりも早く出てきた。

 時計を見れば20時を過ぎていた。……もしかしたら、食事が遅くになってしまうからと考えてなのかもしれない。

 一応、すぐに食べられるよう俺は食器などの準備だけはしていた。


「すみません、兄さん。すぐに準備しますね」

「いや、気にするなって」


 そこまで世話されても逆に申し訳なくなる。料理も掃除もろくにできないダメ兄貴ですみません……。

 彼女に心中で謝罪しながら、料理を並べていく。

 

 準備が終わったところで、手を合わせる。


「いただきます」

「いただきます」


 お互いに挨拶をしてから、料理を食べる。

 スーパーで購入した焼き魚が今日の主食だ。塩焼きされたそれを口に運ぶ。


「兄さんどうですか?」

「ああ、うまい」

「良かったです」


 嬉しそうに微笑む芽衣。……前まではこういった些細な会話もなかったな。

 これももしかしたら八雲たちが関係しているかもしれない。

 そういう意味では、あの二人に感謝だな。

 兄妹はある程度仲が良いほうがいいだろう。……将来、どちらかが困ったとき、助け合えるくらいの仲良しがいい。


 夕食を食べ終えたところで、俺は食器を片付けていく。

 ……といっても、洗い物もそんなにできるわけじゃないからな。それを知っているからか、芽衣がキッチンにやってきた。


「……いい加減、俺も家事覚えないとだよなぁ」

「兄さん? ……別にいいじゃないですか。私が全部やりますよ?」

「いや……いつまでも一緒にいるわけじゃないだろ? 特に大学生になったら俺かおまえのどっちかが一人暮らしするかもしれないだろ?」

「そのときは私が兄さんの部屋で暮らしますよ?」

「……いや、おまえの生活もあるだろ?」

「大丈夫です。私はそんなこと気にしませんから」


 俺が気にするんだけど……。芽衣がほら、彼氏とかできたときに俺と一緒に暮らしてたら困るだろ? 何がとは言わないが。

 そういったもろもろの考えがあってのものだったのだが、芽衣は俺の背中を押した。


「兄さんは休んでいてくれれば大丈夫です。家事を覚える必要はありませんから。私がやりますから」

「……はぁ、分かった。何か家事以外でやっといたほうがいいことはあるか?」

「……あっ、それでしたら、少しお願いしてもいいですか?」

「なんだ?」

「……その、一緒に映画見てくれませんか?」


 映画?


「今日は何かやってるのか?」

「あっ、違います。学校で映画を勧められまして……ネットで見れるようでしたので、それを一緒に見たいなぁ……と思いまして」

「……なるほどな。どういうジャンルなんだ?」

「なんでもホラー映画みたいで……」


 ……それで一人で見るのが嫌だと。

 

「わかった。パソコンで見るのか?」

「はい。兄さんの部屋のデスクトップパソコンで見れませんか?」

「たぶん……見れると思う。先に確認しておくよ」

「お願いします」


 映画のタイトルを聞いてから、二階へとあがる。

 自分の部屋についたところで、パソコンの電源をつけた。

 ……一緒にみるといったが、椅子は一つしかないからな。

 少し距離はあるが、ベッドにでも座りながら見ればいいか。


 登録してあるサイトで、映画のタイトルを打ち込んでみたら出てきた。

 最近は月額いくらで見放題みたいなのが多く、わざわざお店で借りてみるということが一切なくなったな。


 そういったお店はやっていけるのか? なんて俺にとってはどうでもよいことを考えていると、芽衣がやってきた。


「兄さん、どうでしたか?」

「ああ、見れそうだ」

「そうですか」


 と、芽衣は俺のベッドに腰かけ、俺の隣に並んだ。

 ……近い。腕がくっつくような距離だ。

 というか、おまえ椅子使わないの?


「椅子、使っていいぞ?」

「いえ、こっちのほうがいいです」


 きっぱりといった芽衣が、さらに体を寄せてきた。

 ちょっとばかり頬が赤い。緊張しているのだろうか?

 ……まあ、ホラー映画そんなに得意じゃないもんな。

 

 椅子に座らないのは、少しでもだれかの近くにいたいからなんだろう。


「それじゃ、見るか」

「は、はい……」


 俺はマウスを使って動画を再生させる。

 まもなく映画が始まった。さすがに映画館のような迫力はないとはいえ、十分な画質の映画が流れていく。

 電気でも消してみたほうがさらに雰囲気は出そうだったが……芽衣が死ぬかもしれない。

 今だって俺の腕をつかんで、がたがたと震えている。


 ……確かに、俺もちょっと怖いかもしれない。夜に一人でトイレに行けなくなるかもしれない。


「わぁ!?」


 芽衣が声を荒らげ、体を跳ね上げた。

 ……俺は映画よりも芽衣のほうにビビった。彼女の声に合わせるように悲鳴が出るところだった。

 俺の腕にぎゅっと抱きついてくる。……芽衣は胸がほとんどないと思ったが、それでもわずかながらの柔らかさが腕に伝わった。


 がたがたと震える芽衣はそんな気にしている余裕もないようだ。震えながら、俺の腕をぎゅっぎゅっと抱きしめてくる。

 ……これが妹で助かったな。下手な相手だったら、こんな落ち着いていられない。……八雲とかだったら、違う意味で心臓バクバクだろう。


 やがて映画は終わり、芽衣はようやく息を吐いた。

 ……確かに、おもしろかったな。芽衣の友人は映画を見定める才能があるな。


「おもしろかったな」

「……お、面白かったです、けど……こ、怖すぎますよ……っ」


 ぷるぷると震えている芽衣に、俺は苦笑する。


「もう一人でトイレいけないんじゃないか?」

「ば、馬鹿にしないでください……っ。い、行けますよ。そのくらい、大丈夫ですよっ」

「へぇ、そうか……そういえば、もう洗濯終わったよな。洗濯物、取りにいくか」

「……そ、そうですね」

「さっきの映画だと、脱衣所にも出てきたよな幽霊」


 洗濯機は脱衣所にある。俺が冗談のつもりでいうと、芽衣は顔を青ざめた。


「兄さん!? よ、余計なこと言わないでください……っ」


 想像してしまったのだろう、芽衣はぶるぶると震えだした。

 ……ここまで芽衣が表情を崩すのは久しぶりに見たかもしれない。

 中学生くらいから、彼女はクールな表情が増えたからな。


 芽衣はベッドから立ち上がり、部屋の扉前に立つ。

 それから、俺のほうに戻ってきて……耳まで真っ赤にして、腕を引っ張ってきた。


「……だ、脱衣所まで一緒に来てくれませんか?」

「……ああ、わかった」


 芽衣がきっと唇を結び、俺を睨んでくる。

 ……久しぶりに、芽衣の可愛い面が見れたな。

 俺はベッドから立ち上がり、芽衣とともに脱衣所へと向かった。


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