第22話


 ……やっと、八雲と二枝が家を去った。

 本当に、いきなりなんだっていうんだか……。

 二枝は……まだいい。もちろん、本心としてはまったく良くはなかったが、二枝の性格はよく理解しているからな……。

 

 こんな俺をからかうのに絶好の機会はないから、家まで押しかけてきたくなる気持ちはわかる。

 ……ただ、どうして八雲まで一緒に来たのだろうか?

 

 二枝と同じタイプの人間……と思ったが、どうにもそれだけがねらいではないような気もした。

 ――いや、待て。


 俺の天才的頭脳が活性化する。

 八雲の様子がおかしくなったのは、今日の昼休みからだ。

 ……そして、昼休み――何があったかといえば、芽衣の登場だ。

 

 これまで、八雲は俺とほとんど関わりがなかったにも関わらず、芽衣が現れた途端に様子が一変した。

 まるで、普段から俺と関わりがあるような口ぶりで、意味深な言葉を並べまくっていた。


「……八雲は、芽衣を狙っている?」


 一度その考えが脳裏に浮かぶと、それが真のものとなる証拠がいくつもあがってきた。

 八雲は、北崎と付き合っているのではないか、そんな話は聞いたことがあったが、結局それは嘘だったようだ。


 ……つまり、八雲は現在付き合っている相手がいない可能性が高い。

 そして、彼女は別に男子と深く関わっているところを、少なくとも俺の見ている範囲ではいつも一緒にいる三人組と行動していることが多い。

 八雲の彼女らへのスキンシップは……よくくっついているようなことがあったな?


 ……八雲は、もしかしたら男性ではなく女性のほうが好みのタイプの人なのかもしれない。

 ……つまり、八雲は芽衣を狙っている。

 だから今日も、強引な口調で俺の家まで押しかけてきたのかもしれない。


 ……そう考えると、二枝も怪しいな。

 

 彼女は女子高に通っていて、ソースは二次元。


 だが、名言の一つに「人間は想像できることは、人間が必ず実現できる」というものがある。

 ……つまり、二枝と芽衣が付き合っている姿は容易に想像できるというわけで、二枝が芽衣を狙ってもおかしくないということになる。

 ……なるほど、な。


 一度理解すれば、色々と納得がいった。

 まあ、二枝のほうに関しては正直今後の経過を見守るしかないだろう。

 俺は小さく息を吐きながら、着替えを持って脱衣所へと向かう。


 いつものように洗濯機に服を入れ、浴室へと入る。

 ……色々考えていたら疲れてしまったな。今日もゆっくり風呂に浸かって、体を休めようか。

 鼻歌交じりに頭を洗っていたときだった。


 ……脱衣所に人の気配が感じられた。

 まあ、たぶん芽衣だろう。これで芽衣以外がいたら逆にビビる。

 芽衣が風呂に入るときは脱衣所の扉の鍵を閉めるが、俺は基本閉めない。


 別にみられて困るものがあるわけでもないからな。

 たぶん、洗濯機でも使おうとしているんじゃないだろうか? もしかしたら今日は洗濯物が多く、一度回り切らないとかあるのかもしれない。


 そんなことを考えていたときだった。浴室の扉が開いた。は?


「に、兄さん」

「……どうした? って、水着?」


 俺がそちらを見ると芽衣はなぜか水着を着用して風呂へと入ってきた。

 ……意味が分からん。困惑しながら、とりあえず俺は大事な部分を隠すようにしゃがんだ。

 ……妹に裸を見られることに別に抵抗はないが、芽衣が顔を真っ赤にしていたからな。……なんだか少し恥ずかしくなってしまった。


「お、お背中流しましょうか?」

「い、いや、いいから……」

「だ、ダメです! ここまで準備したんですから!」

「……そもそも準備するまえに確認しないか?」


 芽衣は無理やり風呂へと入り、すっとタオルをこちらへと向けてきた。

 タオルを受け取った俺はひとまず腰に巻きながら、首を傾げる。

 ……どうしたこいつ? なんだか今日はおかしくないか?


「ほら、兄さん。背中洗いますよっ!」

「……いや、それはいいんだが……どうしてまた?」

「だ、だって……その……に、兄さんに……その……兄さんが……兄さんが、なんだか、たくさん、女性を連れてきた、から……」


 ぶつぶつ、と彼女は呟くように言った。顔を真っ赤にして、何か聞き取れないことを口にしている。

 俺が女性を連れてきたからって……もしかして、芽衣はそのことで何か言いたい事があるのだろうか?

 怒っている……というわけではないようだ。


 恥ずかしがっている? いやそれはこの状況が原因か?

 

「兄さんっ、とりあえず前向いてください!」

「ああ……わかったよ」


 あまり自分の意見を主張する子じゃないんだが、頑固なところも持っている。

 芽衣を気絶でもさせない限り、この状況が変わることはないだろう。

 彼女はボディーソープを泡立てボールにつけ、泡をつくった芽衣はそれから、俺の背中を洗っていく。


 ……くすぐったいような優しい洗い方で、少し緊張する。

 鏡越しに芽衣の顔を見ると、なんだかうっとりしたような顔をしていた。

 ……どうして芽衣がこのような行動に出たのか。


 考えられるとすれば二つ、か。

 一つは俺への嫉妬。

 ……俺の周りに女性が多くなり、妹なりに嫉妬しているんじゃないだろうか?

 嫉妬、といってもそんな過剰なものではなく、単純にちょっとだけ、悔しいと思ったのかもしれない。


 それなりによく話す兄が、別の女と仲良さそうに話している。……まったくもってなかよくはないのだが、芽衣の目にはそう映った可能性がある。


 例えば、子どもの話しではあるが第二子が生まれたとき、第一子が幼児退行して甘えると聞く。

 芽衣もそのようなものじゃないのか? 小学校くらいまで、芽衣は俺と一緒にお風呂に入りたがったからな。

 

 もう一つは……身の危険を感じ、俺に何か頼み事をしたくなったのかもしれない。

 これは芽衣もまた、八雲に……あるいは八雲、二枝の二人に狙われている可能性を感じとった。

 そして芽衣は……恐らく男が好きだと思われるため、八雲たちに対して身の危険を感じ、俺に何かしら恩を与え、それでお願いしたいと思ったのではないだろうか?


 まあ、だとしても、体を洗うというのが第一候補にあがるのはいささか知識に偏りがあるように感じるが。

 ……どちらかは、芽衣に聞いてみるしかないだろう。


「……今日来た……八雲と二枝、どうだった? 仲良くできそうだったか?」

「な、仲良く……ですか? ……兄さんは、あの方たち……仲良いのですか?」


 鏡越しにみえる芽衣の目から光が消えていく。

 ……そんなにあの二人が嫌なのか? やはり、芽衣は二人に狙われている可能性を感じ、恐れているのかもしれない……っ。


「いや、俺は別に二人とは普通の関係だと思っているが……芽衣がどう思ったのか気になってな」

「私は……」


 芽衣はぎゅっと唇を噛んでから、こちらを見た。


「友人としてなら、悪い人たちではないと思います。……ですけど、それ以上になろうとするのであれば……敵です」


 ……確定、だな。

 芽衣は八雲たちに狙われていると感じ、それを恐れている。

 友人以上の関係――八雲と二枝は俺の知り合いということもあり、濁し気味に言ったようだが、それでも俺にはわかった。


「そうか……それだけ聞ければ、十分だ」

「……」


 俺がそう返事をすると、芽衣は頬を赤く染めた。

 ……芽衣もこういっているし、友達として接するくらいなら俺だって何かするつもりはない。

 ただ、まあちょっと気を付けたほうがいいかもしれない、とは思った。

 

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