第16話
いつものように教室で教科書を読んでいた。
「うわ、また……やってるぜあいつ」
「……ほんと、気持ち悪ぃな。勉強勉強勉強って、学校をなんだと思っているんだか」
北崎がそんなことを言ってきた。
学校は勉強するところだろ……。
「学校は友達と生活する場所なのによぉ」
そ、それはある意味正論だ。
……学校というのは勉強する場所という認識がそもそも間違っているという人もいる。
勉強なんて、家庭教師なり塾に通うなりしたほうが効率が良い。
だって、学校は平均に合わせて勉強を教えるからだ。優秀な人間は物足りなく感じ、できない人間はついていけないと嘆く。
だから、個人に合わせてくれる塾か家庭教師を探したほうがいいのだ。
では学校とは何をするところなのか?
集団生活を送るうえのマナー、ルールを学ぶ場所……という人もいる。
俺は断固否定する。学校は勉強する場所だ! 友達不要!
「ぼっちでオタクで、地味ーな眼鏡くんはどうせゴールデンウィークも一人で家で遊んでたんだろうぜ?」
「ほんと、さみしーやつだな!」
ゴールデンウィークはバイトと遊園地。あと、芽衣と遊びにいったな。
……といっても、芽衣にたかられたというほうが正しいか。
一緒に食事にいって、お昼ご飯を奢らされた。いやまあ、俺が兄だから払うといって払ったんだけどな。
芽衣は悪くない……ただ、財布が軽くなってしまった。
次の給料日まで節約しないとな……欲しい漫画とか買えないかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は弁当箱を取り出そうとして……あっ、忘れていた。
そういえば今日は芽衣が弁当を作り忘れてしまったといっていたな。
驚いていたのだが、あんまり話しても責めたてているようになってしまうので、俺は特に深くは聞かなかった。
だから今日は食堂に行かないといけない。
そんなことを考えて席を立とうとしたときだった。
教室の扉が開いた。
別に教室の扉が開くのは珍しいことじゃない。だが、俺はそこにいた芽衣を見て、目を見開いてしまった。
「な、なんだあの美少女は……っ!?」
近くの席で菓子パンを食べていた北崎が、驚いたようにそちらを見ていた。
「た、確かあの子は……一年の間で噂になっていた美少女だ……っ。名前は長谷部芽衣……胸こそないが、それ以外のすべてがパーフェクトな女子だ……っ」
「な、なんだって……あんな子がいたのかよ。へへ、ちょっと声かけてくるわ」
「おいおい、北崎。いきなりで大丈夫か? この前の、八雲さん事件から、おまえの評価二年の間じゃ最悪なんだぜ?」
「おいおい、だから一年に行くんじゃねぇか……っ」
北崎……。
そういえば、昔はよく聞いていた「北崎くんかっこいいよねぇ」の声を聞かなくなったな。
今は人気が分散していると聞いたことがある。戦国時代って奴だな。
「なぁ、キミ長谷部さんって言うんだね?」
北崎がさわやかスマイルとともに芽衣に声をかける。
「……誰ですか?」
「オレは北崎っていうんだ。どうしたの? このクラスに何か用事あるの? クラスの男子で一番人気があるオレなら、何か手伝えることがあるかもよ?」
「……いえ、大丈夫です。自分で探しますから」
「人を探しているんだ。名前は?」
「……お願いですから、近づかないでくれませんか。私、あなたみたいな人、苦手なんです……」
芽衣が軽蔑するような目を北崎に向ける。北崎は驚いた様子で、顔をゆがませていた。
……芽衣は誰かを探しに来たのか。
ただ、俺が協力できることもないだろう。
というか、芽衣と俺が兄妹だってことは誰も知らないはずだ。
……俺と兄妹だなんてわかったら、芽衣がいじめられるかもしれない。
それでさらに芽衣が俺を嫌うようなことがあると面倒だ。
……ここは退散しておいたほうがいいだろう。
俺が席を立った瞬間だった。
「あっ」、という声とともに芽衣がこちらを見た。
芽衣がこちらへと近づいてきた時だった。八雲が立ち上がる。
「あれ、長谷部さんって確か、長谷部一輝くんの、妹さんだよね?」
……な、なぜ知っているんだ!?
俺が驚きながら八雲を見ると、芽衣も驚いたように彼女を見ていた。
〇
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。
あーしはこの言葉を実践することにした。
この恋愛大戦の将とは、長谷部兄。馬とは長谷部妹だ。
確か名前は芽衣、だったはずだ。確証はないので、まだ呼ばないでおこう。
あーしが呼びかけると、長谷部妹は驚いたようにこちらを見ていた。
……まあ、そりゃあそうだよね。ほとんどの人は知らないわけだし。
「たまたま、前外で一緒に歩いているところ見たんだよね。……やっぱり兄妹なんだ?」
「は、はい……そうですけど」
じろっとした目線を長谷部妹が向けてきた。
あーしはできる限り友好的な笑みを浮かべ彼女に近づく。
「お兄さん探しに来てたの?」
「……はい、そうですけど」
ちら、と長谷部妹は長谷部兄を見た。
長谷部兄は困った様な顔でこちらを見ていた。
「ほら、あっちにいるじゃん。どうしたの?」
「……お弁当を用意したので、一緒に食べるために来たんです」
長谷部妹がそういって、弁当箱を取り出した。
……そういえば、長谷部兄はいつも弁当を食べていた。
……それはつまり、毎日長谷部妹が弁当を作っていた、ということになるのではないだろうか?
長谷部家を観察したが、父母が家に入る姿を見たことがない。……恐らく、遠くで仕事をしているか、帰りが遅いのだろう。
「あ、そうだったんだ。よかったじゃん長谷部……って、あっ、二人一緒にいると呼びにくいし、一輝って呼んでいい?」
これもあーしの狙いだった。
……この前の、遊園地では、随分と二枝にダメージを与えられた。
だから、ここであーしも名前呼びに移行する……ッ!
「あ、ああ……いいけど、それで……芽衣、弁当ありがとな」
許可をもらった……っ! あーしの作戦が見事にはまった瞬間だった。
あーしはニヤニヤと口元が緩みそうになるのを必死に抑えながら、二人を見ていた。
……このタイミングで芽衣が来てくれた助かった。
彼女はあーしと一輝を結びつけるための恋のキューピッドかもしれない……っ。
ていうか、芽衣ちゃん、可愛いなぁ……。
一輝と結婚したら、芽衣ちゃんが妹になるのか……。あーし、一人っ子だから、こんなに可愛い義妹が出来るって考えたら……えへへ。
一輝と仲良くなりたい理由がまた一つできてしまった。
一輝が芽衣から弁当を受け取ろうとすると、芽衣はふりふりと首を振った。
「め、芽衣……?」
「……兄さん、一緒にお弁当食べたいです」
そういって芽衣が弁当箱を持ち上げた。
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