第15話
俺が誰と来ているのか話したくないのは……学校で目立つグループの八雲に知られると一瞬で校内の全員に知れ渡ってしまうかもしれないと思ったからだ。
……それだけは絶対に阻止しないといけないと。
なのに――どうして来てしまったんだ二枝!
そんなバトル漫画の重要シーンみたいな台詞を心中で叫びながら、俺は二枝と八雲を見ていた。
……この二人はお互いニコニコと微笑みあっていた。
「初めまして……えーと、私は二枝二葉です。たまにカフェに来られている方ですよね?」
「あー、そうだけど……よく覚えてるね」
「はい。ちょっと気になる方でしたので」
……あれ、二枝ってそっちの趣味があるのだろうか?
それなら、二人仲良く話してくれないだろうか。
俺はひとまず二人の会話を見守ることにした。
「それで、今日はどうしたのですか?」
「いや、別に友達と一緒に遊園地遊びにきただけだけど……そっちは?」
「あっ、そうだったんですね。私は、『一輝』先輩と『二人』で遊びに来ていたんです」
……二枝はところどころ強調しながら、そう言った。
……いやいや。二人でじゃないから。なんだ、その誤解されるような言い方は。
「正確にいうと、俺たちはえーと……カフェの先輩に誘われて遊園地に来ているんだ。つまり、四人だな」
「けど、今は二人きりでの行動ですよね、先輩?」
「あー、うん、まあそうだな」
そこは真実なので、否定しない。
そうしていると、八雲の様子が少しおかしい。……なんだろう、ラスボスが第二形態になる寸前のような顔だ。よくわからんが、とにかくそんな感じ。
というか、
「八雲は……学校の友達と来ているんだよな? いいのか?」
「全然、まだ大丈夫だし。……ていうか、二人は何? 付き合ってるの?」
「いや、そんなことはまったくもって、これっぽっちもないが」
いきなり何を聞いてくるんだ!? そういえば八雲たちはよく恋バナをしていたな……。
やはり高校生女子というのはそういう話題が好きなんだろうか?
彼女らのネタにならないために、必死になって否定しておいた。
というか……俺なんかと付き合っているだなんて誤解されたら、二枝だって嫌がるだろうしな……。
全力で誤解否定してやったぜ、と俺は仕事をやり終えた気分で二枝を見るが、なんだか不服そうな顔である。
反対に八雲は少し落ち着いたような顔になっていた。
……二人とも俺の予想とは真逆の反応なんだが?
「……そう、なんだね。まったく付き合ってないっていうのなら、まーいっか。それじゃ、長谷部。また休みあけ学校でっ」
「……あ、ああ」
……いやそもそも俺と八雲は別に一緒に話すような仲ですらないんだが。
八雲の去っていく背中を見送っていると、二枝は何だか不満そうに頬を膨らましていた。
「どうした二枝?」
「どうもこうもないですよ。なんですかあの人は?」
「八雲真理……俺のクラスメートだ」
「それで、仲が良いと」
「いや……まったくだ。ほとんど話したことがない。たぶん高校入ってからの会話数と、今の会話数なら今のほうがダントツで多いぞ……」
「は? それなのに、なんであんなに好意的に思われているんですか!?」
「好意的じゃないだろ……アレは……俺の恋バナで盛り上がるためにわざわざ聞きに来たんだろ……」
「……こ、恋バナ? わ、私と先輩が、ってことですか?」
「恥ずかしいこと言うなよ……」
俺も意識しないようにしていたんだから……。
俺が困っていると、二枝も頬を赤らめていた。
「けど、安心しろ。あんだけ否定しておけば、あいつもわざわざ俺の恋バナなんてしないだろうさ。……ていうか、そもそも話題にする気もなかったかもな」
「……八雲さんが嫌だから、ですか?」
嫌ってどういう意味だ?
よくわからんが、首を振っておく。
「……いや、そうじゃない。どうして、芸能記者が必死に芸能人のスキャンダルを探しているかわかるか?」
「えーと? 話題性?」
「そういうことだ。学校での俺は……どんなかわかるか?」
「陰キャオタク眼鏡ぼっち?」
もうちょっと控えめに言ってくれません?
その通りなので、何も言えないんだけどさ……。
なんとか声を絞り出す。
「そう、だ。つまり、俺の恋バナなんてしたって……たいして盛り上がらないんだよ。せいぜい一日話題になればいいほうなんだよ。そもそも、『誰そいつ?』ってなるだろうしな……」
「……あー、なるほど」
納得してくれたようだ。いや、今の説明で納得されるのは中々屈辱的なんだけどな……。
「とにかく、そういうわけだから……まあ、安心してくれ。おまえに迷惑はかからない」
「……別に迷惑じゃないですよ」
ぼそりと彼女がそういった。
「いや、迷惑だろ」
「……ああ、もう! とにかく、そろそろお昼ですし! 伊藤先輩たちと合流しましょう!」
「……そ、そうだな」
二枝が俺の肘をぎゅっと握り、そのまま引っ張っていく。
……午後からは佐藤先輩と一緒か。
午前ほど、緊張しなくて済むな。
〇
兄さんが帰ってきた。
……お土産に買ってきたクッキーは遊園地のものだ。
「わざわざありがとうございます。けど、誰と行ってきたんですか?」
「……あー、職場の人だ」
濁した。私の兄さんセンサーが即座に女がいると感知した。
その後、兄さんが風呂に入り、私の番となる。
脱衣所の扉の鍵を閉めたあと、私は兄さんの服を洗濯機から取り出した。
まずは匂い……うん、兄さんの良い匂いだ。
ただ……よく嗅げばわかる。
兄さんの匂い以外に、別の何か……爽やかな香りがする。
……これは恐らく、女性のもの。
兄の服の肘のあたりについていた。
もしかして、兄さんと腕を組んで――。
「アガガガ!」
私は思わず吐血しそうになる。兄さんがどこかの女性と楽しそうに腕をくんで歩いている姿を想像してしまった。
危ないところだった。もうちょっとで吐いていた。
私は何度も深呼吸をする。一度兄の匂いで落ち着いたあと、もう一度思考を巡らせる。
……これは、由々しき事態だ。
兄さんはこれまで彼女はおろか友達もできない人だった。
だから、私は安心して兄さんを見守れた。
けど……兄さんのコミュ力がちょっとずつ上がっていってしまっている。
これはまずい。もっと義妹がいるんですよアピールをしていく必要がある。
「すー、はー、すー、はー……」
兄さんが悪い女に騙され、もう苦しむ姿を見たくはない。
だから私が、守らなければ――!
「すー、はー、すーはー……」
私は兄さんの匂いを嗅ぎながら、決意を固めた。
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