第13話
「先輩、もうギブですか?」
楽しそうに笑いやがるぜこいつは……。
散々、絶叫系マシンに乗りまくることになり、俺はもう非常に疲れていた。
「一度、どこかで落ち着かせてくれないか?」
「絶賛ベンチに座っているじゃないですか」
そういうことじゃなくてだな……。
俺は小さくため息をついてから、近くのお化け屋敷を見つけた。
「ああいう、アトラクションで少し休もうぜ」
「お、お化け屋敷……ですか?」
二枝がぶるりと震えた。表情は険しく、本当に行くんですか? という目を向けてきた。
……まさかこいつっ、お化け屋敷苦手なのか!?
俺はワクワクが止まらなかった。
これまで散々二枝にやられてきたことを仕返しができる。
そう思った瞬間、俺はベンチから立ち上がった。
「行こうぜ二枝!」
「……先輩なに急に生き生きしているんですか? というか、普段みないようなくらいきらっきらの笑顔じゃないですか……」
「いや、普段からこんな感じだろ?」
「仕事中の顔がこんな感じですよ?」
そういって二枝はスマホの写真を見せてきた。
そこには俺が佐藤先輩に髪を整えられている画像があった。
「……なんで盗撮しているんだ」
「私じゃないですよ。伊藤先輩です」
「……なんで盗撮しているんですかあの人は」
「いいじゃないですか」
……というか、人のブッサイクな画像をいつまでも取っておくとかこいつ人の弱みをとことん追求したいタイプなんだな。
本当に底意地の悪い奴だ……。
ま、今日ばかりは俺も意地悪でいかせてもらおうと思う。
「二枝、いいだろ……お化け屋敷。行きたいんだよ」
「……それなら……その……私、本当に苦手なんで……」
やはりそうか。
いけない。こんなことで口元がにやけてしまうなんて、人のこと意地悪とは言えないな。
二枝はちらと俺の方を見てから、手を差し出してきた。
「……手、握ってくれませんか?」
「……は? なんで?」
「怖いからですっ。……ダメ、ですか?」
「いや、別にいいが……」
そう返事してから俺は頬が引きつってしまった。
……じょ、女子の手とか妹以外で握ったことがない。
あっ、もう一つあった。母の手だ。どっちにしろ身内のものしかない。
ちらちらとこちらを見ながら手を差し出してきた二枝に、俺は決意を固めて手を握ることにした。
ぎゅっと、握る。
「せ、先輩!? ち、力……強すぎますっ」
「わ、悪い……っ。そ、その握力を確かめたくて!」
「私で体力測定するのやめてくださいっ」
緊張してしまって思わず力を入れすぎてしまった。
……この前の握力測定が確か70kgだったか? 調べたところだいぶ平均を超えてしまっていたので、平均になるよう制御したのは記憶に新しい。
……これ以上、変なところで悪目立ちしたくないからな。
制御しなくても、ハンドボール投げとかは苦手で、平均以下なんだが。
二枝とともにお化け屋敷と向かう。
時々二枝が手に力をこめてきて、そのたびにドキリとする。どうやら乗り物に乗って、お化け屋敷内を案内してもらえるようだ。
「これなら、落ち着けるな……」
「こ、こここれだと、いざというとき逃げられないじゃないですか……っ」
なるほどそういう発想になるのか。
二人乗りの乗り物で、俺と二枝はお互いにシートベルトをつけて乗り込んだ。
やがて、乗り物が動き出した。
じっくりと見ていると、途中の壁から悲鳴とともにゾンビのようなものが現れたり、ホログラムのようなものが突然出現したり――雰囲気もあいまって中々なものがあった。
……隣を見ると、二枝は顔面蒼白だった。何かあるたび、俺の左手をぎゅっと握ってくる。
悲鳴を押し殺しているようだ。……むしろ素直に吐き出してしまったほうが、よっぽど楽になれるんじゃないだろうか?
そんなことを思っていると、お化け屋敷はまもなく終わった。
二枝はふらふらとしていた。俺は彼女とともに近くのベンチに座った。
……今度は二枝が疲労したようだな。
「わ、悪いな……そこまで苦手だとは思っていなかった」
「い、いえ……気にしないでください」
ひーひーと肩で息をしている彼女を見ると、さすがに罪悪感が湧いた。
「何か、飲み物でも買ってこようか?」
「え? ……だ、大丈夫ですよ」
「いや、別にいいって。ほらなんでも言ってくれ」
「……それじゃあ……冷たいお茶でお願いします」
「わかった」
俺は近くの自販機を探して、彼女と一度別れた。
……自販機、ねぇな。
近くになかったので、しばらく歩き回り……そしてようやく見つけた。
「たかっ!」
さすが遊園地価格だ。ペットボトルのジュースが300円とか、結構なぼったくりではないだろうか?
いや、むしろこれでもまだ安い方なのだろうか? ……まあ、仕方ない。
俺は自分の分と二枝の分で二つ買った。
その時だった。こちらに一人の女性が近づいてきた。
顔を向けると……八雲だった。
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