第12話
俺は眠い目をこすりながら、8時30分に、二枝のマンションへと来ていた。
彼女が借りている部屋は四階。俺がエレベーターを使い、目的の部屋に行くと、二枝が出てきた。
すでに彼女はばっちりと着飾っていた。……すげぇ可愛いな。
二枝の私服を見たのはこれが初めてだった。俺が驚いていると、二枝は前髪を弄るようにしながらそっぽを向いた。
「ど、どうですか……先輩?」
「え、な、何がだ?」
「……聞いた私がバカでした」
服の感想でも求められたのだろうか? ……だとしたら、どっちにしろ正直な気持ちを伝えるなんて恥ずかしくて言えるはずがない。
ま、二枝に関してそんな可愛らしい質問はしてこないだろう。
俺はそんなことを考えながら、彼女の部屋にあがろうとして、そこで足を止める。
「あれ、どうしたんですか先輩?」
「い、いや……あがるのか俺?」
「はい。それが何か――あっ、もしかして……先輩緊張しているんですか?」
「い、いや……そういうわけじゃないが……」
こ、ここで弱みを見せたら、普段の俺いじめのレパートリーが増えてしまう。
そんなことさせてたまるか。
俺は小さく息を吐いてから、部屋へとあがる。
それから彼女の部屋で、軽く髪を整えてもらった。
「うわ……っ」
な、なんだその声は!? 俺が眼鏡をはずした瞬間、彼女が目を輝かせた。
今俺はコンタクトに差し替えようとしていたところだったので、よく彼女の表情が見えなかったが、なんかめちゃめちゃ変な声だったよな……。
視線を向けると、二枝はそっぽを向いていた。
……見るに堪えない顔、だったのか? 鏡を見るが……別に普段通りの冴えない俺がいるだけだ。
「どうしたんだ? ……何か変なところでもあるか?」
「い、いえ……なんでもないです」
なんだこいつ? さっきから全然こっちみないな……まあいいか。
スマホの時計を見ると、結構いい時間だった。
「二枝、早くいかないと約束の時間に遅れる。行くぞ」
「……そ、そうですね!」
佐藤先輩に迷惑をかけるわけにはいかないっ。
俺は急ぎ足で駅へと向かうと……うわ、美男美女のカップルが並んで立っていた。
道行く人たちがみんな二人を見て、歩き去っている。
……やべぇ、あの二人に声をかけるとか恐れ多いんだが。二人は楽しそうに談笑していると、近寄りづらい……。
ちらと見ると、二枝はなぜか耳まで真っ赤にして、ちょうど歩き去っていった人たちのほうを見ていた。
「せ、先輩……今の二人の言葉、聞きましたか!?」
「……あ? 何がだ?」
「そ、その……お、お似合いの……か、カップル……だ、だとか……その……」
「あー、まあ……そうだな。確かにお似合いだよな」
「うえ!? せ、先輩もそ、そう……思ってくれるんですか?」
「……まあ、な。というか、今さらだ。ずっと思ってたぞ」
「ず、ずずずっとですか!? ば、バイト始めたときからって……ことですか!?」
「当たり前だ」
……佐藤先輩と伊藤先輩は本当に仲が良い。本音をぶつけあえるからなんだろうな。
時々喧嘩っぽくなることもあるようだが、そうやって定期的に吐き出せるからこそ、長く関係が続いているのだろう。
俺もいつか、そんな人に出会えたらいいなぁ。
「まあ、あんなお似合いな二人に声をかけるのは……ちょっと緊張するが、そろそろ行くか」
「……アンアオニアイナフタリ?」
「二枝? ロボットか?」
「……先輩。さっきの話って、もしかして佐藤先輩と伊藤先輩のことですか?」
「……いや、それ以外に何の話があるんだ?」
俺がきょとんと返すと、二枝は頬を破裂しかねんばかりに膨らます。ロボットの次はフグになった。
ずんずんと歩いていった彼女に、先輩たちも気づいた。
「あれ? 何か喧嘩してるの?」
「はい、一輝先輩がいじめました」
「え? 長谷部くん、何したの?」
佐藤先輩がニコニコと微笑みながらこちらを見てきた。
ち、違う! 俺は何もしてないぞ!? ……二枝の奴、また俺をいじめて楽しんでいやがるなっ!
本当に二枝というのはいじめっ子だ。
「な、何もしてないですよ!」
「……私の純情を弄ばれました」
どちらかというと普段弄ばれているのは俺! というかそんな事実は一切ない。
伊藤先輩が可愛がるように二枝の頭を撫でていた。
……伊藤先輩はただ単に二枝を可愛がっているだけのようだ。
佐藤先輩がちらと二枝を見てから、微笑んだ。
「なんだ、また何か鈍感発動したんだね?」
「ど、鈍感発動? いや、そんなことは……」
俺は令和のシャーロックホームズと言われているんだ。勘は鋭いほうだ。
空気を読みのも得意だ。学校では皆から邪魔だと思われているから、あえて発言しないんだ。
「ほら、電車乗ろう。開園前につかなくなっちゃうよ」
佐藤先輩が駅のほうへと歩き、俺たちもその後に続いて電車へと乗りこんだ。
目的の遊園地はここから三十分ほどで着く。
電車内は結構混んでいたが、座席が二つ空いていて、佐藤先輩が二人に譲った。
……こういうところ、さりげない気づかいができるんだよな。さすがだ。
俺なら真っ先に座っていたところだ。危ない危ない。
「遊園地についてからはどうしよっか? オレと美樹って……どっちも絶叫系が無理なんだよね」
「え!? そうなんですか? それはちょっと残念ですね……」
二枝が心底残念そうに声をあげる。
……よかった。俺も佐藤先輩と同じであまり絶叫系は好きじゃない。
佐藤先輩がちらとこちらを見る。
「長谷部くんはどうなの? 乗れるの?」
「好きじゃないですけど、乗れないわけではないですね」
「それならよかったね。二枝ちゃんと長谷部くんで一緒に乗りに行ったらどうかな?」
「えっ」
い、いや乗れないわけではないのだが……別に好んで乗りたいわけでもないんだが。
佐藤先輩に察してほしそうにそんなオーラを放ったが、ニコニコという微笑に跳ね返される。
「え? それじゃあ、別々に行動するってことですか?」
「午後からは一緒でいいんじゃないかしら? 午前中に、二人でたくさん絶叫系マシンに乗ってきたらどう?」
伊藤先輩に追い打ちをかけられる。
二枝はちらちらと佐藤先輩と伊藤先輩を見てから、ちょっと恥ずかしそうにしている。
もしかして、わがままを言ってしまったと反省しているのだろうか? 佐藤先輩と伊藤先輩は、なんだろう親が子どもを見るような優しい目で俺たちを見ていた。
わけが分からん。
「一輝先輩、一緒に回ってもらっても、いいですか?」
「……まあ、別にいいけど」
佐藤先輩がそういったのなら仕方ない。
俺が答えると、二枝は目を輝かせた。
「ありがとうございます! 先輩の三半規管がぶっ壊れるくらい乗りまくりましょう!」
……やっぱりこの女は悪魔だ。
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