第9話 東西


 ゴールデンウィークも終盤に迫った。

 最初の三日間はアルバイトに励んでいた。

 ……東西コンビとシフトがかぶっていたが、それをカバーするかのように佐藤先輩がいた。


 佐藤先輩と東西コンビは同じ大学だ。そして、佐藤先輩の大学でのカーストは最上位らしく、東西コンビは佐藤先輩に尻尾を振るしかないのだ。

 ……さすがだ、佐藤先輩は。


 東西コンビは疲れがたまると、すぐに俺をいじめてくるが、佐藤先輩は察しが良いらしく、そういうときはすぐに俺のほうにやってきて声をかけてくれる。

 ……佐藤先輩。俺が女性だったらまず間違いなく佐藤先輩に惚れているだろう。


 今日のシフトは昼から入り、夜までいる。

 夕方ごろ、東西コンビの代わりに二枝ともう一人大学生の女性がやってきた。

 彼女の名前は伊藤先輩だ。……なんでも佐藤先輩と付き合っているらしい。


 二枝が小動物系の可愛らしさを持っているとすれば、伊藤先輩はまさしく美女だ。きりっとした凛々しい表情が綺麗だ。


「ういーっす、変わるよー」


 伊藤先輩が東西コンビに声をかける。

 東西コンビがデレデレと伊藤先輩を見てから、二枝のほうにやってきた。


「そんじゃお疲れ様でしたー。二枝ちゃん、ばいばいー」

「はい、さようならー」

「またあしたー」

「はい、さよならー」


 二枝がばたばたと片手を振っていた。そのあしらい方は手慣れたものだ。

 さようなら、というところに二枝の気持ちがこもっているな。

 二枝がこちらへとやってきて、にこりと微笑んだ。


「先輩、お久しぶりです」

「……久しぶり」

「ゴールデンウィークはどうしてましたか? あっ、すみません……特に予定も何もないですよね?」

「……シフト見ればわかるだろ? 仕事が忙しくてどこも行ってねぇよ」

「それじゃあ、これから予定があるんですか?」


 ……うぐ。またこいつは嫌なことを聞いてくるな。


「特にねぇよ。休み明けの課題がいくつかあるから、片づけないとだしな」

「うわー、高校生なのに、そんな寂しくていいんですか? そんな寂しい先輩に、私が何か用事を用意してあげましょうか?」

「パシリは勘弁だ。……ほら、客が帰るぞ」


 そういって俺は無理やり逃げる。

 ……二枝の奴は何かと理由をつけて、俺を荷物持ちにしたがるからな。

 下手に彼女と話をすると、また知らない仕事を押し付けられてしまう。

 うまく切り抜けられたな。……それからは店も忙しくなり、話をするにしても一言二言程度ばかりだった。


 そうして閉店の20時になり、店を閉める。

 後片付けや室内の掃除をしていると、


「あっ、そうだ。長谷部くん、二枝ちゃん」


 佐藤先輩と伊藤先輩がこちらへとやってきた。

 どうしたのだろうか?


「二人とも、明日とかって用事ある?」


 佐藤先輩がにこりと微笑む。……相変わらずかっこいい笑顔だ。

 俺もこれだけ爽やかに笑えればいいのだが……。


「いえ、俺は特にはないですね」

「あ、ほんと? それなら一緒に遊園地に行かない?」


 佐藤先輩の言葉に俺は傾げる。


「え、俺と先輩の二人でですか?」

「え? なに? はせべっち、そっちの世界に興味あり?」


 伊藤先輩がニヤニヤと顔を寄せてくる。

 いやいや、そうじゃなくて。ただ、いきなり誘われて驚いていたのだ。

 佐藤先輩がふっと笑った。


「二人きり、というのもいいけどね。四人でどうかなと思ってね?」


 さすがだ……。佐藤先輩はこちらが言われて嬉しいことを平然と言う。

 本心はどう思っているか分からないが、相手が嬉しいことを言えるのは一種の才能だろう。

 伊藤先輩が頷いた。


「そうなのよ。ちょうど私たち、大学の友達と四人で行くって話だったんだけど、一人が風邪ひいちゃってね」


 伊藤先輩の言葉に首を傾げる。

 ……一人が風邪をひいたとしても、もう一人誰か誘えば行けるのではないだろうか?


 俺がそう思っていると、伊藤先輩がにやりと笑った。この人は頭が良く、人の感情を読む力も強い。たぶん、担任がいう判断力、社交性の高いというのは伊藤先輩みたいな人のことを言うのだろう。


「元々ね。ダブルデートって扱いだったのよ。それで、向こうの彼氏さんが風邪をひいちゃって、まさか彼女一人が来るって変じゃない?」

「……そうですね」

「そっちには、おうちで看病デートをしてもらうことにして、私たちは遊びに行こうと思ったんだけど……まあ、急でね? 大学の友達はだいたい予定入ってたから、はせべっちとふたっちをと思ったんだけど」


 ……俺たちか?

 二枝を見ると、どうやらすでにその話を聞いていたらしい。

 ……なるほど。だから、仕事が始まる前に、俺に聞いてきたのか。


「先輩、暇って言いましたよね?」

 

 こ、こいつ……っ! すべて作戦だったのか。


「それじゃあ、大丈夫かな?」


 佐藤先輩が首を傾げる。佐藤先輩の頼みなら断れるはずがない。


「分かりました。お二人のデートを邪魔しないように、頑張ります……」

「あはは、はせべっちはやっぱり面白いなー」


 伊藤先輩がにこにこと微笑み、俺の頬をつついてくる。

 いきなりそんなことをされ、俺は驚いて後退する。

 そうすると、伊藤先輩はさらにケラケラと笑う。……からかわれるのは嫌いなんだが、伊藤先輩からはそんなに悪い気がしなかった。

 ……これがきっと、カースト最上位に位置する伊藤先輩だからこそなんだろう。


 ふふ、と佐藤先輩が微笑む。


「それじゃあ明日のためにも、早いところ片付けしよっか」

「は、はいっ!」


 佐藤先輩と伊藤先輩の邪魔をしないためにも、俺は全力で閉店作業を終えた。

 それから、更衣室で着替えた後、俺たち四人は一緒に店を出た。

 わりとこの四人でシフトが一緒になったときは、一緒に途中まで帰ることが多い。


 佐藤先輩と一緒に帰れる日はテンションがあがる……。

 俺も陽キャの親戚くらいにはなれた気分になれるからだ。


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