第8話 妹を怒らせると怖い


 無事、二枝を家まで送った俺はそのまま自宅へと戻っていった。

 帰り際に、『家寄っていきますか?』とかふざけたことを抜かしている二枝は、一人暮らしをしている。

 わりと適当なところがある彼女だが、それでも一人暮らしができるのだから凄いことだと思う。


 料理とかもわりと得意だと聞いたことがあるしな。

 二枝からラインがいくつか届いていたが、とりあえず既読をつけないようにしておいた。

 既読スルーするとあとでぐちぐち言われるからな……面倒なので、寝る前に返信するのがポイントだ。


 家に帰ると、たたた、と芽衣がかけ降りてきた。

 ……もうすぐ22時になるが、芽衣がわざわざ出迎えてくれた。


「兄さん、遅かったですね。確かアルバイトは遅くても21時までに終わるんでしたよね?」


 芽衣には帰りの時間をおおよそで伝えてある。

 駅近くにあるカフェから、ここまで歩いておおよそ三十分だ。

 閉店作業は、通常何もなければ20時30分には終わる。遅くても、21時だ。

 

 だから、22時に帰ってくるのは、結構遅い方だ。


「そうだな」

「何かあったのですか?」


 芽衣が首を傾げていた。

 ……少し怒っているようにも見えた。

 そ、そりゃあそうだよな。

 

 風呂の最後は、いつも芽衣になっている。

 というのも、彼女が最後に風呂を洗ってから出ることで、次の日も綺麗に風呂が使えるからだ。

 見たところ、芽衣は制服のままなので、風呂に入っていないことが分かる。

 

 ……俺を待って22時になったのだ。怒りを覚えるのも無理はない。

 だ、だから前に、俺が風呂を洗うからと提案したこがあるのだが、俺の洗い方では不満があるようだ。


「特に問題があったわけじゃないが、後輩が危ないからって家まで送ったんだよ」

「……後輩? 家まで?」

「ああ、それで遅れたんだ」


 俺がそう答えながら脱衣所へと向かっていると、芽衣がついてきた。

 な、なんだ? 兄の裸でも盗撮して、ネット掲示板にでもさらすつもりだろうか?

 

「ど、どうした?」

「……後輩って女性、ですか?」

「ああ、そうだ」


 まあ普通に考えればわかるか。


「仲、良いのですか?」


 ……芽衣の視線が鋭くなった気がする。


「……いや、向こうは滅茶苦茶俺を嫌っているな。人の困っている姿を見るのが好きな悪魔みたいな奴だ」

「仲が良いわけではないのですね? では、なぜ家まで送ったのですか?」

「いや、オーナーがな。……今日シフトで入っていた人たちの中だと、俺が一番信用できるみたいだからな。……それと、その後輩が俺をいじめるために、アピールしたのもあるんだよ」

「……いじめるため、ですか?」


 ……って、弱気なことを言ってしまった。

 あまりこんな発言はしないほうがいいだろう。小さく息を吐いた。


「ああ……悪いな芽衣。さっさと風呂入っちゃうから……まだ入ってないんだよな?」

「あっ、はい。兄さんの後にと思っていましたので」

「それなら、なるべく早く出るから」

「いえ、気にしないでください。兄さんはゆっくりしてくれて大丈夫ですよ?」


 そういって芽衣はぺこりと頭を下げてから、脱衣所を出る。

 ……俺は服を脱ごうと思っていたのだが、そこで気づいた。

 芽衣のスマホがタオルの隙間に挟まっていた。

 

 タオルは棚にあり、ちょうどこちらを見下ろすような形である。


 それも録画モードが起動されたままである。

 ……うーん? どうしたんだろうな?

 スマホはカメラを簡単に起動するボタンがある。うっかり触って、うっかり録画モードになったとかそんな感じだろう。

 

 ……もしかしたら芽衣は一度風呂に入ろうと思っていたのかもしれない。

 彼女が風呂でスマホを弄るのは日常茶飯事だから、ここにある理由としても納得できる。


「……悪いことしたな」


 やはり、アルバイトの日くらいは芽衣が先に風呂へ入るべきだろう。

 ……そう思いながらも、俺は一日の疲れを流すために風呂にゆっくりと浸かる。

 ……今日はいつも以上に疲れたな。


 ただ、学校の成績表にもあった通り、俺は社交性と判断力が低い。

 ……判断力というのはいまいちよくわからないので、担任に聞いたことがある。


 色々な部分を含んでの判断力らしいが、例えば人の感情を察する機微であったり、何か決断しなければならないときに即座に出せるか、とからしい。

 俺は勘がいいほうなので、おそらくは決断力のなさだろう。確かに、自分がリーダーのような立場になって、率先して物事を決断していくのは苦手だ。


 社交性と被っている部分もあるらしいが、とにかく俺は点数が低い。これをすぐにあげるのは難しいが、社交性に関してはある程度荒療治でなんとかなると武蔵先生は言っていた。


 荒療治、というのは人と関わるしかない状況に身を置くこと。

 だからこそ、アルバイトを紹介されたわけだ。

 

 身体能力に関しては、学校の体育などを参考に算出されている。

 俺は普段から鍛えているおかげで、身体能力自体はあるのだが、体育が大の苦手なのだ。

 というか、球技がマジでダメ。


 体力測定の成績はどれも良いのだが、普段の体育はほとんどが球技だからな……。


 情けない姿からクラスの人たちには散々に馬鹿にされる。

 ……あー、そろそろ体育で球技が始まるな。

 最初はソフトボールだったか。


 嫌だな……本当に……。また今年も外野守備についてバンザイして笑われるんだ……。

 そんなことを考えながら、俺は風呂に体を沈めた。

 とりあえず、これからゴールデンウィークだ。ひとまずは……嫌なことをしないで済むな。



 〇




 兄さんの帰りが遅いというのは分かっていたので、私は監視カメラの準備をしていた。

 ……といっても、ちゃんとした監視カメラを買えるほどのお金は持っていない。

 なので、スマホでこっそりと兄さんの裸を録画するために準備をしていた。


 念入りに一時間ほど、場所を調整していたのだが――私がウキウキで脱衣所に行くと、脱衣所の壁に私のスマホが立てかけられていた。

 ば、バレた……?


「兄さん……スマホ、すみません置きっぱなしでした……」

「あ? ああ、いや別にいいんだが」


 兄さんは特に気にしている様子はなかった。

 ほっと胸を撫でおろしながら、私は録画を確認する。

 兄さんが帰ってくる十分前ほどから準備をしていたのだが、どうやら兄さんは脱衣所に入ってすぐに気づいてしまったようだ。


 残念だ……。

 いや、そこはあまり重要ではない。

 今私が一番心配しているのは、兄さんとの話に出てきた『後輩』という人物だ。


 後輩が男性なら別に構わないのだが、どうやら女性らしい。

 それも、その女性はかなり兄さんのことを意識しているようだった。

 兄さんはそういった感情に凄い鈍感だ。昔から女性に騙されることが多かったらしく、女性に対して本当に距離をとるようにしていた。


 ――そんな女性嫌いの兄さんを、女性から守るために妹というのは存在する。

 兄さんがまともな女子と接することができるのは私だけだ。家族故の絆があるからこそ、兄さんは私におびえることもなく接することができる。


「ゴールデンウィークは、どこかに出かけましょうか。……動物園? 水族館? 映画館? 兄さんの行きたい場所を確認しましょうか」


 考え出したらワクワクしてきた。


 



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