第7話 人気の店員

「ねぇ、今の店員超かっこよくなかった!?」

「ほ、ほんと……驚いちゃった!」

「何歳くらいなんだろう? 大学生かな?」


 俺が席にお冷を持っていくと、八雲のグループがそんなことで盛り上がっていた。

 ……そういえば、さっきちょうど佐藤先輩が帰るところだったからな。

 本当に人気なんだな、あの人。


 佐藤先輩が入ってから、売り上げが50%増加した! とかオーナーが言っていたが、あながち冗談でもないのかもしれない。


「あっ、店員さん! ちゅ、注文いいですか!?」

「はい、少々お待ちください」


 俺はすぐに注文を受ける準備をする。

 八雲がしきりにこちらを見てきていた。……あ、あんまり見ないでほしい。

 というか、休み明け学校行ったらネタにされるのではないだろうか?


 そんな不安を抱きながら、俺は注文を受けた。

 ……パンケーキが二つと、ジュース、コーヒーなどが人数分。

 メニューの通りに答えてくれて助かる。


 この店のアルバイトを開始して真っ先に困ったのは、常連さんの略した言い方だった。

 ……はじめは何と言われているのか分からなかった。


 この店のメニューには番号が振られていて、もっといえば番号で言ってくれた方がこちらとしては対応しやすいのだが、まあお客さんによってさまざまだ。

 飲み物によってはサイズなどもあるのだが……それも人によって頼み方が違う。


 とにかく、そういった人ごとへの対応が様々で、そういった部分が非常に大変だった。

 俺は何とか注文を受け終わり、キッチンに伝える。

 だんだんと人が増えてきたな。


「勤務はいりまーす……って、うわ今日オタクと一緒かよ」

「ま、よくね? 二枝ちゃんいるしさ」


 さらに二人、大学生のアルバイトが増えた。……この二人に俺は結構嫌われてしまっている。


 バイト見習いのとき、緊張して何度かミスしてしまってから、使えないとののしられるようになった。

 ……初めは仕方ないじゃないか。こっちはメニューを覚えるのも必死だったんだから。


 大学生二人組は東原先輩と西原先輩という。

 口には出さないが、俺は二人を東西コンビと勝手に命名していた。


 ただ、さすがに仕事中にそれを表に出してくることはない。

 店も忙しくなってきた。

 せわしなく料理を運んだり、ホール内で注文を受けていた。


 そんなこんなで閉店時間である20時まであっという間だった。

 ……ふぅ、今日も疲れたな。


 この後は閉店作業をして、家に帰るだけだ。

 キッチンにいたオーナーがこちらへとやってくる。

 ……筋肉質のオーナーは、かなり鍛えているのが分かる。


「それじゃあ、みんな今日もありがとね。あまり暗くなってもアレだし、二枝さん、先に帰るかい?」


 オーナーがそう言ったときだった。東原先輩が手をあげた。


「あれ、二枝ちゃん先帰んの? それなら、オレが家まで送っていこっか?」


 へへ、と東西コンビが口元に笑みを浮かべる。

 オーナーが小さく息を吐いてから、男の頭を軽く殴った。

 大学生二人とオーナーは知り合いらしく、彼らの関係はわりと今のようなものだった。


「アホなこと言ってんな。おまえが見送ったほうが危険だろ」

「へーい、オーナー酷いこと言うなー」


 東西コンビがケラケラと笑っている。俺も苦笑しながら、店内のゴミを集めていた。

 あの会話に混ざりこむような社交性があれば、東西コンビから俺への評価も変わるかもしれないが、そんな度胸はなかった。


 いつも遠くから見ているのが精いっぱいだった。


 と、そんなときだった。会話の中心にいた二枝がこちらへとやってくる。

 そうして、がしっと二枝が俺の腕に手を回してきた。

 お、おい!? 彼女の胸が当たっている!


「だいじょーぶーです! 一輝先輩が家まで送ってくれるらしいので!」


 ……いや、言っていないんだけど。

 そうやってすぐに彼女は俺を無理やりに連れ出そうとするのだ。


「おっ、そうか。それなら問題ないな。また任せるぞ」


 オーナーが口元を緩める。

 ……まあ、二枝の見送りはいつものことだ。そして、それに対して東原先輩が声を荒らげる。


「ちょ、オーナー! そっちのほうが危険じゃないっすか? あいつ、普段は陰キャっすよ? 更衣室での顔知ってますか?」

「そういう悪口みたいな言い方するなと言っているだろ!」


 どかっと、またオーナーが一度拳を叩き落とす。

 東西コンビは不満そうに、俺を睨んでくる。

 いや、俺は悪くないだろ別に……。


 そうして、和気あいあい? な中で閉店作業も終わり、俺は更衣室で服装を整えていた。

 と、同じく東西コンビも着替えていて、こちらへとやってきた。


「おい、おまえ……二枝ちゃんの弱みでも握ってんのか?」

「え? い、いや別にそんなことはないですけど……」

「ならなんであんなにてめぇみたいな奴になついてんだよ?」

「いや……」


 懐いてないぞあれは……ただ人が困っているのを見て楽しんでいるだけだ。

 なんなら、奴隷としか思われていないだろう……。

 それとも、この二人は奴隷の立場が良いのだろうか? そういう特殊性癖があるのなら、俺は何も言わないが。


「変なことしたら、ぶっ飛ばすからな?」

「し、しませんよ」


 東原先輩が俺の胸倉をつかんできた。

 ……二枝に変なこととかしたら、まずオーナーが鉄拳制裁だろう。

 オーナーはいつも口を酸っぱくして言っているからな。

 『合意ならいいが、従業員に無理やり何かするっていうなら刺し違えてでもやる』、と。


 だからこそ、この職場では男女がそれなりの関係を保ったまま、仕事ができる。

 ……このカフェの従業員は結構多いのだ。

 というのも、週一日から二日程度でしか入れない人が結構いて、そんな人たちをうまく使いながらシフトを回しているからだ。


 だから、シフト表を見ると、ずらりと多くの名前がある。

 と、更衣室の扉がノックされた。それから、間延びした声が聞こえた。


「一輝先輩ー、着替えまだですか? 女子より遅いって何やってるんですか?」

「い、いま行く!」


 俺は慌てて着替えてから更衣室を出る。と、下着姿のままの先輩たちも俺の隣に並んだ。


「なあ、オレたちも一緒に行こうか? こんなひ弱そうな奴じゃ、ボディーガードに向かねぇだろ?」

「大丈夫です、間に合ってますから」


 にこっと二枝が笑って、俺の腕を引っ張った。

 ……東西コンビが、またもや俺を睨みつけてくる。り、理不尽だ。


 そうして、カフェを出たところで二枝が背筋を伸ばした。


「今日も疲れましたね、先輩」

「……そう、だな。というか、俺を使って先輩たちをからかわないでくれ……ますます嫌われちゃうだろ」

「いやいや、先輩を使ってからかってなんかいませんよ?」


 嘘だ。彼女は俺を使い、優越感に浸っているのだ。

 出なければ、俺に構う理由はないからな。


「先輩、私の家は覚えていますか?」

「……まあ、何度か一緒に帰ってるしな」

「よろしいです。ほら、行きましょうか」


 彼女がぎゅっと腕を組んでくる。

 俺はドキリと心臓が跳ねた。


「前にも……言っただろ……俺は人にくっつかれるの苦手なんだって。は、離れてくれ!」


 ……正確に言うならば、女性にだ。

 ただ、そんな恥ずかしいこと口が裂けても言えないので、人にと嘘をついている。

 いうと、二枝はますますくっついてきた。


「だから楽しいんじゃないですか」


 ……この後輩はすぐにこういうのだ。

 本当に、俺のことが大嫌いなようで、ため息をつきたくなる。

 ただ、ここで弱気なことを言っては彼女の思うつぼだ。


 俺をいじめて喜んでいる。……本当に俺の周りにはいじめっ子が多い。

 はぁ……いじめられる側も悪いとかいう暴論を聞いたことがあるが――俺が何か悪いことをしたのだろうか?


 いじめる前に言ってほしいものだ……改善するから……。

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