第10話 妹に感謝する
四人で歩いていく。
話すのは明日のことだが、俺も自然と話に参加できていた。
……俺がこの店のバイトで信頼している二人だからな。
それ以外の人だと、主婦の方たちは結構優しいが、同じ高校生、大学生バイトは俺を嫌っている人が多い。代表的なのは東西コンビだ。……というか、東西コンビが俺に関して根も葉もないうわさをたてるのだ……。
「そういえば、はせべっちって服とか持ってるの?」
「……まー、そのいくつかは」
「そうなんだ? いや、うちの彼氏もなんだけど、男子って全然服とか興味持たないじゃん?」
伊藤先輩が佐藤先輩の頬をつつく。
その行為に、佐藤先輩は苦笑している。
……へぇ、意外だ。佐藤先輩すごいおしゃれでいつも驚いていたんだけど。
それは俺だけじゃなく、二枝も驚いたように佐藤先輩を見た。
「でも、佐藤先輩凄いセンスいいですよね? 一輝先輩が持ってる服って……たぶんアレですし……」
おいこら、何ちゃっかり俺を馬鹿にしているんだ。
二枝と何度か出かけたことがあるが、さすがに休みの日を潰されたくはなかったので、俺はだいたいいつも放課後とかに出掛けるようにしていた。
二枝とは学校が違うので、一緒になるには連絡を取る必要があって、非常に面倒だったがな……。
だから二枝は俺の私服を見たことがないはずなのに。
……まあ、俺が選んだ服は決してセンスが良いものじゃないがな。ある時、そんな俺を見かねてか芽衣が一緒に服を買いに行ってくれた。今、俺の家にある服はすべて妹が用意したものだ。
「あはは、京介の服って全部私が選んでるんだよ。だって、京介服買うならうまいもの食べたほうがいいっていうような人だし」
「おいおい、後輩に幻滅されちゃうだろ」
京介というのは佐藤先輩の名前だ。俺は恐れ多くて呼べない……。
佐藤先輩と伊藤先輩は本当に仲が良い……。世の中伊藤先輩みたいな女性ばかりなら、俺もここまで女性恐怖症にならなかったかもしれないんだがな。
二枝が感心した様子で伊藤先輩を見ていた。
「そうなんですね、意外です」
「ま、私は服選ぶの好きなんだけどね。二枝も服選びに誘ったらどう?」
「えー、どうしますか一輝先輩?」
行くわけないだろ。
「大丈夫だ。服なら問題ないから」
「えー、ほんとですか? 明日一人だけパジャマで来るのはやめてくださいよ? まだ近くのお店なら空いてますし、これから見に行きますか?」
まだ時間は21時前だ。駅前のショッピングモールは22時閉店なので、その中の店なら開いているだろうが。
「大丈夫だって……一応服はあるし……あー、ほら」
あまりにも信用しれなかったので、春休みに芽衣が買ってきてくれた服を見せた。
芽衣とともにお店で撮った写真が一枚あったので、二枝に見せると、佐藤先輩たちも覗きこんできた。
そして、驚いたようにこちらを見る。
「あ、あれ!? なにこの可愛い子!?」
伊藤先輩、くいつくのそこですか……。
可愛いのは認めるが、ただの妹だ。
「うわ、本当だ凄いね。……それに、長谷部くんも服似合ってるね」
「あ、ありがとうございます」
正直、芽衣にすべて任せていたので、よくわからない。
自分が服を着ても、どれも似合っていないように見えたので、佐藤先輩に言われて安心した。
芽衣、ありがとう……。憧れの佐藤先輩に褒められたよ……。
そんなことを思っていると、二枝がびしびしと芽衣を指さしていた。
「だ、誰なんですかこの人は!? 一輝先輩のま、まままさか彼女じゃないですよね!?」
「そんなわけないだろ!? 妹だ!」
芽衣が俺の彼女だと!? そんなことを聞かれたら、芽衣が発狂して暴れまわるだろう。
俺はスマホをポケットにしまっていると、伊藤先輩が目を輝かせてきた。
「妹ちゃんなんだ!? いいなぁ、ラブコメの鉄板キャラだよね!?」
「……こらこら、人の家族で妄想しないの」
佐藤先輩がくぎを刺す。
……本当に勘弁してください。芽衣に聞かれたらただじゃすまないんで……。
「はー、ごめんごめん、はせべっちと京介で我慢しておくね?」
「人の彼氏と職場の後輩で妄想するのもやめてくれる?」
……伊藤先輩は見た目は非常におしとやかできれいだが、重度のオタクだ。
俺もそちらの道にはそれなりに理解しているほうなので、伊藤先輩とはよく話をする。
佐藤先輩も似たような感じだった。二枝も、俺たちの話から興味を持ち始めてもいた。……俺は特に彼女とはオタク談義をしたことないが。
「……けど、兄妹、なんですか?」
不審げな様子で二枝が首を傾げていた。
……ああ、そうか。
俺の両親が、俺と芽衣に血がつながっていないことをつげたのは、その容姿ゆえだった。
俺と芽衣は明らかに容姿が似ていない。……というか、芽衣がうちの家族の中だと際立って美人だった。
叔父の奥様が、たいそう美人な人で、芽衣はその血を色濃く継いでいたらしいのだ。
……いずれ、容姿で義理の兄妹だとわかるかもしれないからと、俺の両親がカミングアウトしたのだ。
まあ、俺は別に驚きはなかった。
叔父が死んだのは、俺が二歳くらいのことだったけど、はっきりと覚えていたからな。……両親はまさか子どもの頃のことなど覚えていないと思っていたようだが。
「……まあ、血はつながってない。叔父の娘だからいとこだな」
「え? それって……な、なんでなのですか?」
……それは。
ちょっと答えにくいことだ。芽衣の両親はすでに亡くなってしまっているからな……。
俺がそう思った時だった。佐藤先輩がパンっと手を叩いた。
「ちょっと色々理由ありそうだからさ、あんまり深く聞くのもね? 今は可愛い義理の妹がいるってだけでいいんじゃないかな?」
佐藤先輩……。
佐藤先輩はきっと俺の表情の変化を読み取ってそう提案してきたのだろう。
と、二枝も遅れて気づいたようではっとした様子で頭を下げてきた。
「す、すみません踏み入ったこと聞いちゃって……」
「い、いやいいんだ……」
素直にそういわれると困るな。
……二枝は人をからかうようないじめっ子だが、最後の一線は踏み越えない。
だから俺も、なんだかんだ彼女のわがままに付き合うのかもしれない。
ずるがしこい奴なんだ。まったく。
「とりあえず、明日の服装は問題なさそうね」
伊藤先輩もようやく興奮が治まった様だ。
……さっきまで義理の妹、義理の妹と一人妄想に励んでいたからな。
「そうですね。……悪目立ちはしないようにしますよ」
「そんな気張らなくても大丈夫よ。ありのままで楽しみましょう」
伊藤先輩がウインクをして、それから佐藤先輩とともに去っていった。
……ああ、本当にかっこいい人だ。
俺も佐藤先輩のようなコミュ力を身に着けたいものだ。
「一輝先輩、明日楽しみですね!」
「……そうだな」
……二枝は佐藤先輩のことをいつもかっこいいと言っていたな。
佐藤先輩と伊藤先輩が付き合っているのは知っているようだが、それでも彼女はよく佐藤先輩を見ている。
……だから、明日……間接的にとはいえ一緒に出掛けられることが嬉しいのかもしれない。
「あっ、一輝先輩。髪とか整えるの苦手ですよね? 出発前に私の家に来てください。整えますから」
「……そう、だな。分かった」
「あれ、素直ですね? いつもなら、『嫌だよ、めんどくさい』とかいうじゃないですか」
「そんな言い方したことないぞ」
「してますよいつも」
彼女は俺の顔真似をするようにじろっとこちらを見てくる。
……くそ、バカにしやがって。
俺が素直に従ったのは、先輩たちに迷惑をかけたくないからだ。
特に佐藤先輩だな。
俺は二枝を家まで送った後、帰宅した。今日は21時についたので、芽衣に余計な心配をかけずに済んだな。
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