遠距離になって振られた俺ですが、年上美女に迫られて困っています。

第84話：親友の思いに応えるために

　攻守交替に伴い、俺はベンチに戻りながら先ほどの国吉さんとの対戦を思い出していた。

　初球の入りは身体近くに向かってきながら足元に落ちるシンカー。咄嗟に足を引いたから当たることはなかったが少しヒヤッとした。悠岐がベンチから立ち上がりかけていたが日下部先輩に宥められていて気持ちが和んだ。

　二球目。コースは真ん中。だが力のあるストレートを投げ込んできた。俺も反応して振りに行くが球威に押されてバックネットに飛んで行った。さすがは強豪校のエース。悠岐のような例外を除けば簡単に打ち返せないか。

　三球目は内角にストレート。際どいと思ったが判定はストライクだった。サイドスローで右バッターの内角にしっかりと投げ切ることが出来るのはやはり国吉さんが良いピッチャーである証拠だ。

　簡単に追い込まれた。ここから先は全ての球種に対応していかなければならない。ならこの四球目は何を選択するか。俺が彼の立場で、持ち球を考えれば高い確率であれがくる。

　そして投じられた四球目。走る軌道は真ん中。だがここからボールは外側に曲がりながら落ちていく。悠岐によって場外まで放り込まれた国吉さんの決め球の変化球、スライダー。

　コースはいい。だが高さが甘い。外角に逃げていくボールに対して俺は思い切り踏み込んでバットを伸ばし、流れに逆らわずに右中間方向にはじき返してツーベースヒットにすることができた。

「はるとぉ―――！　ナイスバッティング！！」

　空から聞こえてきたのは早紀さんの声。その方向を探すと校舎の三階。文化祭の時に清澄先輩からお説教をくらった生徒会室のある部屋にその姿があった。手を振ってくれていたので俺は思わず拳を掲げた。

「やっぱり、飯島さん来ていたんだな」

　ヘルメット、バッティンググローブを取り外しながら守備に就く準備をしていると悠岐が声をかけてきた。

「あぁ。練習試合だから来ないと思っていたんだけどな。それにしても、なんで生徒会室にいるんだ？」

　俺は苦笑いしながら答えた。だけど不思議なことに。これまで早紀さんを苦手にしていて見かければ何かと騒いでいた悠岐だがそんな様子は感じられなかった。

「さぁね。誰かと一緒に居るんじゃないか？　そんなことより、ナイスバッティングだったな。得点にならなかったのは残念だけど、僕らに決め球を打たれて少しはダメージを与えられたかな？」

「どうだかな。俺が打てたのも運がよかっただけだ。また打てるかって言われたら自信をもって頷けないな。それくらい、あのスライダーのキレはいい」

　あとボール一個分低かったら。もう少しスライダーに速度があったら。きっと結果は違っていただろう。このボールを狙って場外まで運んだ悠岐はさすがの一言に尽きる。

「だから。あれを場外まで運ぶなんてやっぱり悠岐はすごいな。あれ予告（・・）だろ？　お前があんなことするなんて初めてじゃないか？」

　悠岐は見かけによらず好戦的な一面を持っているが、挑発ともとれる予告ホームランはこれまでしたことはなかった。それだけこの試合が彼の中で腹に据えかねていたのだろう。悠岐はフン、と鼻を鳴らした。

「晴斗を苦しめる元凶が二人（・・）もいるんだぞ？　僕が怒るには十分すぎる理由だろうが。あの狸爺とあの女にそろそろ現実見せてやる」

　グローブをはめて、悠岐は先にグラウンドに向かう。その直前に振り返り、不敵な笑みを浮かべながら俺に宣言した。

「あと何回打席が回ってくるかはわからないけど。全打席予告ホームランして場外に叩き込んでやるつもりだ」

　力強い言葉だった。だから悠岐がどれだけこの試合に対して納得いっていない部分がるのか。あの女に対して俺以上に怒っていることが痛いくらいに伝わった。そんなことで親友に無駄な気を遣わせていることに申し訳なく思う反面、嬉しい気持ちになる。

「だから晴斗。お前も簡単に打たれるんじゃないぞ？」

「……あぁ、わかったよ、悠岐。ありがとう」

　もう一度鼻を鳴らして、悠岐はグラウンドに出た。その後に続いて俺もマウンドに向かうが、その前に相棒に声をかけた。

「慎之介。ちょっといいか？」

「うん？　どうした、晴斗？」

「まだ２回だけど。ここから先は今出せる全力で行く。悠岐ばかりにいい格好はせてられないからな」

「……おぅ！　わかった！　思い切り投げてこい！」

　俺の言葉と佇まいから並々ならぬ決意を感じ取ってくれたのか。慎之介は一瞬惚けた顔をしたがすぐに表情を引き締めた。

「日下部先輩ほど頼りにならないかもしれないけど、俺も今出せる全力でお前に応えるよ！」

「頼りにしてるぞ、相棒」

　ポンと、慎之介の胸にグラブで叩き、俺はマウンドに向かう。ピッチングは投手と捕手の共同作業。二人で試合という作品を作り上げるものだ。抑えるのも打たれるのも二人で責任を背負っていく。それが俺の考えるピッチングだ。

　先制点をもらった直後の２回表。４番の国吉さんから始まるここからの三人をきっちり抑えて流れを明城側に手繰り寄せる。

「はるとぉ―――！　頑張れ！！　負けるなぁ！」

「カッコいい所を見せてくれよ！　晴斗！」

　早紀さんの声に続き、清澄先輩の声が聞こえた。二人の美女が窓から身体を乗り出して手を振っていた。冷静に考えれば早紀さんが校舎の中に、しかも生徒会室にいるのには無理がある。となれば清澄先輩がいるのも頷ける。

　まだ清澄先輩には早紀さんとのことは話せていない。いや、もしかしたら早紀さんの口から聞かされているかもしれない。だけど、俺の口からも話した方がいいと思う。

　６月。一度告白して断ったにもかかわらず、それでも俺のことを諦めない、好きだと告げてくれた清澄先輩。それに俺はちゃんと応えないといけない。だけどまずは―――

「―――この試合に勝つ。話はそれからだ」

　あの女と決着を付けた後。清澄先輩と話をしよう。

　打席に立つのはエースで四番の国吉さん。俺はあなたからヒットを打った。けれどあなたを打たせるつもりはない。

　全力で、抑える。