第83話:幼馴染の思惑
私―――荒川恵里菜―――は目の前で起きた現実に納得がいかず、思わず唇を噛みながら、ムカつくくらい爽やかな顔で一周する坂本悠岐を睨みつける。
ベンチで頭を叩かれながら、出迎えた晴斗とハイタッチを交わしていた。そして最後にあいつは私に向けて小馬鹿にするように舌を出してきた。なんて憎たらしい奴。昔から変わらない。
中学生の頃。私が一緒にいるにも関わらず、私以上に晴斗に子犬のようにべったりとくっついていたお邪魔虫。野球選手としての才能があるかどうかは当時の私にはわからなかったが、小さい身体なのに誰よりも遠くに飛ばしていたのは覚えている。
だが、彼女だった私にしてみればあの男は私達の時間を奪う泥棒猫以外の何者でもなかったから晴斗に怒ったことがあった。せっかく一緒にいるんだから私のことをもっと見て欲しいと。
「そんな風に言わないでくれよ。悠岐はすごい奴なんだよ? 間違いなくプロに行って将来日本一の選手になる。そんな奴と一緒に過ごせるなんて奇跡だと思わないか? って言っても恵里菜にはわからないよな。ごめん……少し気を付けるよ」
どこか悲し気な目で苦笑いをしながら晴斗は私の頭をポンポンと撫でた。彼は私が怒ったり機嫌が悪くなったりしたらよく頭を撫でてくれた。小さい頃から私が泣いたりしたらよくそうしてくれたから。それを嬉しく感じていたのは間違いない。彼の手はとても温かいのだ。
ずっと一緒に居られると思っていた。けれど晴斗はご両親の反対を押し切って東京の高校に進学することを選んだ。
甲子園で優勝してプロ野球選手になる。そして最高峰の舞台、メジャーリーグでチャンピオンズリングをつけるという壮大すぎる夢を叶えるために。私はもう少し現実を見たほうがいいのではないかと思ったがそれは口に出さず、ただ頑張ってね、とだけ伝えた。進学先には坂本悠岐も一緒だというから腹立たしかった。
結局、晴斗とは疎遠になり。落ち込んでいるところに校内でもイケメンとして有名な悟史さん―――マウンドで投げているピッチャーの国吉悟史―――に声をかけられて仲良くなって、気付けば今に至る。
夏。また昔のような関係に戻りたいと思った。悟史さんとの情事が色褪せたように思えたこともあるが、やっぱり晴斗の隣に居たいと思った。だから怪我をした彼を心配してお見舞いに行ったのだが。今度は別の奴に、飯島とかいう女に邪魔をされた。
晴斗からは一生顔を見たくないと言われた。飯島とかいう女からは消えろ、二度と晴斗の前に顔を見せるなと脅された。
そしてそれまでの出来事や晴斗の私に対する気持ちは家族にも知られた。妹の奈緒美からは無視されるようになって口も利かなくなった。父と母ともぎこちなくなった。
それもこれも、私をほったらかしにした晴斗のせい。そして晴斗を誑かしたあの女のせいだ。
どうにかしてこの鬱屈とした気持ちを晴らす手段はないかと考えていた時。悟史さんからもう何度目かになる晴斗のことを聞かれた。
悟史さんには晴斗のことは幼馴染の私をほったらかしにして東京で女を作っていた、というに風に話した。ひどい奴だなと怒っていたが、野球選手としての晴斗のことは悟史さんは認めていた。だから怪我の状態などを聞いてくるのだが私が知るはずもない。
「そっか……まぁそうだよな。悪いな、恵里菜。同じ高校生として、令和の怪物ピッチャーと戦ってみたかったんだけど……無理そうだな」
全国までいかないとそのチャンスはないからなと、悟史さんは自嘲した。だが私は閃いた。これだ。晴斗の両親に連絡をして練習試合を組んでもらう。
晴斗のお父さんは常華明城野球部のOBで監督の教え子。さらにお母さんも加えたこの三人で、改めて晴斗を説得してもらって東京から連れ戻す。常華明城に転入させればいい。そもそも常華明城高校が晴斗を引き抜きたかったがそれに失敗したのは地元では有名な話だ。
東京から戻って来ることになれば、あの女ともお別れしなければならない。
きっと晴斗は悲しむだろう。そんな彼を前にして私は笑うのだ。全部お前が悪いのだと。
それが私の考えた復讐。あの女も大好きな晴斗と離れ離れになるから泣くかもしれない。いい気味だ。
もちろん、晴斗のご両親にはそんなことまで話さない。ただ私が話したのは、練習試合を提案すること。試合後に晴斗とご両親と常華の監督の四人で話をして転校を勧めること。そして、晴斗の近くには悪影響を及ぼす女がいること。ただこれだけ。
そして試合では悟史さんが抑えて常華明城打線が晴斗を打ち崩せば完璧。明秀高校にいるより常華明城高校で野球をした方が夢を叶えられると彼にわからせることが出来る。私はそう思った。
「それなのに……どうして……ッ!」
憎き男に先制の場外ホームランを打たれた。4番は抑えたが、次のバッターは晴斗。
ボール。ファール。見逃しで1ボール2ストライクと追い込んだ四球目。外側に曲がっていく変化球を右中間方向にはじき返されてツーベースヒットを打たれた。塁上で一息つく晴斗に、頭上から声援が飛んだ。
「はるとぉ―――! ナイスバッティング!!」
見上げた先。校舎の三階からあの女、飯島早紀が手を振りながら晴斗に向けて声を送っていた。それに気付いた彼は嬉しそうに右拳を掲げていた。そのやりとりがひどく腹立たしくて、私も負けじと声を出した。
「ツーアウトですよ! 悟史さん! 頑張って!」
悟史さんは大きく頷いて。6番打者を三振に抑えて1回の攻防は終わった。
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