第11話:気になる後輩は注目の的【マネージャー:相馬美咲】

 今宮君とデートした翌日。この日は平日だがすでに高校は夏休み。生徒はおらず、今グラウンドで汗水たらしているのは野球部の面々だけ。コーチのノック音、それを懸命に追いかける選手たち。怒号ではなく、互いを叱咤激励する声が飛び交う雰囲気は、夏の熱気と相まって周囲の気温を上昇させるが、そこにむさ苦しさはなく、むしろすがすがしく感じられた。


「いやー今年の明秀野球部は強いですな。これなら甲子園も期待できるかもしれませんね」


「そうですな。なにせエースの松葉君が素晴らしい! 本格派左腕で、ストレートの平均は140キロを超えていますからな。そこに精度の高いスライダーとチェンジアップの組み合わせは抜群! そうそう捉えられることはないでしょう!」


「その松葉君だけでも心強いのにさらに今年はもう一人エースがいますからね。スーパー一年生の今宮君が! いやーまさかあんなすごい子がいるとは思いませんでしたよ!」


「実は彼、ジュニア時代から有名だったんですよ! なにせU15の日本代表のエースでしたから! 彼の元にはそれこそ数えきれないほどのオファーがあったとの噂です。それを全部断ってうちに来てくれたんです! 感謝感謝ですよ!」


「おぉーそうだったんですな! 日本代表に選ばれていたならあの投球も納得ですな。いやーそうなれば明秀高校野球部の今後三年間は安泰ですな」


 ガッハッハッと大きな声で笑う明秀高校OBや地元に住む野球好きのおじさん達。暇なのか野球部がベスト8に進んだあたりから野次馬が増えだした。そして甲子園出場を決めてから初めての練習の今日。その数は整理に警備員を検討するレベルだ。


「まったく……松葉先輩だけじゃ期待できないとか好き勝手言ってたくせに、手のひら返しがすごいんだから」


 私、相馬美咲はボールを拾いながら練習を観に来ているおじさま達にもう何度目かとなる文句を呟いてしまう。私以外にもいるマネージャーも同意見の様で苦い顔をしながらボールを拾ったり、ついた泥を磨いたりしていた。しかし、私たちを、私を悩ませる原因はおじさま達よりも彼女たち・・・・の方だ。


「「キャァ―――! 松葉く―――ん!!」」


「「今宮く――――ん! こっち向いてぇ――――!!」」


 さながらアイドルに向けるかのような黄色い声援は練習で声出しをしている選手たちにも負けず劣らず声を張り上げている。頭が痛い。これではライバルが―――


「くぅ……あれじゃあ選手たちが集中できないのがわからないのかな? というかどこの高校の子たち? どこから湧いてきたのかな?」


「そりゃあんだけの活躍をした上に全国放送で取り上げられたら、どこからでも湧いてくるってことくらいわかるでしょ?」


「もう……涼子ちゃんの意地悪! そんなことはわかってるよ! でも、でも……」


「まったく。公私混同しすぎよ、美咲。今は野球部のマネージャーとしてシャンとして。じゃないと、先輩だけじゃなくて後輩にも示しがつかないよ?」


「うぅう……わかったよぉ。我慢するよぉ。涼子ちゃんの鬼ぃ……」


 はいはい、と呆れながらボール拾いを続ける彼女は、私と同じクラスで親友の尾崎涼子ちゃん。


 中学生のころまで男子に交じって野球をしていた経験者。しかし身体つきが大きく差がつき、試合に出場できない高校では野球を諦めてマネージャーをしている。でもその裏でこっそり練習をしているのを知っている。


「それにしても、今宮君の集中力は異常ね。これだけ女子の声援やおじさんたちが観ていている中でも淡々と投げ込みしてる。中にはプロのスカウト・・・・・・・も混じっているのに……さすが日本代表経験者ね」


 涼子ちゃんは投球練習場で投げ込みをしている二人に目を向けた。エースの松原先輩の表情は時たま笑顔を浮かべてリラックスしている。それに対して今宮君―――はる君は真剣な表情でキャッチャーの構えたミットへ糸を引くような流星を投げ込んでいた。


「ナイスボール! 今日も絶好調だな、晴斗!」


「まだまだだよ、慎之介しんのすけ。一連の身体の移行に誤差がある。これを直していかないと松葉先輩のように上では戦えない」


「相変わらずストイックだなぁ。まぁいいや。さぁ、次行こうぜ!」


 はる君とバッテリーを組んでいるのは彼と同じ一年生の坂倉慎之介さかくらしんのすけ君。彼も高校一年生にしてはキャッチング技術や肩の強さなどは目を見張るものがあった。工藤監督も日下部君には口を酸っぱくして油断するなと言っているほど。つまり、彼ですらレギュラーを確約されていないということだ。


 そんなことより。ゆったりとしたフォームからズバッと投げ込むはる君の姿は惚れ惚れほどかっこいい。出来ることなら今すぐ真後ろから眺めていたい。


「あの二人はいいコンビになりそうだね。でも一年生と言えばもう一人、今宮君と並んでうちのスーパールーキーがいるからね。予選大会は中学の頃の怪我の影響で登録されなかったけど、完治した今なら間違いなく選ばれるわね。その証拠に―――」


 私は涼子ちゃんに言われた意識を現実に引き戻してグラウンドに目をやると、この球拾いの元凶が甲高い音を響かせて綺麗な放物線を描きながら外野に張られている防護ネットまで白球を打ち込んでいた。


「投の天才が今宮君なら、打の天才は坂本君ね。上半身と下半身の連動がとてもスムーズである種芸術ね。それに加えてボールのどこを叩けばどんな打球をどこに飛ばせるかを理解している。この三人が同じ学年にいるなら確かに安泰だわ」


 惚れ惚れするような放物線、度肝を抜く鋭い閃光、それを右・左・真ん中に打ち分けていく。これをさも当然のように行っている。それが右投げ左打ちの三塁手の天才一年生、坂本悠岐さかもとゆうき君だ。


「これは、甲子園後の野次馬の数がどうなるか、想像するだけで恐ろしいわ。今の倍になるんじゃない?」


「ば、倍!? そ、それはまずいよ涼子ちゃん! ライバルが! ライバルの数が!」


「馬鹿、みんながみんなあんたのお気に入りの今宮君狙いってわけじゃないから。もう、彼のこととなると途端にポンコツになるんだから……後で昨日のデートのこと、じっくり聞かせてもらうから覚悟しておきなさいよ?」


「っえ!? そ、それは勘弁してほしいかな……私だけの胸に秘めておきたいから……」


「ハァ!? 何なめたこと言ってんの? さすがの私も怒るよ? なぁにが『私の胸にだけ秘めておきたい』よ!  殴るわよ!? いや、今すぐ殴らせなさい!」


 こぶしを握り、今がボール拾いの最中と言うことを忘れて私に向かってくる涼子ちゃんに、私はすべてを諦めることにした。素直に吐いたほうが色々楽になりそうだ。


「わ、わかったよぉ。あとでちゃんと話すから、ちゃんと話すから今は仕事しよ? ね?」


「ふん、初めからそういえばいいのよ。初めからね。そうと決まればさっさと球拾いを済ませちゃいましょう。今日の練習後が楽しみね!」


 るんるん気分でスキップし出しかねないハイテンションで球拾いを再開する涼子ちゃん。私はその姿に練習終わりの喫茶店での尋問を想像して思わず苦笑い。


 そしてもう一度はる君に目を向けると、ちょうどキャッチャー坂倉君からの返球を取りこぼしていたところだった。珍しいことがあるなと思っていると、つい先ほどまで真剣な表情だったはる君が帽子を目深にかぶりなおして俯いた。


「はる君……? どうしたんだろう。……照れてる? でも誰に?」


 きょろきょろとその原因を探してみる。彼の投球そのものに乱れはないのだが、投げ終わった後の返球の際がどこかぎこちない。隣に立っている松葉先輩に何か言われて焦っているようにも見える。


「晴斗君! ナイスボール! その調子だよ!」


 ―――見つけた。彼を狂わせている・・・・・・その原因を。ただ黄色い声援を上げている他校の女子高生やうんうんと満足げにうなずいているおじさん達とは違い、まるでコーチのような声援を送っている若い女性が一人いた。しかも見覚えがある顔だ。


「あの人……確か決勝戦の時にスタンドにいた……?」


 カワウソがプリントされた半袖Tシャツにジーパンを履いたラフな格好だが、すらりとした抜群のスタイルの前では、そんな恰好であっても魅力が溢れていた。まさに大人な美女と称するに相応しく、モデルとか芸能人と言われてもおかしくない。それほどの気品をその人から感じた。私が勝っているのはこの胸くらいだ。


「誰なんだろう、あの人。はる君のお姉さんかな? でも上京組だからそんなはずないよね。っあ、もしかしてあれが一緒に暮らしているって話していた叔母さんかな?」


 私はそう結論付けて仕事に戻った。天才打者の打撃練習は終わり、シートノックが始まろうとしていた。ノックを行う監督への球出しは先輩マネージャーの仕事。その間私や涼子ちゃんはボール磨きだ。でも今気づいたことを涼子ちゃんに話すことは辞めておこう。絶対にめんどくさいことになること間違いなしだ。

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