第12話:友達と恋バナ【マネージャー:相馬美咲】

「はぁ―――!? 恋人繋ぎをして一日過ごしたぁ!? しかも二人だけの時は名前呼びをする!? ちょっと美咲! それって大進歩じゃん!」


「ちょ、ちょっと涼子ちゃん! 声が大きいってば! もう少し音量落としてよ。恥ずかしいよぉ」


 野球部の練習は夕方に終了した。一週間後には阪神甲子園球場のある兵庫県に向かう。残念ながら同行するマネージャーの数は限られており、私と涼子ちゃんはその数には含まれていない。


「ハハハ。ごめん、ごめん。でも美咲、あなた見た目は小動物のくせにやるときは立派な肉食獣ね。見直したよ。やるじゃん、美咲」


「うぅ……はる君とだけの秘密にしておきたかったのに……涼子ちゃんのいじわる、鬼。悪魔」


 私は頼んだ小豆入りのミルクティをちびちびと飲みつつ、若干涙目になりながら恨みがましい視線を涼子ちゃんに送る。


 ここは駅前にある名古屋発祥の有名な喫茶店。練習終わりに涼子ちゃんとここに来るのがマネージャーになって一年の間に日課となっていた。


「それよりも美咲、本当なの? 今宮君が幼馴染の彼女さんに振られたって話。随分長く付き合っているって話だったよね?」


「そうみたい。ベスト8が決まった後くらいにメッセージが着て、一方的に別れを告げられって言ってた。『連絡を怠っていた自分が悪いんですけどね』って話していたけど、その彼女さんも連絡はまめじゃなかったみたい」


 練習中に宣言していた通り、私は涼子ちゃんに半ば拉致される形でここに連れてこられた。話を聞かせてあげる代わりに奢ってもらうことで手を打った。そして、昨日のはる君とのデートを洗いざらい話した。それはもう赤裸々に。


「そっか……やっぱり高校生になって突然遠距離になったらそうなるよね。でもこれで美咲にもチャンスが出来たわけか」


「うん。ちょっと複雑だけど、こうしてチャンスが転がってきたからには逃したくないの。って、誘う前に知っていたらよかったんだけど……」


 はる君には申し訳ないと思ったけど、失恋の件も涼子ちゃんに話した。彼が地元に恋人がいるのは野球部内では公然の事実となっている。そんな彼とデートしたとなればはる君が不誠実な人と思われかねない。だから私は涼子ちゃんに全て話したのだ。


「それにしても……美咲が今宮君をデートに誘っただけでも驚きなのに大胆にも恋人繋ぎをしちゃんとわねぇ。お姉さんは驚きだよ。しかも誘った時にはフリーだってこと知らなかったんでしょ? きゃ――美咲ちゃんってば大胆!」


 涼子ちゃんは自分の肩を抱いて可愛い悲鳴を上げる。私がむっと睨むと冗談だよ、と手を振ってまじめな顔に戻って話をつづけた。


「でも今宮君って優しいんだね。映画観てトリップしたあなたを心配して手を引いてくれたんでしょ? 普通なら放っておくところだよね。多分私なら呆れて放置してたわ。というか、高校生の男女がデートで観た映画が特撮って……ありなの?」


 やはりそこは普通の女子なら呆れるところか。でも私は後悔していない。むしろ大正解だったと思っている。何故なら、今宮君も特撮が好きだったから。


「ありよりのありだよ! はる君も好きだって言ってたし! 過去の作品も全部ばっちり知ってたしね! しかも観たかったんですよね、とも言ってたもん!」


「いや……そこはあなた、今宮君が気を使ってくれたかもしれない可能性を疑うのは……無理か。恋は盲目ってよく言ったものだわ」


 やれやれと今度は首を横に振る涼子ちゃん。解せない。はる君はお世辞を言うような子じゃないのに、疑うなんて失礼だ。


「それよりも美咲。あなた気付いているんでしょね? 今日今宮君の投球練習を観に来ていたあの女性のこと」


「涼子ちゃんも気付いていたんだ……うん、あの人決勝戦の応援に来てはる君に声をかけていた人だと思うんだけど。涼子ちゃん、誰か知っているの?」


「まさか。私だってスタンドにいた人ってことくらいしか知らないわよ。だからあの時一番近くにいた日下部にそれとなく聞いたらその人は女子大生で、今宮君のことを『晴斗君』って呼んでて、2ショット写真撮っていたみたい。しかも、肩に手をまわしてすごく親密そうだったって―――美咲、聞いてる?」


「―――っえ? う、うん。聞いてるよ? つまりあの人はライバルってことだよね? でも私負けないよ。なんて言っても私ははる君と同じ高校に通っていて、野球部のマネージャーっていう絶対的なアドバンテージがあるもん! どんなにあの人が美人でも、はる君は渡さないもん!」


 そ、そうだねと少し口ごもり、涼子ちゃんは手元にあったコーフロートを口に含んだ。どこか様子がおかしかったが気にしないことにして、私は乗っている小豆ミルクティを一気に煽って飲み干して、グラスをドカンと置いた。


「私負けないもん! ここら先は戦争だよ!」


「そ、そうだね……親友として、同じ野球部のマネージャーとして応援しているからね。頑張ってね、美咲」


「ありがとう、涼子ちゃん! 私頑張るから! 絶対にはる君の心を掴んでみせるから!」


 私は決意を決める。たとえ相手がスタイル抜群な女子大生でも戦わなければ生き残れない。これが恋の戦争だ。



 *****



 美咲が決意を新たにしている目の前で、私―――尾崎涼子―――は一人冷や汗をかいていた。


 親友が女子大学生の美女と今宮君を賭けて戦争すると息巻いているが、美咲にはまだ伝えていないことがあった。


 ―――言えない。まさか、その女子大生が今宮君の隣の部屋に住んでいるなんて。その人が本気で今宮君を狙いに行ったらいつでも同棲を始められる環境があるなんて、口が裂けても言えない―――


 ―――同じ高校に通う先輩で、野球部のマネージャー。このアドバンテージを突き崩す、隣に住む女子大生という切り札。この時点で二人の力関係パワーバランスは同等か、それとも―――


 ―――でもね、美咲。あなたの恋敵は名も知らない女子大生だけじゃないよ? むしろ生徒会副会長の方が強敵だよ? 忘れたわけじゃないでしょう? あの子、まだ今宮君のこと諦めたわけじゃないよ?―――


 明秀高校、生徒会副会長にして二大美女の一角にして私や美咲と同じ二年生。


 彼女の名は清澄哀きよすみあい


 二大美女の一人、相馬美咲を陽だまりのような、太陽のような存在と評するならば、彼女はその対極。波紋のない湖のように静かにたたずむ、氷のような印象を与える月。


 彼女は一度、今宮君が幼馴染と付き合っていると知りながらも告白をしている。もちろん丁重に断られたようだが、それでもあの子はまだ諦めていない。それは確定事項だ。


『涼子、もしも万が一、晴斗君がフリーになった時は、すぐに私に連絡ちょうだいね。あなたのお友達の相馬さんも晴斗君を狙っているのは知っているけれど、そこはフェアにいきましょう。だって、私達は幼馴染なんだから』


 その万が一が起きてしまった。ここから先は今宮君を賭けた三つ巴の争いだ。そして私は親友美咲幼馴染の間に挟まれて地獄を味わいそうだ。


 コーヒー、奢るなんて言わなければよかった。私はすでに溶けてコーヒーと一体化しかけているバニラアイスの名残を掬って口に入れた。


 こうなったらいっそのこと開きなおってこの修羅場を楽しむことにしよう。そう思うことでしか、待ち構える憂鬱な未来を乗り切れそうにない。

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