第9話:マネージャーは特撮好き【マネージャー:相馬美咲】
決勝戦の翌日の日曜日。その昼下がり。俺は帽子と伊達眼鏡を装備して最寄り駅で相馬先輩を待っていた。
深夜一時過ぎにメッセージをやり取りした結果。返事が遅くなったことに少々ご立腹だった相馬先輩に半ば押し切られてしまい、二人で出かけることになった。どこに行くかは秘密と言われている。
「それにしても、帽子に眼鏡って……まるで変装じゃないか。ここまでする必要あるのかな?」
今朝。のんびりと起きてきた叔母さんに出かけることを伝えると根掘り葉掘り、それはもう尋問さながらに問い詰められた。そもそも何故昨晩は帰ってきたのか。今日は誰と出かけるのか。取り調べを受ける人間の気持ちがよく分かった。
―――そう。まずは早紀ちゃんの誘惑に負けず、真摯に振舞ったのは褒めてあげる。てっきり朝帰りしてくると思ったけど……流石ね。それで、今日出かける相手は野球部マネージャーさん? まぁ今のあなたはあくまで
―――とは言ってもあなたは今や有名人。なら、少しは変装しないとね。私の帽子と伊達眼鏡を貸してあげるからそれを身に着けていきなさい―――
押し付けられるように渡されたそれらを装備して家を出て今に至る。俺の周りにいる女性はどうしてもこうも強引なのだろうか。早紀さん然り、叔母さん然り、そして相馬先輩然り。
「ごめんねー今宮君! もしかして待たせちゃった!? 思いの外準備に手間取っちゃって……」
待ち合わせ時間五分前に相馬先輩が到着した。青を基調とした爽やかな花柄のハンピース。そこを盛り上げる暴力的な胸部装甲。彼女の低い身長と童顔、ハーフアップツインテールの髪型も相まって無敵の装備と化している。普段制服かジャージ姿、髪もただおろしているだけだったので別人と言っても差し支えない程だ。
「か、可愛い……」
だから無意識のうちにポツリと俺の口から、素直な感想が零れてしまったのは致し方のないことだ。それを相馬先輩に聞かれてしまったのは予想外だった。
「か、可愛い? 本当に? あまり着ない服だから不安なんだけど……似合っているかな?」
女性の上目遣いはどうしてこんなにもドキドキさせるのだろうか。心臓が口から飛び出そうになるくらい、胸が一瞬で昂った。頬も心なしか熱を帯びる。俺は一度深呼吸をしてから、
「本当ですよ。普段も可愛いですが、今日は特別可愛いです。そのワンピース、とても似合っていますよ」
「い、いつも可愛い!? 今日は特別!? もう! 今宮君てば褒めすぎだよ……もしかして先輩をからかってる?」
「いえ、そんなつもりはありませんが……」
本当のことを言っただけです、とは口には出せなかった。これ以上赤い顔をして下から覗き込まれたらこれからのことを思えば身が持たない。何しろこれからこんな可愛い人と出かけるのだから。
「そ、それで、これからどこ行くんですか? 目的地は当日になってのお楽しみってことで教えてくれなかったじゃないですか」
強引に話を切り替えにかかる。そうでもしないと先に進まないというか二人して照れていては駅から一歩も進めない。
「う、うん! そうだったね! 私ね、見たい映画があるんだ! ついでに洋服とかも買いたいなぁって思ってて……今宮君に選んでほしいなぁーなんて。ダメかな?」
照れた顔は影を潜め、その代わりに相馬先輩は首をコテっと傾けながら笑顔で尋ねてきた。
「もちろんです。俺でいいなら喜んでお付き合いしますよ。ちなみに、何の映画を見るんですか?」
「えへへ。私が見たい映画はね―――夏の風物詩、特撮ヒーロー映画だよ!」
「……へ?」
俺は呆けた声を出してしまった。キラキラと瞳を輝かして拳を握る相馬先輩。何も言えませんでした。
*****
―――お前たちの30年間は、醜かったな―――
なんて決め顔でこの時代に生きたヒーロー達を否定して、時間を戻してもう一度、今度は理想的な30年をやり直そうと画策する強敵を前にして、最も若いヒーローが立ち向かう。先輩ヒーローたちが守った30年を無駄にしないために。
「なるほど……平成への反逆か。それにしても特撮ヒーローか。そういえば今年は観てないなぁ」
2000年から放送がスタートした歴史のある特撮ヒーロー。バイク乗り、颯爽と戦うその姿にあこがれを抱かない子供はいないはずだ。その魅力は子供たちだけに留まらず、その親たちのハートを鷲掴みしているほどだ。
今年の作品のコンセプトは過去のヒーローから力を受け継いでいく未来を変えるというのが大筋だったはずだ。今作品は記念となる第20作品目。似たようなコンセプトは十年前にも行われたがその時はオリジナルキャストを出さなかったことで批判を浴びたが、今回はその反省を踏まえてオリジナルキャストを集めているという。
「面白そうだったけど、野球でそれどころじゃないし、録画も叔母さんがいる手前恥ずかしいしなぁ」
高校生にもなって特撮ヒーローを観ているのはどうなんだろうという思いと、好きなものは好きだから他人にどう思われようと気にしないという思いとが今でもせめぎ合っている。
「お待たせ! チケット引き換えてきたよ! いやー日曜日だからさすがに混んでるね! 事前にネットで予約しておいて正解だったよ。はい、今宮君の分ね」
「ありがとうございます。いくらですか?」
「えっ? いいよ、いいよ! 気にしないで! 私が無理やり付き合ってもらっているようなものだからね。 いつもは弟と来るんだけど今年はタイミングが合わなくてさぁ。こっそり一人で観に行っちゃったんだよ。薄情だと思わない? 思うよね?」
「そ、そうですね。それはひどいですね……」
相馬先輩には中学生の弟がいるそうで、その弟と毎年映画を観に行っていたそうなのだが今年は我ら野球部が夏の地方予選を勝ち進んだことで忙しくてそれどころではなかったという。
俺が弟君の立場なら、中学生になって姉と一緒に特撮映画を観に行くのは控えめに言って恥ずかしいからこっそり観に行く気持ちをわかる。
「でしょう! でも今年の映画は歴代ヒーローがたくさん出てくるから絶対に見逃したくなかったんだよ! でも一人で観に行く勇気はなくてさぁ。今宮君が一緒に来てくれるって言うから助かったよ! ありがとね」
なんでだろう。無性に相馬先輩の頭を撫でたくなったしまった。それを必死に理性で抑え込んで俺は愛想笑いを浮かべることで耐え忍ぶ。
「ん? どうしたの? 苦い顔してるけど、大丈夫? それよも……やっぱり特撮映画は嫌だった?」
「っく―――そ、そんなことないですよ! 俺も特撮ヒーロー好きですから! 大丈夫です! さぁ、まだ上映まで時間ありますからグッズ観に行きましょうよ! 先輩が欲しいもの、俺が買ってあげますよ」
不安そうな顔をしてしょぼくれる相馬先輩の頭をひと撫でして、彼女の華奢な手を取って物販コーナーに向かった。子犬のように後に続く相馬先輩の顔は、心なしか赤くなっているように見えた。
「うぅ……今宮君の人たらし……」
相馬先輩が何かつぶやいていたが、その声は劇場の喧騒にかき消されて俺には聞こえなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます