第7話:お泊りの提案と彼女への思い【女子大生:飯島早紀】
「晴斗君、明日は休みだよね? ならさ……今日は家に泊っていかない?」
「えっ? いや、確かに休みですけど、それはちょっと…」
突然の早紀さんからの提案に、俺は呼吸すら忘れるほどに動揺した。抵抗しなければ、ちゃんと断らなければいけないのに。頭では理解しているのに、しかし否定の一言を紡げない。そうこうしていると早紀さんは椅子ごと移動させて俺の隣に座った。その距離はわずか拳一つ分もない。
「ねぇ……ダメかな? 今日は……帰ってほしくない。一緒にいて……?」
本当に、この人は、反則だ。上目遣いで潤んだ瞳で覗き込むように見つめてこられたらさらに断る言葉が喉奥に引っ込んでしまう。だが早紀さんのことを思えば、ここで負けるわけにはいかない。
「だ、だめですよ、早紀さん。少し落ち着いて下さい。突然触れたのは謝りますから。まずは落ち着きましょう?」
「なんで……? 私は落ち着いてるよ? むしろおかしいのは……晴斗君の方じゃない?」
早紀さんはさらなる行動に移る。身体を密着させて頭を俺の胸にこつんと寄せてきた。柑橘系の爽やかな香りが鼻孔くすぐる。大人の女性のいい匂い。頭がクラクラしてくる。
「優勝のご褒美だよ? ご飯だけで物足りる? 一緒にお風呂入ったり、一緒の布団で寝たり……それ以上のことも……いいんだよ?」
「―――っつ!? 早紀さん、ダメです。それ以上は、本当に……ダメです」
「フフッ……どうしてダメなの? もしかして私って魅力ない?」
蠱惑的な声音で頭は胸に密着させたまま、追撃とばかりにしなやかな指を俺の身体にのの字を書きながら這わせていく。ゾクゾクと心がざわめき立つ。
「そ、そんなことありません。早紀さんは……すごく綺麗で、可愛いし、魅力的な女性です。だからこそ、俺には……もったいないです」
絞り出すように出した言葉は自虐。叔母さんに恋のイロハを色々と教えてもらった。今度お付き合いする女性には前のようなことはしないように気を付けようと思っている。
「なんで? そんなことないよ? むしろ私は晴斗君じゃないと……晴斗君以外とは考えられないよ?」
「違うんです。そうじゃないんです、早紀さん」
だが、このままなし崩し的に早紀さんの思いに甘えていいのだろうか。いや、自分はまだ彼女の隣に立つにふさわしくない。何故なら―――
「このままいけば……ただ彼女に振られた悲しさとか寂しさを、早紀さんで紛らわそうとしている最低な男になります」
絞り出すように言葉を繋いでいく。
「早紀さんの気持ちは嬉しいです。それはもうこれ以上ないくらいに。でも、俺はまだ子供で、早紀さんの隣に立つにはふさわしくないです。それに早紀さんのことをもっと知りたいです。そして、心から貴方のことが好きになった時、今度は俺から告白します。だから少し、俺に時間をください」
頭を撫でながら、俺は今の素直な思いを早紀さんに告げた。彼女に思いに応えるなら、俺も覚悟しなければならない。彼女を悲しませないため、笑顔でいてもらうため、半端な気持ちで流されてはダメだ。たとえこれで、早紀さんに嫌われるようなことになっても譲ってはいけない。
ドキドキしながら返事を待っていると、早紀さんはフフと笑った。
「晴斗君は本当にいい子だね。もう、これじゃお姉さんが悪い人みたいじゃない。わかった。なら今日のところは諦めるね」
そういうと早紀さんは俺から離れた。彼女の温もりを失ったことをかすかに後悔しながら、しかしこれでよかったと安堵した。心なしか、早紀さんの瞳は濡れていた。まるであふれそうになる涙を懸命に堪えているかのように。
「そうだね。まずはもっとお互いのことを知るところから始めないとだね。そして、覚悟してね、晴斗君。これからはどんな手を使ってでも、君を私に惚れさせてみせるから!」
指で銃をかたどりバンッ、とウィンクとともに俺の心臓目掛けて打ち抜くそぶりを見せる。それがとても様になっていて、見事に狙い打たれた。
「さぁ! 大分冷めちゃったけどご飯食べよっか! ケーキも用意してあるから楽しみにしててね!」
数分前の彼女とは打って変わって可愛い笑顔を見せてくれた。二人だけの特別な祝勝会は、日付が変わるころまで続いた。
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