第3話:緊急登板とあの人の声援【女子大生:飯島早紀】
決勝の先発はエースの松葉先輩だった。俺は当然ベンチスタートだ。だが、工藤監督は中継ぎでの登板を明言した。これには松葉先輩も納得しており、全力で行けるところまで行くと宣言した。
「お前がいるから俺は安心して投げられる。ガス欠覚悟で全力で飛ばすから、後は頼んだぞ、晴斗」
肩をポンと叩かれて後のことを託されては準備に念をいれないといけない。晴斗はとりあえず球場の外周をアップがてら軽くランニングしていていると、見知った女性に声をかけられた。
「晴斗君! 今日は先発じゃないの? せっかく応援に来たけど、もしかして無駄足になっちゃうかな?」
早紀さんだ。薄化粧をしていた彼女の美貌をいつも以上に美しく、さらにラフなTシャツとジーパンのスタイルはその抜群の肢体を一層際立たせている。彼女を見た中年の高校野球ファンの中年男性は目を奪われていた。自分の頬が熱を帯びるのを自覚した。これは青少年には毒以外の何物でもない。
「んん? どうしたのかなぁ? 晴斗君、顔赤いよぉ? 私のこと見て照れてる? 照れてる?」
「か、からかわないでくださいよ早紀さん。そりゃ早紀さんみたいな美人さんと話しているだけで、俺らみたいな思春期男子は照れますよ」
「んん!? そ、そう。嬉しいこと言ってくれるね、晴斗君。お姉さんを褒めても出てくるのは……誘惑だけだよ?」
この人は、この人は、この人は!内心でその誘惑にダイブしたところだがこれは早紀さん必殺のからかいだ。これにひとたび引っかかろうものなら当分いじられることだろう。それに今は大事な決勝戦の前だ。
「も、もういい加減にしてくださいよ、早紀さん! からかわないでください! そ、それじゃもう行きますね!」
「もう、つれないなぁ。私はスタンドから応援しているから、頑張ってね!」
はい、と答えて俺は早足でベンチに戻る。そろそろ公式練習の時間だ。
*****
試合は6回表。1対0で明秀高校がリードされていたが四番の一発でついに追いついた。その裏、工藤監督は思い切った勝負手を打つ。
「今宮君、この回から頼みましたよ」
「―――はい!」
「晴斗、悪いが任せたぞ」
明らかに球速と変化球の精度が落ちたエースの松葉から前回の試合で好投した一年生の今宮晴斗にスイッチした。
「晴斗く―――ん! 頑張ってぇ―――!」
投球練習中に美女の声援が球場に響き渡った。晴斗は恥ずかしさのあまり帽子を深くかぶった。
「なんだ、なんだ今宮君? 可愛い彼女の応援とはいいじゃないか? って…なんだよあのすげぇ美人は!? 年上彼女かよ! 羨ましいね」
「隣に住んでいる女子大生ですよ。なぜか気に入られているんです。嬉しいんですけどね」
「自慢か!? 自慢なんだな!? よし、この試合が終わったら何もかも話してもらうから覚悟しろよ?」
日下部は軽口を叩きながら晴斗の様子を伺うが、準決勝程の緊張はしていないようだ。表情にも余裕がある。これなら安心できると日下部は感じた。
「よし、今日も頼むぜ、エース代理。お前が抑えて、俺達が打つ。この試合は9回で終わりだ」
「はい! 勝って、甲子園に行きましょう!」
そして、その宣言通り、晴斗は再び快投を披露する。ストレートの球速は148キロを記録。変化球の精度も抜群で4回を投げて一つのヒットも許さず、セカンドどころかファーストベースすら踏ませない完璧な内容だった。晴斗が作った守備の流れが攻撃にもリズムを与える。結果、8回に勝ち越し、9回に追加点を上げて、終わってみれば5対1で明秀高校が快勝を収めた。
準決勝の活躍からメディア注目一戦で中継ぎ登板ながら完全試合をやってのけた一年生ピッチャーの登場に、新たなスターの誕生だと報道は熱を帯びた。中には早くもプロ注目の逸材とまで書く記事も出た。
今宮晴斗の名がわずかだが、しかし確かに全国に広がった。
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