七原色のアルカンシエル
阿桜かほる
第1章 逃げ舞う妖精
プロローグ
月が雲に隠れ本来なら暗闇が支配する世界を、幾筋もの光線が瞬いては消えていく。
逃げていく獲物を捕らえるため執拗に、正確に、無慈悲に。
主が消えて久しい機械たちがひっそりと眠りにつく人気のない廃工場で、無数に奔る光の線に照らされながら、銀の髪をなびかせて〈妖精〉は踊っていた――。
絶え間なく降り注いでくるレーザーの弾幕の中を少女は駆け抜ける。
頬に流れる汗を拭う余裕すらなく、華奢な脚に必死に鞭を打って回避を命令する。
酷使し続ける身体からは、赤い色の光が粒子となって発せられていた。鏡をのぞけば両の瞳も同じ色に輝いているだろう。
ここまでただの人には真似できない動きで翻弄し続けてきたが、さすがに体力の消耗が激しくなってきた。
「――ですが、私はまだ……ここで捕まるわけにはいきません……!」
地面をローラーで疾走しながらレーザーを放ってくる追跡者たちが、言ったところで追撃を止めるとは微塵も思っていないが、それでも少女は言葉に出さずにはいられない。
返答とばかりに、迫りくる光の射線を跳躍して、身体から無理やり引き剥がす。
絶え間なく動き続け、翻弄し幻惑させ、ついには追跡者たちの行動範囲外へと逃走することに成功した。
逃げ去った彼女には知る由もないが、赤い光の粒子を放ち、縦横無尽に舞うように駆け抜けた少女のことを、見失った追跡者たちは誰となく呼んだ。――〈妖精〉と。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
廃工場を離れてから人気のない路地裏に隠れ、追跡者の魔の手から逃れたことを確認できると、少女は倒れこむように壁にもたれる。
それでようやく乱れた呼吸と、興奮気味の心臓を落ち着かせることができた。
息が整うのに合わせるように逃走中、不気味に輝き続けた右腕にはまる無骨な黒い腕輪の赤い光が消え去った。
それを見て確実に危機が去ったことを知った少女は、ポケットから携帯電話を取り出して一つの画像ファイルを開く。
そこには青みがかった黒髪の、目つきの悪い少年が写っていた。
少女は画像を見ながら、こわばって固まっていた表情をやわらげて笑みに変える。
「――ようやく会えますね、太一さん」
小さな呟きは誰に聞かれることなく、夜の街の中へと消えていった。
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