エピローグ あるいは来る物語のプロローグ
シンジの地元へ、
地球からホロギウムへ行く時、時間が指定できるらしい。
ただし、シンジがホロギウムから地球へ行った以降の時間しか指定できないし、地球に行くときは時間の指定はできない。
しかしながら、アキマに帰還して、ついうっかり国庫が空になるほどのどんちゃん騒ぎを終えてから、フィアにとっちめられる前に逃げるように向かった地球の時間は、それほど経っていなかった。
どうやら、ホロギウムと地球は時間の進み方がかなり違うようだ。
「あまり時間を気にせず滞在できるというわけですな」
ジオが意気揚々と言うが、金も住居も戸籍もない者たちが日本で生きていけるのかは、大変微妙なところである。
「まぁ、何とかなるじゃろうて」
『マイトのお店で大儲けですぅ』
「はぁ……太平楽な連中だぜ」
「
「そうだな。俺は一旦、学校行くか。知りたいこともあるし」
まったく忘れ去られていたはずの自分の名前が、
「いったいどういうことだってばよ」
その謎を確かめるべく、シンジは母校に登校していった。
時期は、文化祭も終わり、どこかまったりとした雰囲気がある十月下旬。
※※
「あー! やっと来たね、朝希くん」
朝八時。廊下で、やっぱりシンジのことをおぼろげながら覚えている様子の葉華が、ぷんぷん怒りながら話しかけてきた。
「おかしいなぁ……」
「何が?」
「いや……葉華、もう身体は大丈夫なのか?」
「うん、平気っ。っていうか、訊きたいことは私の方が多いんですけど」
「それな。何でも訊くがいい」
シンジの言葉に、葉華は少し
「じゃあ……朝希くん、あなたは、何者なのかな?」
シンジは腕組みをして沈黙する。
沈黙する。
沈黙が続く。
「……朝希くん?」
たまりかねて口を開く葉華に、シンジはニヤリと笑う。
「訊いてもいいとは言ったが、答えるとは言ってないわけだがアハハッ―――ああ、待て待て、くも膜下で命の尊さ身に沁みたその手で人の首を絞めてはいけない」
「はぁ、はぁ……あなたはただの同級生で、話すこともほとんどなかったはずなのに、何だかそのウザがらみが懐かしいのも謎だよっ」
「まぁ、その辺に関しては深く考えると脳が壊れるから―――って、琴先輩じゃないですか!」
シンジが目ざとく視界の端に捉えた顔に一本傷を持った少女に駆けて行く。
「急に何ですか。あなた、誰ですか」
「初めまして。一年の朝希慎二って言います。シンちゃんと呼んでください」
「……呼びませんし、気安く話しかけないでください」
「琴先輩のファンなんですよ―――って目がアアアアアア!!」
「うるさい。次は右目を潰しますから」
左目を押さえてうずくまるシンジに、琴が冷たい声で言い放ち、去っていく。
「朝希くん、大丈夫!?」
「ああ、大丈夫。琴先輩が、キツめのツンデレなのは知ってるから」
「話しかけただけで目潰しする相手に見せる寛容さじゃないよっ。あの人、綺麗だけど、すっごく怖くて有名なんだから」
「それは知ってるけど、今年の五月くらいまでの話だろう? 映研に入ってからは落ち着いたはず……」
「そんなことないってば。それに映画研究会なんてこの学校にはないよ?」
「え?」
※※
やや不安だったが、シンジの席はあった。
どうやら、シンジは「クラスの誰にも覚えられていないが、学校に籍だけはある生徒」という設定になっているらしい。
しかし、それ以上に。
「あ、あの、なんでしょうか?」
知らない人間にいきなり話しかけられた丸顔の同級生がおどおどと言うが、シンジはそれを慮っていられなかった。
「
「あ・さ・き・く・ん? 女の子に出会い頭で体重のことを訊くとはどういう了見なのかな?」
「だって、毬はダイエット部の主将だぞ。あんなBMIを無視した状態が許されるわけがないはずだ。あっ、やめて、脇腹弱いのっ。的確にグリグリしないでっ」
「ダイエット部なんて面白そうな部活、この学校にはないよっ」
「へ?」
「はぁ……やっぱり私なんて……デブに人権なんかないんだ……」
転生前は共に地獄のブートキャンプを耐え抜いた戦友である
「葉華、文化祭の映画は?」
「なにそれ」
「軽音部のバンドは?」
「ない」
「模擬店は何をやった?」
「うちのクラスは何もやってなかったって聞いてるけど?」
「そんなバカなっ」
素っ頓狂な声を上げ、シンジがなおも言い募る。
「そんな何もかもないなんて、ここはどこだ。何のための施設なんだ?」
「学校だよっ! 勉強するためだよっ!」
琴は、ひきつれのコンプレックスからくるカミソリのような性格に逆戻り。
毬は、ダイエット部を創れず、ぽっちゃりなまま。
この分だと、シンジの妹分である
「朝希くん、顔が真っ青だけど、どうかしたの?」
葉華の心配そうな声に、シンジは我知らず呟く。
「これ……もしかして、俺がいないとダメになっちゃう感じ?」
シンジのいない世界―――シンジがいないことになっている世界は、どうにもおかしなことになっていた。
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