16話 旅の仲間、一名様入られまーす

「……ん」


 葉華ようかが目を覚ましたのは、某所の緊急避難所だった。

 だが、これほど静かな避難所というのも、珍しい。

 なにしろ、生存者がほとんどいないのだ。


 未曽有の大災害であるのに、どこか穏やかであった。

 これがまさに、“死がもたらす秩序”なのやもしれない。


 しかし、その中にあっても。


「お母さん……お父さん……」

「葉華ッ!!」


 病を克服し、未曽有の災禍を生き残り、目覚めた娘を抱き締める両親。


 暖かで、穏やかな安寧は、命ある者の中にも、確かにあるのだ。


 なお、彼ら彼女らが何を“見た”のかについては、徹底的な箝口令かんこうれいが敷かれ、多額の見舞金が支給された。


 しかし、本当に何が起きたのかについてしる“地球人”は、恐らくたった一人しかいないだろう。


「朝希くん、詳しい話は学校でね」


 葉華は両親の胸の中で、そう呟いた。


※※


 同時刻。アキマ王国城の一室にて。


 切れ長の目が特徴的な黒衣の少女と、エプロンドレス姿の丸顔の少女が、未だ勝利の報告届かぬ厳戒態勢げんかいたいせいの中、ひと時の休息をとっていた。


「ラキィさん、お茶をどうぞ。シンジさんとフィア様、心配ですよね。それに、王国の大事な仕事まで任されて」

『いいえ。そんなことはありませんよ、クィナさん』

「うん、竜語になっていますよ。私の耳には『グオオオオ』って唸ってるようにしか聞こえませんからそれ。……ヒトの言葉を忘れるほど、重圧を感じていらっしゃるのね」

「……面目次第もございません」


 しゅんとするラキィだったが、クィナは静かに首を横に振る。


「この緊急事態の新規予算と、避難してきた方たちへの支援を決める書類がすべて、表題と内容が一個ずつずれていたのでしょう」

「……はい。フィア様らしい、とても几帳面かつ丁寧な字で、何の意味もない書類が山と作られていました」

「残念ですねぇ……」

「残念です……」


 それを、夜を徹して作り直した後のお茶会であった。あまりの膨大さに、クィナも少し手伝った。


「あと、やっぱりここは寒いですね」

「はい。絶景を差し引いても人間の暮らす空間ではないです」


 二人がお茶していたのは、壁に大穴の空いたフィアの寝室だった。


「フィア様には内緒で、修繕工事の書類も作っておきましたので」

「さすがラキィさんです」

「いいえ、ここまで放っておくフィア様がざんね―――規格外なだけです」

「……」

「……」

「ところでシンジさんは大丈夫でしょうか」

「シンジ様は、見た目以上にたくましい方です」


 これ以上いけないとばかりに、二人は話題を急旋回させる。


「ラキィさん、シンジさんは、帰って来られますよね?」

「はい、必ず。アキマここはシンジ様の家ですから」

「そうですよねっ。宿屋を盛り上げていただかないと」

「ヤマ様とご子息は気を許して頂けていますが、私もまだまだ“お話し屋さん”として学びたいことがたくさんございますし」


 少女二人は、嬉しそうに笑い合う。


「あ、そういえば、シンジさんから新しいお祭りを教えてもらいました」

「どういったものですか?」

「ええと、とかおっしゃっていましたねぇ」

「何かは分かりませんが、楽しみですね。また国民全員でやりましょう」


 フィアの頭痛の種は尽きない。


※※


 そして、地球。


 壊れ尽くした東京の、倒壊を免れた家から、六つの影が歩き出す。


 打ち身、脳しんとう、骨折は十数カ所。


 シンジは、三日間、高熱を出して寝込んだ後、ジオの治癒魔法と、マイトの薬草と、驚異的な回復力で復帰した。


「やいシンジ。なんでおいらたちはまた、とぼとぼ歩いてるんだ」

「一旦故郷に誰も知らない小錦を飾らんといかんのだ」


 地球からホロギウムへのゲートは、シンジの地元にしかないのだ。


「あのシンカンセンにまた乗ればいいじゃねぇか」

「お前は一歩も歩いてないだろ手乗りラル、略してル」

「名前の原型がなくなっちまってるぞっ!」


 ラルを無視しつつ、シンジは仲間たちに言う。


「ごめんだけど、帰りの電車賃もないし、あったとしても多分、今日一日は全線不通だろうし。地球の歩き方シンちゃんバージョンで勘弁して」

「拙僧らは一向に構いませぬぞ」

それがしもですあるじ

『マイトは歩くの好きです。骨密度上がりますぅ』

「じゃが、何日かかかるじゃろう? 道中、路銀を稼がねばならぬのではないか」

「シンジ殿、この世界にも冒険者の仕事というものはあるのですかな」

「こっちの世界、ギルドじゃなくてリ〇ルートだからなぁ。もしくはバ〇トル」


 働くという部分に関しては、夢もロマンもへったくれもない世界だった。


「と、すると、我ら一党にできる仕事とは何でありましょうか。さまざまな宗教があるようですが、世界針様のありがたい読経は、お呼びではない様子。はてさて如何したものか」


 ジオが虚無僧こむそう傘の下で、しゃくれた顎に指を乗せ、神妙な顔を作る。


「某は不器用ゆえ、用心棒くらいしか潰しが利きませぬ」

「サムライエルフよ。お主ほど美麗であれば、立っているだけで金になる仕事もありそうじゃぞ、のう、シンジよ」

「モデルかぁ」

『マイトはホネホネ商店チキュー支店を作りますぅ!』

「やいマイト、おめぇの品は変なモンしかねぇだろ。客なんか来るかよ」

「ダークサイドなヴィ〇バンみたいで案外いけるかもしんない」

「マジかよ……」


 ゲテモノ食いな地球人にラルテルが困惑する。


 以降も、無責任かつ玉虫色な意見が次々と飛び出す。


 退屈しない、帰還の途であった。


「で、さ。ウォムリィは、帰ったらどうすんの?」

「そうじゃな。父上―――の形をした何者かにも会えたことじゃし、しばらくお主らと旅を続けようかの」

「旅の仲間、一名様入られまーす」

「やいシンジ、うるせぇよ! おちおち寝られねぇじゃねぇか」

「寝るな。お前今回ガチで何にもしてないだろうが」

「おいらは案内役だっ。チキューは土地勘がねぇんだから仕方ねぇだろ」

「あったとしても迷うだろお前は」

「なんだと! 年上に敬意を払いやがれこのニセモノ勇者!」

「シンジ殿、拙僧ら、もう少しこの世界を見て回りたいのですが」

『マイトもですっ! 言葉が通じるなんて素晴らしいですぅ』

「某は、常に主のお傍に」

「そうか。じゃあ……」


 予定調和の外側で、世界を救った物語。


ホロギウムあっち地球じもとも、ぐるっと回るか」


 未だに謎は多くとも、そこは旅の主題にあらず。


 目的、使命、なにもない。

 その足、心の向く方角へ。

 仲間とを引き連れて。


「さぁ、旅を続けよう」


 少年の旅が、また始まった。

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