15話 勝ったどー

 二〇三〇年某日。某所にて。


『二〇一九/一〇.一八 東京都超直下型地震』の生存者。


 アンタら、よく俺を見つけ出したな。


 あの“爆心地”で生きている人間がいたなんて驚きだろう。


 俺も驚きだ。周りにいた人間がバタバタと糸の切れた人形みたく死んでいくのを見ながら、次は俺かと呑気に思ってた。


 助けられたんだ。着流し姿の緑髪の……女? と、全身をフード付きのローブで覆った……こっちも性別不明だ。というか、人間であったかも定かじゃあない。


 ―――地震ね。まぁ、あんな得体の知れないモノが“顕現”していたなんてよりかは、信用できるってところか。よくやったよ。見事、大衆を騙しきった。政府秘密機関の面目躍如―――え? 違うのかい? 独立機関? へぇ、俺の知らない世界は多いな。


 ―――あんた、あの“魔王”が新宿に現れていた時間を知っているか。


 一五分だ。たった一五分間で、新宿区と周囲は壊滅した。

 死者よりも生存者を数えた方が早いという有り様だった。

 ん? そんなことは知っていると? いいや知らないね。

 アンタたちが知っているのは、数字だけだ。実感はない。

 あの現場は、まさに地獄だった。“死”が蔓延まんえんする地獄だ。

 ……いや、この発言は取り消そう。“地獄”は正しくない。

 正確には、“冥府”だ。死が支配する静かな場所だったよ。


 そういえば―――アンタらにとっちゃあ釈迦に説法な話だが、あの“地震”は、死者の数に比して、“傷者”がとてつもなく少なかったな。


 俺はこう思う。“魔王”はとにかく人間を殺しまくったが、痛めつけようとしたわけじゃなかった。そういう“システム”だったんだ。命を奪う、機械的な存在。機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナの暗黒面とでもいうのか。


 そして、これもアンタらには自明のことだろうが、なぜ、首都機能が完全に停止するほどの破局的な被害を受けて、この二〇三〇年まで日本という国が生き残っているのかについてだ。


 ああ、俺は知ってるよ。驚いたか?


 あの“魔王”は、破壊と死だけをまき散らしたわけじゃあなかった。


 今日の世界を変革している新資源―――環境負荷が少ないどころか、むしろ使えば使うほど大気汚染が浄化され、海や川を綺麗にしてしまう、人類の福音。


 あれは、“魔王”の置き土産だ。そうだろ? 返事はいらないぜ。俺はただの山勘で喋ってるだけだ。分かるんだよ“爆心地”にいた人間には、そういうことが。


 それにしても、だ。


 まるで、ナイルの氾濫はんらんじゃあないか。


 俺たちは古代エジプト人の如く、“魔王”がもたらした滅亡の災禍と再興の福音を同時に頂いて、おありがたくも輝かしい未来とやらに向かっている。


 死んでしまった人たちは、もちろん気の毒さ。だが、喪に服してばかりもいられんだろう。俺たちの足は何故前向きについてるんだってやつさ。


 もう話はいいだろう。煮るなり焼くなり好きにしてくれ。……釈放してくれるのなら、ここでの話は、せいぜい墓場まで持って行ってやると約束するよ。


※※


 時は戻って二〇一九年一〇月一八日。東京、新宿にて。


「……終わったようじゃ」


 巨大赤鬼モードから、元の小鬼幼女姿へと戻ったウォムリィが言う。


『シンジさんは、生きておられるのですか?』


 瓦礫の街で、生存者をなんとか全員救助したマイトが訊く。


「えーっと、ラル? マイトはカタカタなんと言っておるのじゃ?」


 ウォムリィが、マイトのを解せるラルに訊く。


「シンジは生きてるのかってよ」

「ウォムリィ殿、ラル殿は何とおっしゃっておられる?」

「だぁー! もう、めんどくさいのじゃ!」


 ウォムリィが爆発した。


あるじシンジという有能な通訳者を失った我らは無力です」


 魔王の残滓を残らず切り伏せたサムライエルフがしみじみと言う。


 一党パーティの仲間同士なのに、言葉が通じない。

 いなくなって分かる、頭目シンジのありがたみであった。


「シンジよ! 早く帰ってくるのじゃ!」

「はい」

「「『「「え?」」』」」

「ただいま」


 シンジが、ぬるっと帰ってきた。


『ジンジざぁぁぁぁん゛!!!!』

「いやマイト、むしろ俺が異世界転生の担当に会ってきたっていうか―――」


 スレンダーにもほどがあるガイコツ女子に抱き着かれながら、シンジが妙なことを言っていると、仲間たちも彼を囲む。


「よくぞ成し遂げたのじゃ。褒めて遣わすぞい」

「主シンジ、お怪我は―――していないところを探した方が早いようですね」

「シンジ殿、これで我らも魔王を倒した伝説の仲間入りですかな? ハッハッハ!」

「やいシンジ、魔王に喰われてよく脱出できたもんだぜ。いったいどんな魔法を使いやがったんだ?」


 ラルの問いに、シンジはこう答えた。


「魔王の中で、長老に、

「どういう意味じゃ?」

「俺にもよく分かんないんだけど、ところてん式に、俺がにゅっと押し出された感じ? まぁ、細かい理屈は置いといて……」


 シンジは右手に持った竜槍を突き上げた。


「勝ったどー」

「「『「「おおー!!!!」」』」」


 間抜けた勝どきの声に、仲間たちが応えた。


「……あ」


 そして、シンジの意識はそこで切れた。


※※


「シンジのバカはどこへいったあああああ!!!!」

「フィア様。さっき「ちょっと行ってくるわ」と言ってまた魔法陣から地球に戻っていったではないですか」

「ラットさん! そんなことは分かっています! でも、魔王は健在じゃないの! それも、私たちに後始末を丸投げして!」


 こちらは、ホロギウムの大地下迷宮。


 大英雄ベンと女王フィア率いるアキマ兵たちは、ただ今、全速力で、死霊魔術師ネクロマンサーの長老を消化した魔王の骸から逃げている最中であった。


 シンジは、魔王から“排出”された直後、「じゃ、あとはよしなに」と言って壊れかけの魔法陣から地球に行ってしまった。


 長老の、常人よりは多少強い魂を取り込んだことで、魔王の骸は未だに活動を続けてきた。とはいえ、大分、弱体化している。


 これからは、人々の命を無差別に奪うが滅ぼすほどの力はない、ある種の災害として、ホロギウムの自然の一部になっていくことだろう。


 そうはいっても、今まさにフィアたちの命が危ないことには、変わりない。


「ガハハ! 未熟な弟子が、魔王復活を阻止しよったぞ! 帰ったら宴じゃのう!」

「ベン、宴会を葬式にしたくなければ、道を間違えるんじゃあねぇぜ」


 愉快そうに走るベンの腰で、ジョンが釘を刺す。


 読者を不安にさせるのは忍びないので結末を先に書いておくと、アキマ軍は十数名の死者を出しつつも無事、帰還を果たし、ホロギウム全土に『魔王弱体化』の報を届けることができた。


 その中にシンジの名もあったのだが、魔王の中に入って何をしたのか判然としないのと、フィアが「なんかすごいことをした人」という残念説明をかましたせいで、彼が新たな英雄として知られることはついぞなかった。

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