14話 いや、俺は勇者じゃない―――今は……

 時は、シンジが地球に戻る少し前にさかのぼる。


「魔王にお前の魂を喰わせる。つまり、俺がシル王にやったことと同じことを、シンジ、お前と魔王の身体でやるってわけだ」


 シル・アキマ四世の顔をした、勇者ジョナサン・スミスの生首は、死霊魔術師ネクロマンサーたちがやろうとしていることを、シンジに解説していた。


「魔王に魂を喰われたら、いったいどうなるんだ?」

「分からない。大抵は意識も意思も、跡形もなく“消化”される。が、お前はいろいろと例外だ。予想外のことが起こるかもしれない」


 シンジは、自らの魂を身体ごと魔王に喰わせ、その予想外に賭けた。


 そして、現在。


「暗っ!?」


 魔王の胃袋―――かどうかも分からぬ場所は、

 

 果たして今自分は、目を開けているのか閉じているのか。

 止まっているようにも、回っているようにも感じる。

 立っているのか、座っているのかも分からない。

 上か下か、方向も、身体感覚すらない。

 生きているのか。死んでいるのか。

 すべてが、闇の中であった。


 ―――これが、魂を消化される感覚ってことか。


 シンジは、声になっているかも分からぬ声で呟くと、


「……」


 寝た。


 ―――……。

『……。』


 何事も起こらぬまま、時間だけが過ぎて行く。


『おい、起きるのだシンジ・アサキよ』

「……いやだ。銀河系軍団なかまたちの夜這いで寝れてないからもうちょっとだけ」

『……嘘であろう。この状況でゴロ寝の二度寝を決め込むとでもいうのか』


 謎の声が静かに驚愕していると、魔王の腹中で涅槃ねはんの態勢を取っていたシンジが、大儀そうにどっこらしょ、と起き出す。


「あ、謎の声さん。転生したとき以来じゃん、うぃっす」

『そしてそのフランクさでこの世界珠せかいじゅと絡める胆力たんりょくよ』

「え? 世界珠? あんたがそうだったんだ。葉華のこと治してくれてあざっす」

『マン振りした後の缶コーラより薄い反応、もはや天晴れであるわ』

「それほどでも」

『礼には及ばん。あの娘の病は、あの死霊魔術師ネクロマンサーが仕掛けた呪いだ。私に貴様を転生させるためにな』

「なんで魔王の中にいるの?」

『魔王は私が生み出した。いわば、魔王の母だ』

「ってことは、ウォムリィのおばあちゃんか。ウォム婆って呼んでも―――」

『消し潰すぞ』

「うっす」


 話が前に進まない。


「じゃあ、世界珠さん。何でまた、あのネクロマン爺に協力したの?」

『私としても、魔王が復活するのは望むところであった。貴様を利用させてもらったわけだが、悪くは思うなよ』

「うん、思ってない」

『……ふっ』


 世界珠は、あまりの軽佻浮薄けいちょうふはくさに吹き出す。


「あと一個、質問いいかな?」

『やれやれ、もう少し雑談に付き合ってやろうではないか』


 さすがに器の大きな世界珠だった。


「世界珠さんて、やっぱり数珠じゅずの玉みたいなカッコなの?」

『対となる世界針が、針の落ちる音で世界を創ったのであれば、私は創生前の闇より浮かび上がった滅びのたまよ。つまり、お前の言う通りの姿かたちだ。

 ここではない、貴様らの知覚できぬ高次元に鎮座しておる』

「寂しくない?」

『ふん。そのような事を訊かれたのは初めてのことだな』

「今度遊びに行っていい? サッカーしようぜ。世界珠さんボールね」

『ならば貴様はゴールキーパーだ。この宇宙に生まれた痕跡を塵ほども残さぬシュートを顔面でセーブするがいい』

「うっす」


 無駄過ぎる世界珠との雑談が終わらない。


『私を前にして、この恐れの無さ。さすがは、

「……器?」

『なんだ、いくら記憶がないとはいえ、僅かばかりは感づいておると思っていたが』

「どういう、意味?」

『貴様、本当に分からぬのか? ?』

「……」

『危篤になった一週間の記憶はあるか?』

「……ない」

『ホロギウムを救った勇者リヒトは、魔王を倒すと、どこへともなく姿を消した。そう伝えられている。

 奴はな、宿。さて、どこへ帰った? そして貴様は、どうして選ばれた?』


 シンジは、しばし黙りこくったあと、言った。


「……あ、いけそう」

『は?』

「身体、動かせそう」

『貴様、この世界珠が出血大サービスで出したヒントの数々を、答え合わせしないつもりか? おいこらスルーするな。おい! おいと言っておろうが』

「ごめん世界珠さん、俺、自分の過去よりまず、今をどうにかしたい」


 シンジの足元が、確かなものを踏みしめる。


 両足に力を。

 双眸に光を。

 魂に火を。

 闇に彩を。


『ふん。世界を救い、本物の勇者になるか』

「いや、俺は勇者じゃない―――今は……だ」


※※


 一方こちらホロギウム。北の大地下迷宮。


 オーエス! オーエス! と、みんなで魔王の下半身を引っ張っていると、急に様子がおかしくなりだした。


「何が起こっているの?」と、フィア。

「おお! これは!」と、彼女にボコボコにされた長老の顔が、狂喜へと変わる。


「魔王様の魂が! やったのだ! あのシンジめを喰らい召されたのだ!」

「まさか……!!」


 獅子のたてがみと、黒兎の耳持つ鹿頭が、魔法陣から、ずるり、と現れた。


「魔王様ァ! よくぞお戻りになられた! 世界珠さまもお喜びであらせられるでしょうぞ! さぁさ! 早速、このホロギウムの大地に滅びと、安寧……を―――」


 しかし、狂躁きょうそうの口上は、次第に途切れ、冷静さを取り戻していく。


「魔王、様……?」


 ―――いや、違う。この、


『ちょっとケツ貸せ、長老ネクロマン』

「うわあああああ!!!!」


 ばくん、と、魔王シンジが長老を飲み込んだ。


※※


 ―――ギャアアアアアア!!!!


 ―――なんだ!? なんなのだこの絶望的な暗闇の世界はッ!


 ―――意識が、自分のすべてが。どこへとも知れぬ闇の奥に!


 ―――な、ぜだ……、なぜおまえは、そんなに平然としていられる……。


 ―――ああ、そうか。


 ―――お前は、確かだったものな。


 ―――魔王の持つ、この世果てるまで続く“絶対的な永遠”と、自らの“絶対的な死の運命”。


 ―――二つの魂を同時に併せ持つことで、奇跡を起こしたのだからな。


 ―――そうだろう。よ。


 ―――おお、永遠なれ滅びよ。勇者と共にあれ、魔王よ。


仙竜爪槍せんりゅうそうそう―――大太鼓オオダイコ


 長老は、死の間際になっても、魔王を崇拝し続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る