13話 行ってくだされ! シンジ殿ォ!

「……ほんっとーにごめんなさい」

「フィア様、頭をお上げください。ほら、リラ様もそうおっしゃっています。言葉の意味は分かりませぬが」


 北の大迷宮、魔王復活をもくろむ死霊魔術師ネクロマンサー率いる邪教の軍勢と、生きる伝説ベン・アッガー率いる辺境国アキマ軍がぶつかった一大決戦場は、今、大変に微妙な空気に包まれていた。


 土下座するアキマ女王フィア。

 慰めようとリラやラットたちが頑張っている。

 術師たちに操られた死霊や、配下の魔物たちも、困惑している。


 その理由は―――。


「魔王様……なんとおいたわしい姿に……」


 長老が、むせび泣き悲しむのも無理はない。


 中途半端に地球への転生召喚に成功した魔王の骸が、頭から魔法陣に突っ込んだ状態で、下半身をジタバタともがいているからだ。


「ええい! めそめそとしておる場合か! 皆の衆!」


 ベンが、しびれを切らし大声で檄を打つ。


「尻がつかえておるのであればやることは二つに一つじゃ!」

「ベン様、それは……」


 ウィンの問いかけに、ベンは神妙に頷く。


「みんなで地球に押し出すか、もしくはホロギウムに引っ張り戻すか、じゃろうて」

「引っ張りましょう!」と、フィア。

「押し出すのだ!」と、長老。

「何をたわけたことを言っているのですか!」

「やかましい! たわけた状況にしたのは貴様ではないか! この残念姫! って、いだだだだ! やめんかぁ!!」


 ぐぬぬ、とフィアが長老にコブラツイストを極め始める。長老だって負けてはいない。死霊魔術で、フィアの意識を一瞬だけ奪い、万力のような絞め技から脱出する。


 敵味方入り乱れてそれを取り囲み、簡易的なリングが形成される。


「姫様ぁ! 老い先短い邪教の首魁しゅかいに引導を渡して下され!」

「長老! 小便臭い小娘なぞ、我らの術で一捻りですぞ」

 

 口汚いヤジが飛ぶ。


 ならば、と、公正を信条とする騎士の一人が、審判レフェリーに名を上げる。

 フィアが長老をマウントポジションでボコボコにしている。

 お調子者の歩兵が、どちらが勝つかで賭けを始めた。

 三交代制だった死霊術師らも起き出してきた。

 大儀式場内で掛け金が積み上がっていく。

 迷宮の商人が金の匂いを嗅ぎつけた。


 長老ヒールが負けそうになり、ロープでタッチしようとする。

 しかしレフェリー、選手交代を認めず。


 かように喧々囂々けんけんごうごう

 何一つまとまらない。


 魔王の下半身は「どっちでもいいから早くしろ」とばかりに、悲痛な叫びを上げながらジタバタともがいている。


「なんだこの状況……」


 ジョンの生首が呆れ顔で言った。ちょうど、フィアがフライングニードロップからの抑え込みで、長老からスリーカウントを奪ったところだった。


 ゴング―――は、ないが、とりあえず、アキマ側の意見を採用し、一旦休戦して「みんなで引っ張る」ことになったそうな。


「さながら、魔王版『おおきなかぶ』であったとさ。ってか」


 そして、「別にそのままでもいいんじゃね? 魔王も半ば封印されたようなものだし」とは言ってはいけない雰囲気があったそうな。


※※


 そして、地球では、今作の冒頭で描かれた顛末が終わったところである。


「そこまでは歌舞かぶかんから。心配するな」

『マイトは安心したのです』


 葉華を遠く安全なところまで送り届けたマイトが言う。


 遠く都庁跡では、魔王の上半身と、それと同等の大きさの赤鬼が交戦していた。


「命じられるまま血に酔った魔王なぞ、けだものと同類じゃァ!!」


 ドン! と空と大地を震わせる衝撃を放ちながら、赤き巨神の鬼が、たてがみ持つ鹿頭の魔王に突進する。


死霊魔術師ネクロマンサーの指人形が! 本物の魔王の力を見せてやるのじゃ!」


 魔王の誇りをかけ、足元の魔法陣から出ることができなくなった、この世すべての破壊と秩序の化身と壮絶な殴り合いを演じる。


「―――と、いうわけだ」


 その間に、シンジは先ほど自分をぶっ飛ばした魔王を分析し、作戦を立案し、仲間たちに伝え終えた。


「サム、散らばった魔王の切れっぱし、全部倒せ」

「御意!」


 行動範囲はそれほど広くなさそうだが、それに触れるとあっという間に命が吸われ、糸の切れた人形のように絶命してしまう。


 しかし、武器による攻撃は効いた。崩れかけたビル群を軽業師のように縫いながら、サムライエルフが魔王の邪手を次々と撃破していく。


「マイトは生きてる人を助けろ。使った薬草代は地球人を代表して俺につけとけ」

『分かりましたっ! シンジさん、ところでお金は』

「あるとでも思ってるのか」

『ありませんっ! でも、マイトはシンジさんを信じるのです!』


 ぴゅー、と、風のように救援活動に走り去っていくマイト。


「ジオ、お前は俺と来てくれ」

斥候せっこうから主攻への転身ですな。お供いたしますぞ」


 ジオが駆け出し、その背について、シンジも走り出す。


「やいシンジ。おめぇ、足が折れてるんじゃねぇか」

「平気だ。腫瘍で切断寸前になったときの方が痛かった」

「……へっ。そうかよ」


 先刻、シンジは恩返しだと言った。


「はっ……! はっ……! はっ……!」


 すべてが救えるなどと、思ってはいない。


「まだ……まだできる。俺は……生きてる」


 自分ができる限りのことで、世界を守ろうとした。


「シンジ殿、拙僧の背をお貸ししますぞ!」

「おうっ」


 ただ、それだけの思いで、少年は、


「シンジ!」

 流れる汗と血を足跡に、

『シンジさん!』

 誰も彼を覚えていない世界で、

「主シンジ!」

 ただひたすらに走り抜き、

「シンジよ! お主の世界を救うのじゃ!!」

 ついに再び、魔王と合いまみえ、

「行ってくだされ! シンジ殿ォ!」

「愛してくれてありがとな。俺の世界」


 自分を忘れた世界のすべてに感謝を告げ、鹿頭の口の中に飛び込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る