12話 プランEで魔王倒すぞ
策はいくつも、幾重にも講じておくものだ。
何事も、最初の方法に固執、
失敗や想定外、悲観を計算に入れておかないとどうなるか。
「こうなればいい」という理想論。
「こうなるはずだ」という楽観論。
それらに足をすくわれ、また取られて、最終的に囚われの身となる。
北の大地下迷宮で、フィアたちが当初のAプラン『魔王転生、そして復活儀式を止める』を破棄し、Bプラン『ある種の特攻、犠牲を承知で、敵本拠地をぶっ壊す』に移行した頃、遠く東の辺境アキマ王国では、プランDが動き出していた。
『私などが、王国の留守を預かることなどできるのでしょうか』
仙竜山の聖域で、ラキィが
『知ったことではないのである。しかし小さき人間どもよ。その儚い命、見事に使い切って見せるのである。貴様らが我らの目垢程度の勇壮さを見せつけるのであれば、竜族で語り継いでやらんでもないのである』
『……あり難き幸せでございます。ヤマ様』
『そのふざけた名にも愛着が出てきたのである。シンジは帰ってくるのであるか?』
ラキィは即答できなかった。
彼女が託されたプランDとは、魔王が地球への顕現に成功してしまい、なおかつシンジら一党が全滅したときのためのものだ。
地球を滅ぼした魔王がホロギウムに帰ってきたとき、このアキマに、できるだけの兵力と避難民を集め、迎え撃つ。
平たく言えば、シンジが死んだときのための最後の策であった。
「彼には、そういうところがあります。自分の命を、常にあり得る損失として計算に入れている」
それが、長く死の淵を渡り続ける闘病生活によって得た精神性であることを、ラキィは知らなかった。だが、シンジの底知れない覚悟の強さ、魂の強さ、そして
山の聖域から見下ろす街は、いつになく物々しい。
遺跡の方からは、サラマンダーたちが火柱を上げている。
戦の準備が、着々と進んでいた。
竜たちは、魔王と人類たちの戦争など興味もない。
上等だった。
「シンジ様、アキマはいつでもあなたをお待ち申し上げております」
※※
「……よし、プランCだな」
シンジは竜皮の鎧兜を身に着け終えると、言った。
プランC。
『地球にて、シンジたち一党が魔王を撃退する』
「分かり申した」と、ジオ。
「御意」と、サムライエルフ。
「どれ、付き合ってやるのじゃ」と、ウォムリィ。
『大丈夫ですか、葉華さん』
「は、はい。ありがとうございます、マイトさん……と」
「へっ。お嬢ちゃんはこのマイトと逃げてな。ここはこのラル様達に任せて」
「……可愛い―――じゃなくて!」
葉華が、半壊した都営地下鉄大江戸線の走る通りで、ぶんぶんと首を振る。
辛うじて倒壊は免れたが、瀕死の新宿駅ビル。
脱線し、跳ね上がり、横倒しになった電車。
瓦礫の山の中で避難所と化したホテル。
ぽつぽつと見える黒煙と火炎。
逃げ惑う人。
サイレン。
地鳴り。
悲鳴。
獣の如き
先ほど、魔王が都庁を突き破って地球に顕現し、出会い頭に新宿を壊滅させた。
その第一波を、葉華を守りつつ死に物狂いで生き残ったところである。
「朝希くん、いったいこれは何なの? それに、その格好、何か知ってるの!?」
血相変えて言い募る葉華。
シンジは兜を被ると、うーむ、と唸ってから、こう答えた。
「知ってることは……特に、ない」
でも、と、小声で囁く。
「家族と、病院の先生、看護師さんに介護士さん、友達……いろんな人に、助けてもらってきたからなぁ」
「あの、朝希、くん?」
その細い肩に、そっと無骨な篭手を乗せ。
「恩返し、してくる」
辛うじて記憶を残した、地球でただ一人、自分のことを知っている人物に、シンジはそう言うと、大盾を左手に、竜槍を右手に、そして、“鼓動”を使う。
「鼓動術―――
―――トクン。身体を癒す胸の鼓動を聞いた葉華が、地面の血だまりに気付く。
「朝希くん!? 怪我してるの? さっき、私を庇ったときに―――」
「ああ、大丈夫。致命傷の痛み以外には、すっかり慣れてるから」
えへへ、と笑うシンジの表情は地味な兜に隠れている。
だが、その軽い調子に、葉華が頭を押さえ、何事かを思い出そうとする。
「朝希くん、私たち、ただのクラスメイト、だったよ……ね? 大切なこと、なにか、忘れている気が……するのだけど……」
「マイト」
『……ばぁ!』
「え? ……っ」
目の前に突如現れたしゃれこうべに、葉華がいよいよ精神的な許容量を超えたらしく、気絶した。
「ああ、そうだよ。これからも、俺たちは、ただのクラスメイトだ」
『良いのですか、シンジさん。マイトは―――』
「葉華を連れて安全なところまで。頼むぞ、マイト」
シンジの決然とした声に、マイトはただ、頷くのみであった。
「大変じゃあ! シンジィ!!」
さてはて
※※
「これはもう、プランEだな」
はて、とウォムリィが可愛らしく小首を傾げて見せる。
「……そんなもの、あったかの?」
「ねーよんなもん」
シンジはきっぱり、言い放つ。
「魔法陣に魔王のケツがつかえて完全に出てこないなんて状況、あると思った?」
「「「「「ないです(じゃ)」」」」」
声を揃える仲間たち。
そうなのだ。
フィアたちのプランBは、魔法陣を中途半端に壊すことには成功していた。
その結果。
地球に現れた魔王は、上半身だけ。
下半身は、どうやらホロギウムサイドでつかえているらしい。
「つまり、さっきから聞こえてる咆哮は、どちらかというと、悲鳴に近いわけだ」
「そのようじゃ。わしも、父上のあのような姿、見とうなかった」
ウォムリィの悲痛な声に、シンジが、ふっと吹き出した。
「ふっ」
「ふふっ」
『えへへぇ』
「くっ……ククッ」
「「「『「「あーはっはっはっはっはっは!!!!」」」』」」
やがてそれは、瓦礫の街に似つかわしくない、爆笑の渦に変わっていった。
繰り返す。策はいくつも、幾重にも講じておくものだ。
「やいシンジ。おめぇのやることなすこと、最後はぜんぶ調子っ外れになりやがる」
「それほどでも」
「褒めて……やろうじゃあねぇかこのラル様がよ!」
そしてそれは、特にシンジが絡んでいれば、いつでも容易く裏返る。
「じゃあ行くか、みんな」
さぁて、読者の皆様よ。長い長い回想も、ここでようやく一区切り。
地球と異世界、ぐるりとめぐって、事ここに至り、佳境の様相。
しかしながら、流石は使命持たぬ旅人。
すべては予想の斜め下。
「
そして時は動き出す。
魔王と少年、新宿決戦。
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