11話 フィア様! プランBです!

 ベン・アッガー。


 魔王との決戦で、全身くまなく負った致命寸前の傷より、勇者が被った、が痛恨と語った、伝説の槍兵。


「これが、勇者リヒト一党の“一番盾”」

「老いてなお健在か」

「…………ッ」


 やってきたアキマの兵たちが、狭い出入り口付近に固まっており、攻撃が読み易かったのを差し引いたとしても、魔王の骸から放たれた一〇〇本に及ぶ邪手の攻撃を、大盾と竜槍によって、すべて弾かれたのは死霊魔術師ネクロマンサーたちにとって驚愕であったようだ。


「へっ。ただの人間にしてはやるじゃあねぇか、リヒトのクソ腰巾着が」

「急にぐるんぐるん動かれて気持ち悪いだろうに、口は減らぬのだな生首」

「うるせぇや」


 ベンの腰にぶら下がった生首ジョンが真っ青な顔でラットに言い返す。


「突然、魔王をお友達呼ばわりしたり、お亡くなりになった勇者様たちの名前を口にしたりして不安になったけどいけるわ! 皆さん、今日のベン様は調子がいいようです! 必ず勝てます! ……あれ?」


 フィアが「「「「「えぇ……」」」」」という部下たちの反応に、首を傾げる。


「……もう少し、情緒を大事になさってください」


 ウィンが、そんな残念フィアに、恐れながら進言する。


「おお、ウィン殿が我らの言葉を代弁してくださったぞ」

「というか、あのベン殿の万感の名調子を聞いて、よもや痴呆だと思われたのか?」

「鼓舞しているおつもりなのだろうが、逆に士気が下がりかけたぞ」

「しー! 我らが王の残念すぎるクソ真面目さは今に始まったことではなかろう」

「左様。発想に柔軟性が無さ過ぎるだけで悪気はないのだ」

「そうだ。見ろ、あまりの空気の読め無さに敵の動きも止まっているぞ。勝機は我らにありだ!」


 口々に言うアキマの騎士や兵たち。


「フィアさま、ここは敵陣のど真ん中ですわ。またやってしまったのかと羞恥にのたうち回るのは、みんなで無事に帰ってからにいたしましょう―――ああ、言葉が伝わらないのがもどかしい!」


 リラが必死にフィアを慰めていると、死霊魔術師ネクロマンサーの長老が苛立った調子で言う


「……なんなんだ、あのふざけた連中は」


 と、配下の術師たちが低音で禍々しいしゅを唱え始める。


「我らが魔王様の祖、世界珠せかいじゅを奉じる同胞よ! 世界針に与する愚かな異教徒どもを、この地に眠る死霊の末席に加えようではないか!」


 魔王降臨の大儀式空間に、暗黒のかすみが集まってくる。邪悪な魔術師たちに操られた死霊たちだ。


「おっと、死霊魔術か。槍兵の出る幕はねぇな」


 ジョンが愉快そうに言う。

 悪霊の攻撃は、術師を倒す以外に防ぎようがないが、次々と集まる黒い霞たちと、邪教の配下にある魔物たちが盾となっている。


「ジョン! 貴様どっちの味方だ」

「どっちでもねぇよ。言ったろ未練は無いって。この世界が続こうが滅ぼうが、俺の知ったことじゃあねぇんだよ」

「行けィ! 死霊ども! 我らの大望を邪魔する者どもを皆殺しに―――」


 だが、ジョンと長老の予想はまたしても外れる。


「あんだって?」

『ギャアアアアアア』


 ズン! と鋭い風切り音とともに、ヒト型の悪霊が竜槍の餌食となった。


「ば、馬鹿な……、実体のない悪霊を、射殺すなぞ……!」

「我が槍に、刺し貫けぬものはなし」

「……前言撤回だ。ラット」


 こともなげに言い放ったベンの腰で、ジョンが言う。


「うむ」

「この伝説の英雄様は、ただの人なんかじゃねぇ―――」


 続く言葉は、愕然とする長老の口が語った。


「バ……ケモノ……めェ……!!」

「勇敢なるアキマの騎士たちよ! 我らの英雄ベン・アッガーはここにあり!」

「「「「「おおおぉぉぉぉぉッ!!!!」」」」」


 ベーン! ベーン! と、いつぞやの無謀な竜退治のときと同じような大合唱の中、ベン本人の檄が飛ぶ。


「ホロギウムの大地は生ある者の庭! 世界針の胸に抱かれた子らよ! 兄弟よ! 破滅を望む邪教を討てィ!!」

「破滅とは安寧! 死による秩序を受け入れず、ただ世に混沌をもたらさんとする貴様らの命こそ、ホロギウムには無用であるわァ!!」


 長老も叫び、儀式場の大空間は、大乱戦となった。


「でええええい!!」


 回し蹴り一発で、身の丈をゆうに超す大鬼オーガを吹き飛ばしたファアが、儀式の解除を目指す後方に向かって叫ぶ。


「歩兵の皆様は、魔術師様たちをお守りください! 魔王の異世界転生など、けっしてやらせてはなりません!」

「「「「「応ッ!!」」」」」


 フィアの檄に答える騎士たちだったが。


「ふん。魔王の力、見くびるな」


 術師と護衛の歩兵たちの足元から、“影”が立ち上る。


「これは、魔王の邪腕……ガハッ!?」


 正体に気付いたときには既に手遅れだった。暗黒の邪手に絡めとられ、ある者は叩き潰され、ある者をは絞め殺され、また魔法への抵抗力がない者は、ただ静かに命を吸われる。


「―――しまった!」


 魔王の身体は不定形。ならば、一部を切り離して壁をすり抜け攻撃することも予想できたはずなのに、と、フィアが痛恨の失態に歯噛みする。


「ハハハッ! アキマの姫よ! 何故に勇者リヒトとミリクが、魔王様の魂を封印することに留まったのだと思う!?」


 中断されていた召喚の儀が再開され、勝ち誇った長老の声が轟く。


! 魔王とは創造と混沌の合わせ鏡! 命ある者が生き続ける限り、死と滅亡、そして秩序の化身もまた、存在し続けるのだ!」

「……そんなことは、分かっています」


 だが、フィアは、諦めていなかった。


「魔王とは、一度倒したところで復活する。それはホロギウムが滅び去るその日まで、永遠に続く輪廻なのでしょう―――しかし!」

「「フィア様! プランBです!」」


 フィアを取り囲むように、ラットとウィンたち近衛兵たちが守りの円陣を作る。


「それを操るあなたが永遠というわけではありません!」


 狙いはあくまで、術師。儀式の解除が叶わなかったときの為に、シンジと話し合って決めた次善の策プランBを実行に移す。


長老あなたと、この大空間ごと―――ぶっ壊します!」

「はぁ!? 莫迦かこの女王! そんなことをすれば仲間もろとも生き埋めに―――」

「構いませぬ! フィア様!!」


 だが、長老の嘲りに反して、アキマの兵たちは、既に覚悟を決めていた。


「英雄と共に戦い、魔王復活を止められるならば……!」

「家族のため、友のため、そしてシンジのため!」

「ホロギウムに生まれた命として、ここで死すならば本望!」


 長老が「愚かな……」と呟くが、


「残念だとでも笑うがいいわ!」


 フィアは、拳に力を込めながら言い返す。


! 自らの足場を崩す理由など、それで十二分ッ―――はぁぁぁぁぁッ!!」


 裂帛れっぱくの気合とともに、フィアのその手が真っ赤に燃える。


「な、何故だ!? 魔法も使っていないのに、なんで拳に炎が灯る!?」

「……私のフィジカルは、マジカルだからだそうよ」


 覇ッ!!!! の声ともに、地下の大空間に大きな地響きが轟いた。

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