10話 恋なんてもんじゃなかった
五年前。とある町にて。
小児専門のホスピス病院に、彼はいた。
余命、一年。
既に五年に及ぶ闘病生活、介護生活で、身体はほとんど動かず、痛みと苦しみ以外の感覚を数えた方が早いという状態だった。
「慎二くん? いくら動けずに暇だからって、ほかの患者の子たちと夜な夜なラップバトルを開催するのはやめなさい。先生、さっき小二の女の子に
≪ヘイドクター オメーの注射 下手くそだ 出される薬 まるで毒だ≫
とか、クソ重めのライムでディスられたんだけど」
「だったら外に出してよ」
「……申し訳ないけれど、それはできません」
「良く晴れた太陽の下でほかの末期患者たちと般若心経の大合唱をさせてよ」
「絶対ダメだよ!?」
「
「アハハじゃないよ!!」
それでも口だけはよく動き、家族や職員、見舞客たちに安心感を与えていた。
「慎二、お父さんとお母さんがしてた結婚前ののろけ話を看護師さんたちに言いふらすの、よくないと思うんだ。ここ来るたびに冷やかされてるんだから」
「それはごめん。じゃあこれからは、お姉ちゃんが突然闇の眷属ダークフェニックスフォーエバーナイトになって眼帯黒ずくめスタイルになった話を―――」
「やめてえええええ!!!!」
反面、その気丈さやいじらしさに表情を曇らせ、涙する大人たちもいた。
「慎二っ! 今日こそあたしが勝つんだからね!」
そんな中、
病気や余命のことなど、まるで気にせず、毎日、欠かさず遊びに来てくれた。
オセロ、将棋、チェス、ドイツ製のアナログゲームや、日本製の古い携帯レトロゲームなどをいろいろと持ち込んでは、人の裏をかくことが得意な慎二によって散々に負かされ、泣きながら帰っていくが、翌日にはケロッとした顔で再び勝負を挑んでくるタフな少女だった。
「もう、来なくても良いよ」
「え?」
ある日、慎二はそう言った。
「俺は、一人でも大丈夫だから。葉華は、皆と外で遊んでいなよ」
さすがに、気持ちが弱っていたのだろう。
何もできない自分が、それを理由に相手を縛り付けているような気がした。
あと、明確に言語化できていたわけではないが、どうせ早晩死んでしまう自分と長くいると、来るべきときに、辛い思いをさせるのではないか、そんな気持ちもあった。
「それに……、葉華みたいに元気な子を見てると、自分が嫌になる」
だから、嘘を吐いてわざと彼女を傷つけ、自ら絆を断ち切ろうとした。
「そうなんだ……じゃあ慎二、今日は何して遊ぶ?」
「話聞いてた?」
だが、葉華はあっけらかんと幼馴染の傍にい続けた。
「話は聞いてたよ。でも、それはそれなの」
「それはそれなのかぁ」
「だって、一度もアンタを負かさずにお別れなんて嫌じゃない?」
「死別でも勝ち逃げ許さないスタイルなの?」
結局、賽の河原まで追いかけてきそうな葉華に、慎二は負け、救われたのだ。
※※
シンジは、新宿のとある喫茶店で、自らの過去を語り終えた。
「……そのようなことが」
ジオは二の句の告げぬ様子でようやっとそれだけ呟いた。
『葉華さんは、恋人さんか何かかなぁとマイトは思っていましたけど―――それ以上の恩がある方なのですね』
「ああ、恋なんてもんじゃなかった」
シンジのいつにない真剣な口調に、仲間たちが頷く。
「主シンジ、
シンジは、サムライエルフの当然の疑問に答える。
「うん。その一年後、俺は予定通り危篤になった。一週間意識を失い続けた後で―――全快して、退院した」
「めでたしめでたしと語り明かすには、
シンジの全身を覆っていた悪性腫瘍は、何処かへと消えていた。
投薬治療によってボロボロになっていた内臓や皮膚も、元に戻っていた。
「奇跡の度が過ぎてメディアが一切近付いて来なかったズラ」
そう言って、アハハと能天気に笑うシンジは、こう仮説を作っていた。
「その辺のところが、俺が魔王の核ドラフト一位になった理由なんだろう」
「議論してても
「ラル、ヒトの肩に乗ってピーナッツをガリガリするのはいいけど、それ以上こぼしたら置いてくぞ」
「ねぇ~、いつまで外国語でお喋りしてるの? 私も混ぜてよ朝希くん!」
同じテーブルを囲みクリームソーダなど飲んでいた葉華から声が飛んできた。
次なる議題は、何故、このラフなパンツスタイルにモッズコートを羽織った少女が、シンジのことを断片的とはいえ覚えているのかどうかだ。
「おお、申し訳ございませぬな葉華殿。拙僧ら、ちきゅ……トウキョウは初めてでありまして、シンジ殿の案内におんぶにだっこでありますゆえ」
「ふふっ。それにしてもジオさんもサムさんもマイトさんもウォムリィちゃんも、日本語上手いですよねぇ」
ホロギウムから地球への転生で、ジオたちはシンジと同様に現地の人間たちと話す力を与えられたらしい。
「一緒にいた方が安全ではないか」と、連れてきてしまったが、魔王の顕現まで、そう時間はなかった。
※※
こちらはホロギウム。
北の大地下迷宮の最奥部にて。
一〇〇は下らぬ人数の魔術師と、その倍の魔物が徘徊する大空間。
「貴様……!」
今まさに地球へ魔王の骸を召喚する大儀式が執り行われる寸前。
「六〇年ぶりかのぅ」
何とか間に合ったアキマ軍の先頭に立つ老兵は、静かに呟いた。
「久方ぶりに、
竜槍歩兵は、兜の中で、寂しげに、そして慈しむような表情を浮かべた。
「……
ベンは、魔法陣に子犬の如く鎮座した魔王へ、暖かな声色で言った。
「魔王様、こやつこそあなた様の敵、即刻始末いたしましょう―――」
「黙れいッ!!」
一喝。空間すべての者を委縮させる声だった。
「虚ろな骸ごときが、ホロギウムの破滅にして秩序を
「勇者の尻馬に乗っただけの枯れた騎士が何を言う! 魔王様ッ!!」
魔王の骸が触手を伸ばし、ベンとその背後のフィアらアキマ兵たちを襲う。
「ベン様! お逃げくださ―――」
「……あんだって?」
しかし、誰もがどこかで失念していた。
この老人が、ただのヒトでありながら、魔王を斃す一党にいた男だと。
―――ドクン!
凄まじい“鼓動”の音が響く。
「まったく―――」
その黒い邪手がすべて叩き落される。
「脆弱、惰弱、軟弱な世の中になったものじゃて」
中都の全兵力でようやく押し返した魔王の攻撃を、たった一人で弾き返した生きる伝説は、
「のう、リヒト様、ミリク様」
今再び、柔和な好々爺の顔を兜の内側で浮かべる。
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