9話 あなた朝希くんじゃない? 奇遇だねぇ!

 ここは地球。日本国の、N県。

 閑静な住宅街の、何の変哲もない一軒家。


 父・母・長女。朝希あさき家は、何故か家族にしか開けられない生体認証の玄関を開けて、迷いなくリビングにやってきた学生服姿の少年に面食らっている最中だった。


「はいどうも~、朝希家の皆さん、怪しいけど怪しいものではございません。生き別れになった空想上の息子もしくは弟が、ひょっこりひょうたんから駒で現れたとでも思ってください。

 なんでこの家には子供部屋が二つあるんだろうとか、女の子しかいないのに何で男向けのエロ本が隠されているのかとか、誰もいないはずの部屋に勉強机とベッドと預金通帳があるんだろうとかも考えてはいけませんよ~。発狂しますよ~。

 あとエロ本の残りは戸棚の裏の二枚底になってる向こう側をぬいた死角の右に入ってるので、処分しておくように。それでは~」


 言うだけ言うと、少年はまた勝手にその謎めいた子供部屋に入り、預金通帳と印鑑とこれまた何故かサイズがぴったりな着替えを済ませて、とっとと家から出て行った。


※※


『あ、帰ってきたのですぅ』

「シンジ殿ぉ、ご家族は息災でありましたか」

あるじ、路銀は確保できましたか」

「もちろん。このシンちゃんの手管にかかれば、こんなもんよ」


 シンジが、マイト・ジオ・サムライエルフに、U〇Jの赤い通帳を掲げる。おおー! と、歓声を上げる仲間たち。


「おお! よくぞお主の記憶がすっぽり抜け落ちておる実家に白昼堂々入り込んで金を取ってこれたのじゃ。さすがはわしの見込んだ男よ」

「いいや、ゴリ押しもいいとこだったぜ……」


 ラルが、ウォムリィの称賛に首を振る。


「ま、めそめそ泣いたりしなかったのは褒めてやるけどな」


 やはり、家族でさえも、シンジのことはまるで覚えていなかった。


 世界珠せかいじゅとの、“取引”の代償。


「ウォムリィの魔王レーダーによると、一応、タッチの差でやっこさんまだ来てないらしい」

「うむ。しかし、顕現けんげんの予兆は角にビシビシきとるのじゃ」


 しかし、シンジは僅かにも感傷を表に出さず、とりあえずと近くのス〇バへ入店し、仲間たちと今後の予定を立てている。


「で、ウェザーニュー〇とGoo〇leMapで確認したら、東京の方に出てくるっぽい」

「雲行きが怪しいのと、魔王の大好物がたくさんおったのじゃ」


 大好物とは、むろん、人間の命である。ジオが質問する。


「シンジ殿、トウキョウとは、どのあたりですかな」

「こっからだとちょっと遠い。さっき新幹線の予約をとったぞ」

「主シンジ。今もであるが、我々の風体は、若干目立つようだが」

「それな」


 着流しのサムライエルフが言い、シンジも同意する。


「マイトのローブと大荷物は、宗教上の理由だって言い張るとして、お前らのカッコはコスプレで……通―――そう!」

「ここでもゴリ押しかよ!」

「ラルは新手のファービ〇の振りをしろ」

「意味が分からねぇ!」


 シンジの貯金はそんなになかった。


※※


 一方その頃、異世界ホロギウムでは、アキマ王フィアと英雄ベン率いる大兵団が、この世界を滅ぼさんとする死霊魔術師ネクロマンサーたちの棲む大地下迷宮を踏破していた。


 シンジと同じく竜皮の鎧と兜を身に着けたベンが、勇み、先頭を進みながら、腰にぶら下げた生首に訊く。


「本当にここで大丈夫なのであろうな、ミリク二世」

「俺はジョンだ。二度とその名で呼ぶんじゃあねぇぞ、リヒトの腰巾着が」

「え? あんだって?」

「オメーが大丈夫じゃねぇだろうが! おいウィン、こんなボケ老人に先頭を歩かせていいのかよ」

「少しお耳が遠くなっておられるだけだ。大声で言えば何とか聞こえる」

「魔物まみれのダンジョンで大声張り上げる馬鹿がどこにいるよ―――ったく」


 その少し後ろでは、フィアとラットが話をしている。


「まさか、ね。つくづく予想外だわ」

「シンジらしいですな。一応、いくつか条件はあるようですが。

 第一に、場所は仙竜山脈の聖域。

 第二に、時間の指定はできない。

 最後に、仲間を連れて行くためには、相当踏ん張らねばならぬ、と」

「相当って、どれくらいかしら」

が出る一歩寸前だそうです」

「くれぐれも括約筋は締めて行って欲しいわね……ん? リラ様?」


 フィアの金髪の中で小人妖精が震えていた。


「なんと禍々しい瘴気でしょう。これが、魔王復活の大儀式の余波だというのですか……。ラル、シンジさま、みなさまも、どうかご無事で―――」

「お腹が空いていらっしゃるのかしら。ほぉらリラ様、お食べになりますかぁ?」

「フィア様、そうやって髪の毛の中にお菓子を突っ込むのはおやめください」


 頭からビスケットをポロポロ散らしながら歩くフィアに、ラットが言った。


※※


 場所は変わって、陽が傾き、夕刻に差し掛かった東京駅コンコース内にて。


「うわぁ、でっかいお坊さんだなぁ」

「ていうか、今どき唐傘被って歩いてる人なんているんだ……」


「後ろの着流しの人、すっごい綺麗」

「あの緑の髪って、地毛じゃないよね、さらっさらじゃん。あと、耳長っ!」


「あの、夜逃げしたみたいなリュック背負った人は、何で全身隠してるんだろ?」

「ヒジャブみたいなもんでしょ」

「いや、顔まで隠す? 普通?」


「ねぇ、あの顔が赤い女の子、ニット帽の額、なんか突き出てない?」

「角でも生えてるっていうのかよ。んなわけあるか」

「勘の良い地球人は嫌いじゃな―――処すか、シンジ」

「ウォムリィ、ステイ。みんなも決して騒ぐな」


 珍妙な一団は、好奇の目線を払いのけ、ひたすら歩き続ける


「東京さの他人への無関心さを信じろ―――って、わああああ!?」

「やいシンジ! テメェが一番うるせぇよ!!」


 突如、珍しく叫び出したシンジの目線を、ラルが追う。


「ん? 女の子か……おめぇの知り合いか?」

「ああ、うん。でもまぁ、心配はないだろ、どうせ忘れてるし―――」

「あれ? ? 奇遇だねぇ!」

「なんっで俺のこと覚えてんだ葉華ようかぁぁぁぁ!!!!」

「うるっせぇよ!! 結局テメーのせいで目立ってんじゃねぇかよ!!」


 だが、シンジが騒いだのも仕方がない。


 恐ろしい偶然で、何故か東京にいた葉華―――シンジがホロギウムに行くきっかけを作った少女と鉢合わせただけでなく、何故かその少女が、シンジのことを覚えていたのだから。


 くも膜下出血から奇跡の生還を果たした細身の少女は、えへへと笑いながら言った。


「今日、東京の病院で検査だったんだけど、親に駄々捏ねて東京観光させてもらってるんだ。朝希くんも一緒にどう―――って、なんかすごい人たちと一緒だね!?」


 ただし、少々様子が違う。


「なん、で、葉華……?」


 さて、読者の皆様よ、お待たせした。


 いよいよである。


 新宿決戦の時が迫っている。

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