8話 さぁ万次郎、親玉がどこにいるか教えろ

死霊魔術師ネクロマンサーを出し抜くのが得意なようだな」

「出し抜いたつもりはない―――けど、嫌な予感はずっとしてた」

「いつからだ?」

「最初っからだ」

「……転生する前からってことか」

「話がうま過ぎた」

「ハハハッ! そりゃそうだ」


 地下牢にて。生首が笑う。


「ある日突然、親友が大病を患い、そこへ間髪入れず、助けてやるから異世界転生しろと声がかかった。警戒しない方が馬鹿だよな」


 そして、この“転生劇”が、シンジの“強い魂”を抜き取り、魔王を復活させるため、最初から仕組まれたものだったことを告白する。


「しかし、世界珠せかいじゅ様の信託で見繕った魂の持ち主が、随分と間抜けな奴だと安心していたら、とんだ食わせ物トリックスターだったな」


 生首―――死霊魔術師ネクロマンサーの元勇者ジョンは言う。


「あの日、のこのことアキマ城にやってきたお前を、正門で待ち構えていた。

 ところが、ベンたち兵隊と山竜まで引き連れて、どんちゃん騒ぎでやってきたせいで、こっそり捕まえて長老たちに引き渡すことができなくなった。あれも計算の内だったか」


 喋りながら、ジョンは思う。


 確かに、彼はそれほど頭がいいわけではないのだろう。


 だが、冷静に盤面を俯瞰ふかんしている。


 そして、常に相手が嫌がる手を打つ。


 ここぞというときには、自らの命を懸けて大胆に攻め込んでくる。


 道化師の仮面の下には、粘り強い勝負師の顔。


 勇紋のない転生者などと、侮ってはいけなかった。


「正門でお前が全裸待機していたのは知らなかったけど。何者かの思惑に乗せられてる気はしてたな」

「おい、ツッコミ辛い雰囲気で俺をあわよくば露出狂にしてんじゃねぇ」


 シンジは、生首を無視してこう訊いた。


「お前の師匠のアジトを教えるんだ、ミリク二世」

「その名で俺を呼ぶな、シンジ・アサキ」

「分かった。ジョン。いや、ここは日本的に万次郎と呼ぶことにする」

「ジョンでいいわ!」

「お前も俺のことはシンちゃんと呼んでいいぞ」

「呼ぶか!」


 こうして敵のリズムを狂わせるのも計算なのか、天然なのか。


「さぁ万次郎、親玉がどこにいるか教えろ」

「知らねぇな」

「ほう、ならご先祖霊たちに頼んで、これから十月十日間、毎晩耳元で「一億パンチ(笑)に負けた男」と囁かせ続けるぞ?」

「……本当に知らねぇ」

「ちっ。どうやら本当らしいな」

「それが尋問として成立するのですなぁ」


 大臣のカウゴは、地球人二人のやりとりを傍から聞きつつ、感心半分呆れ半分だ。確認のため、もう一度生首に訊いておく。


「ジョンよ。いや万次郎」

「ジョンだわ。テメーまでボケんな」

「邪教のともがらを庇い立てしてはおらぬであろうな」

「はっ! こんな身体にされて、今さら世界征服もないだろ。あのジジイ共がどうなろうが知ったことじゃないが―――そうだ」


 ジョンは、何事か思い出したようにシンジの目を見て言った。


「まさかとは思うんだが、あの長老が言っていやがった。もしシンジ・アサキが抵抗、する、ような―――ら―――」

「どうした万次郎」


 ジョンの顔が、まるで、何者かに憑かれたように微睡まどろんでいく。


「ふん、元勇者だと思い重用してやったが、使えぬ弟子であった」


 しわがれた声色。尊大な口調は、つい先日、シンジが出会った者に似ていた。


「こやつ、“生者転生”を……! これほどたやすく」


 カウゴがここ一〇年前から続いた魔王復活(仮)の黒幕に恐れおののく。


「お前、長老ネクロマンか」

「ネクロマン言うな!」


 シンジの手に掛かればこの通りであったが。


「……ゴホン、いかにも。まんまと逃げられたが、次は自ら来てもらうぞ、シンジ・アサキ。さもなくば、我らが信仰する破壊と秩序の化身を、貴様の故郷に解き放つ」


 シンジが魂を差し出さなければ、魔王を地球に転生させる、と。


「場所は、この生きる首塚に伝えておこう。一人で来るのだ。そこの大臣、誰にも言うでないぞ」


 釘を刺されたカウゴは、神妙に頷く。


「そこの……さっきから浮遊する先王の霊たちに怖がって、部屋の隅っこでカタカタ震えているワイトの娘もな」


 マイトは長老の言葉が聞こえているのかいないのか、こくこくと頷いている。


「無論、貴様もだ、シンジ―――あれ?」


 シンジはいなくなっていた。


※※


「ふぅ、まったくもう、皆さんお元気ですこと―――」


 フィアは、ぼふっ、と寝室の天蓋付きベッドに倒れ込んだ。


 少々はしたないが、避難民たちの保障のあれこれや、城下町のお祭り騒ぎを視察して、すっかりくたびれてしまったのだ。


「はぁ……このお部屋も、まだしばらくは風通しが良いままね」


 シンジがジョンを殴り飛ばしたことで空いた大穴は、未だに塞がっていなかった。


「財政はまず国民の為に! 私事しじなど後回し!」と、王の号令一下なので、手を付けたくても付けられないのが実情だった。


 そんな民思いの女王の金髪から、赤と青の三角帽を被った小人妖精が出てきて、彼女の頭を小さな手でこちょこちょと撫でた。


「リラ様、ラル様、ありがとうございます―――すぅ」


 ややあって、寝息を立て始めるフィア。


「部屋を移すとか考えつかねぇのか、この残念姫さんはよ」

「ラル、その融通の利かなさが、フィアさまの味なのですよ」

「……」


 腕組みして理解者面するリラにラルがジト目を向けていると。


「姫さん!」


 シンジが勢いよく入ってきた。その勢いのままベッドにダイブ。


「きゃっ!? な、シンジ!? って、顔近いわよ!」


 ベッドの上で肩を掴まれたフィアが、目を回して困惑する。


「これって、つまり、アレ、よね? ……た、確かに、種の保存、子孫繁栄は大事よ! でもこういうのはまだ早いわ! まだ王として産休が取れるほど国政が落ち着いていないのよ!」

「気にするのがそこなのがクソ真面目残念姫の面目躍如だな」

「ラルもようやく分かってきたようですね」

「姫さん……」


 シンジが、フィアの碧眼を数㎝の距離で見つめながら言う。


「は、はい?」

「ちょっとそこの壁穴から叫ばせてもらっていい?」

「どんな性癖!?」

「これは、姫さんにもしたいお願いなんだ」

「ふぇ?」


 シンジはフィアから離れる。


「すぅ~~~」


 壁の穴の前に立つと、大きく息を吸う。


 アキマ城下町を見下ろし、あらん限りの声で叫んだ。


「助けてくれえええええええ!!」


※※


「聴こえましたかな、サムライ殿」

「無論」

「私たちにも、何かできることがあるでしょうか」


 ジオ、サムライエルフ、クィナも。


※※


『シンジさんが……! お助けしますよぉ!』

『ふふっ、相変わらず楽しませてくれるね、シンジ殿は』

『ひぃぃ!? お化け怖いでずぅぅぅぅ!!』

『君もだけどね?』


 マイトと、先王シル四世も。


※※


「ベン殿!」

「シンジが」

「あんだって?」


 ラットとウィン、そしてベンも。


※※


「まったく、しょうがないわね」

「姫さん……」

「助けてあげるわ。旅人さん」


 フィアも、シンジの願いを聞き届けた。


※※


「へい師匠、墓穴を掘ったな」

「な、ジョン……貴様、わざと意識を乗っ取らせたか」

シンジあいつはいちいちこっちの嫌がる手を打ってくるんだよ」


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