7話 シンジ様、お帰りなさいませ

「はぁ~、だいたい四ヶ月くらいぶりなのにもう懐かしい」


 小山竜コヤマは一昼夜をかけて砂漠の国二つ、仙竜の山を一つ越え、東の辺境王国アキマに到着した。


「豊かな山脈に囲まれた城郭都市国家。初めて訪れましたが、なんと美しい」

「ホロギウムは、どこもすげぇよ」


 ジオは、率直なシンジの言葉に、象のような丸い目を細める。


『マイトは地下迷宮にしかいなかったので、どこも珍しいですぅ!』

それがしも、剣客商売であちらこちらの国を流浪るろういたしましたが、記憶に残っているのは僅かでございますので、新鮮です」

「わしも要らぬ騒動を引き起こさぬよう、生まれ育った町から出たことはないのじゃ」

「ラル、俺らの一党パーティ、ひきこもり気質多くね?」

「おいらたち姉弟は一億年かけて世界中を廻ったけど、まぁ、大体は生まれた場所から動かないもんだろうよ」

「そうだな。ぜんぶ観て廻った癖に道をしょっちゅう間違える小人妖精もいるし」


 シンジとラルが下らない喧嘩を始める中、コヤマは城下町正門前に降り立つ。


「シンジ様、


 先に竜の背から地上に降り立ったラキィが、花のような笑みを寄越しながら、シンジに向かって、手を差し伸べた。


「……っ。そうだな。ただいま、ラキィさ―――」

「シンジのバカはここかあああああ!!!!」


 黒衣の少女の手を取りかけたシンジを横から掻っ攫う人影。


「お、姫さんおひささささ」

「アンタのせいで! アンタのせいでええええ!!」


 アキマの新国王は、そこそこ重量あるシンジを軽々と抱えながら地面に降り立つと、激しくシンジの兜を揺さぶった。


「あわわわわわ、それ以上したら出ちゃうううう、さっき砂漠の町で食べた朝食がスライムになって生まれちゃううううう」

「何をゆっくり休憩を取りながら帰ってきているのよ! 来なさいな!」

「あ~れ~」


 シンジは、呆気にとられるラキィや一党パーティの仲間たちを置いて、フィアにズルズルと引きずられながら、城下町に入っていった。


「ラルよ、アレはいったいなんなのじゃ?」

「……ま、いつものことだぜ」


 いつの間にかウォムリィのおかっぱ頭に移動していたラルが言った。


※※


 城下町は、シンジが帰ってくるというので、既に歓迎ムードだった。


 相変わらず、シーンジ! シーンジ! と、紙吹雪が舞う大合唱。

 正門からの大通りに、人と出店と神輿みこしが並び、シンジを歓待する。

 打ち鳴らされる太鼓に、ポリリズムを刻む多重奏も加わっている。

 タイムセールも好評だ。あちらこちらで完売御礼・売り切れ御免。

 変わらぬアキマのどんちゃん騒ぎ。しかしシンジは、はたと言う。


「……なんか、前より賑やかじゃね?」

「よく気付いたわね。そしてそれはあなたのせいよ」

「俺の―――ああ! ロッセの町の人たちが加わってるのか!」


 シンジが魔王の進行ルートにあるからとアキマに避難させた人々もいたのだ。


「そうよ! あんたが数百人規模で避難民を贈り届けてくれたおかげで、また我が国の家計は借金まみれで火の車なの!」


「雪だるアキマで、火だるアキマか。そりゃあ大変だ―――ん? でも、ロッセの人たちだって財産くらい持ってただろう。そんなに首がガチガチに回んなくなる?」


 フィアが一瞬、固まったあと、おずおずと話し始めた。


「……当面の生活はぜんぶ私たちが面倒を見るから、自分たちの財産に手を付ける必要はない! って、言っちゃったのよ」

「言っちゃったかぁ」

「うぅ……」

「ドンマイ姫さん」

「……うん、さっきは、八つ当たりしちゃってごめんなさい」


 見栄っ張りで見事に自爆した残念な姫は、素直に謝罪した。


「そういう姫さんだから、ロッセの人たちを託せたんだ」

「……え? なにか言った?」

「なーんでもないさ~」


※※


「シンジさん! おかえりなさ―――ってわぁぁぁ!?」

「久しぶりクィナさん。またちょっとの間、世話になるよ」

「はひ……、随分と個性的なお仲間と旅してらっしゃいますね」


 僧衣のオーク。

 着流しのエルフ。

 赤い小鬼少女(六〇歳)。

 そして、動く骨の女商人。

 を、見た感想としては、控えめ。


 気丈な宿屋の娘クィナは、卒倒した両親をまたぎ超えながら、宿屋に一党を通した。


「何か手伝うことがあったら何でも言ってくれ」


 シンジの言葉に、エプロンドレスの少女は丸顔をほころばせる。


「はいっ。シンジさんは前と同じ、受付をお願いしますわ―――お仲間の皆様は……」

「拙僧は世界針教に与する者ゆえ、冠婚葬祭はお任せあれ」

「……宿屋にそれはありませんわね」

「おや。であれば、力仕事をいたしましょうか」


 ジオの仕事が決まった。


「主シンジの指示であれば、皿洗いから人殺しまで」

「ひっ!? し、シンジ様……?」

「大丈夫、指示しない限りテコでも動かんから」


 サムライエルフの仕事が決まった。


「わしは何をすればよいかの?」

「ウォムリィちゃんは何もしなくても―――え? そんなお年を召されて、いえ、申し訳ありませんっ!」

「よいよい。愛い娘よのぅ。良い具合に殺し易そうじゃ」

「ひぃぃぃ!?」


 ウォムリィの仕事が決まった。


「カタカタカタカタカタ」

「―――っ」


 クィナは気絶した。


「あー、限界だったか。しゃあない。マイトは俺と来い」

『どちらへ行くのですか?』

「喋る生首に会いに行く―――って待て待て、部屋の隅っこでカタカタするな。宿屋の客が減るだろうが」

『喋る首さんなんて怖い゛でずぅぅぅぅ!!』


 ぐずるマイトだったが、「城で貴族相手に商売ができるぞ」と教えると、ケロッとついてきた。

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