11話 なんだこの卑怯な手は!

「ぬぅ!?」


 ジオの初手に、ザオは意表を突かれた。


「よし! 決まったわ!」


 突撃タックルから、武闘家姫フィア直伝の関節技サブミッション


 打撃主体ストライカーのオークを倒す唯一の手段として、突貫工事的に身につけさせたが、頭が良く、呑み込みの早いジオは、この修羅場に見事、ザオをグラウンドに叩き付けることに成功した。


 寝技の経験など無いザオがもたつく感に、ジオはその巨体の側面に素早く回る。


「腕一本! 貰い受けますぞ頭領殿!」

「ちぃ!」


 ガッチリと組み付き、腕ひしぎの体勢になった。


「ジオさん! 集中よ!」


 フィアがセコンドのように叫ぶ。相手はオークの中でも怪物的な巨体と怪力を持つ者。ジオの全体重を使っても、抑え込めるギリギリの敵。


「なんだこの卑怯な手は!」

「ふざけるなレッサーオークめ!」

「金返せ!」

「ザオ様に全財産賭けちゃったんだぞ!」


 殴り合いを所望していた周囲のオークたちから罵声が起こる。


 直後。


 ドォン! と、が、城の岩石の壁に大穴を穿うがつ。


「なら、わたくしとやり合ってみますか、オークの皆さん?」

「「「「「……!!」」」」」


 恐らく、普通にザオとも互角の殴り合いを演じられるであろうフィアの微笑に、観衆は大人しくなった。


※※


 シンジは、圧倒的な強者と合いまみえる上で、手を打ってきた。


 手狭な石の家に誘い込む。

 ヌルヌルの床で行動を制限させる。

 そして自らは、重武装で壁を背にし、待つ。


 敢えて臨む背水の陣。

 雪隠せっちん詰まりを、自ら選んだ。

 退路はないが、背後も取られない。

 身動きが取れないが、それはエルフも同じこと。


 平地で自由に戦うより、狭い場所で不自由に戦う。

 その選択は、おおよそ、正答であったといっていい。


 ただし。


 手が絞られた中でも、剣客エルフは一方的に攻め続けた。

 一〇〇〇年の時に磨かれた剣技は、シンジに反撃のいとまを与えない。


「……ッ!!」


 防戦一方。

 骨が軋み、血が流れ、体力、命が削られる。

 大盾と鎧があってなお、すべての剣戟が、致命の重みを伴う。


 一滴で溶けて消える薄紙うすかみ一重ひとえで、シンジは剣客エルフの攻撃をしのぎ続けていた。


 ―――攻め切れない。


 だが、無傷のエルフとて、動揺がないわけではない。


 ―――否。


 自分は捨て駒。

 少年は割り切っている。

 最強の駒剣客エルフを、足止めする。

 ジオとザオの大将戦に勝利できればいい、と。


 ―――このよわいで、


 また、少年は攻めに転じられないだけで、決して攻め気がないわけではない。

 地味な鉄兜の奥の双眸は、赤く、静かな炎を湛えている。

 彼には、このエルフの剣士に届き得る“牙”がある。

 隙を見せれば、決定打を浴びる予感がある。


「ぐっ!?」


 ガン! 鎧の上から、わき腹への強烈な殴打。シンジがよろめく。

 鎧越しであっても、骨に、内臓に、激痛が走ったことだろう。


 勝機。エルフは剣に力を込める。

 魔法と見紛う剣術は、兜と鎧の僅かな隙間を刎ね飛ばすだろう。


 しかし。


「ぬぅ……ッ!」


 シンジが、右手の竜槍を僅かに引いた。

 刹那の“安心”。紙一重未満の隙。


「……!!」


 エルフは微かに表情を変え、槍の穂先を剣で弾き、その反撃の芽を摘む。


 ―――莫迦ばかか。私は。

 ―――骨は折れても、心は折れぬ。

 ―――内臓は潰せても、魂までは潰せぬ。


 最期の最後、こと切れる瞬間まで、油断を許せる相手ではない。


 普通の少年だ。

 筋は良いが、実力は赤子に毛の生えた程度。

 だが、事死地ここに立っても、平静と変わらぬ落ち着きがある。

 どれほど攻撃を食らおうと、決して焦らぬその心に、エルフは感服する。


 しかし、

 ―――何故これほどまでに、痛みに強い?


 よもや、

 ―――


 いや、と、邪念を振り払う。

 手を緩めれば、不覚の一撃をもらい受けることは必定ひつじょう


 エルフは、理解した。


 これは、剣士と槍兵の誇りある一対一の決闘

 より原初的で、野性的な、美しさの欠片もない


 そんな。


 誰もが目を背けるような汚い攻防の中にあって、エルフの表情に変化があった。


 それは、主人ナタクであっても見たことのない、高揚を抑えきれぬ喜びの色だった。


 命令もしがらみもない“野生の戦い”に、剣客エルフは、生まれて初めての興奮を覚えていたのだ。


※※


「付け焼き刃の関節技などで、このザオがやれると思うたか!」


 剛腕によって、ジオの腕ひしぎは解かれることになった。

 互いに再び、立ち技の体勢に戻る。


「―――勝負を焦り過ぎたわね」


 フィアが、すっかり解説役になっている。


「あとほんの少しめ続けていれば、確実に折れたのに……」


 しかし、気持ちはよく分かる。

 シンジが、いつまでもあの強すぎる剣客エルフを留めおいておけるとは思えない。


 彼の命を賭した覚悟に、報いなければならない。フィアは、ジオの焦りを理解した上で、それでも、と叫んだ。


「シンジの言葉よ! ! !!」


 もし、ジオが劣勢に立たされたら、そう言えと言付ことづかってきた。

 なるほどそういう関係かと思ったものだが、今は、詮無き事。


「フハハッ! 半端者のレッサーオークが、この俺を超えるだと! 聞いたか皆の衆!」


 ザオが煽り、周囲のオーク軍兵たちが大笑いする。


総身そうみ大きくなんとやらですな、頭領殿」

「なんだと?」


 ジオの不敵な発言に、色を成すザオ。


「ここの連中は脳まで筋肉。いずれ知恵ある魔族などに乗っ取られよう。

と、どこぞのがおっしゃった通りになりましたなぁ」

「……ぬぅ! さかしらにさえずるな、一族の汚点がッ!!」


 ザオの拳が、ジオを襲う。

 ガン、ガン、と、岩と岩がぶつかるような音が城内に轟く。


「ジオ様!」

「一方的に撃たれてしまう」

「ああ、これでは勝ち目がない」

「お待ちなさい。よく彼の目を御覧なさい」


 口々に悲観する里の民に、フィアが釘を刺す。


「まだ彼の目は死んでいません。撃たれっぱなし? 違うわ。

「おう、リラ。姫さんの奴、すっかりノリノリじゃねぇか」

「解説セコンド役が板についておりますね」


 小人妖精姉弟にいじられているとも知らぬ残念姫は、腕組みして壮大な兄弟喧嘩を見守る体勢に入った。


 ジオは、壁際で次々と強烈なフックを叩きこまれ、グロッキー状態。

 だが、セコンドフィアはタオルに手をかけることすらない。

 いや、そもそもタオルなどないのだが。


「終わりだッ! ジオォッ!!」


 ジオの鼻に、重い右ストレートが一閃した。

 壁に挟まれる形でひしゃげるジオの顔。

 どよめくリング場内アリーナ席。


 レフェリーがT.K.O.テクニカルノックアウトを宣告するダメージだった。

 が、そもそもレフェリーなどいないし、ここはSSAさいたまスーパーアリーナではない。


※※


 同時刻、里でも、決着がついていた。


「見事でした。旅人殿」


 剣客エルフが、首に剣が突き刺さり血を流すシンジを、そう讃えた。

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