8話 やい、指示待ちエルフ

 砂渡りについて、解説しよう。


 砂漠を泳ぎ、ヒトや他の魔物を捕食する、魚型の魔物である。


 その形状、牙持つ巨大な顎などから、シンジは勝手にスナザメと呼んでいる。


 とはいえ、ただ真正面から襲ってくるしか脳のない連中なので、魔法や単筒のあるホロギウムにおいて、大した強さではない。


 砂渡り討伐は、冒険者として、初級程度の難易度である。


「「「「「うわあああああ!!!!」」」」」

「みんな頑張れー」


 その背に、魔物もどきたちが乗っている。砂を泳ぐ魚たちにしがみつき、吹き飛ばされ、果ては逆に食われそうになっては、シンジの一声で止まる。


「そいつら魔物じゃなくて魔物もどきだから! 食べちゃダメだよ!」

『シンジ。俺たちはいつになったら魔物の肉にありつけるのだ?』


 砂渡りたちには、例の『必ず絞まるが、絶対に死なない鎖』が巻かれている。

 砂漠で群れていた肉食の巨魚をすべて捕獲するのに、八日かかった。


 その後、じっくりと話し合った。

 砂渡りたちが肉を食わねば生きて行かれぬこと。

 人食いをやめねば、シンジが見逃しても早晩全滅すること。

 妥協点を探り合い、清濁併せ呑む交渉はさらに二日間続いた。 


「とりあえず人は食わないってところで妥協してもらった。ホントはヴィーガンシャークにしたかったけど、砂漠に野菜がなくて」

「まったく、アンタはしょっちゅう魔物と仲良くなるわね」

「それほどでも」

「褒めて―――あげましょう、今日のところは」


 フィアが、やれやれと言った調子で言う。


 シンジは、砂渡り《スナザメ》を退治したが、殺したのではない。

 彼らを、


「ははは! 全員俺のカンチョーのサビにしてやったわ!」

「あの酷すぎる新戦法はここで生まれたのか! っていうか、まさか竜槍でやってないわよね」

「……お、コブ造さん良いライディングだね! サメと一つになってる!」

「ちょっと! 答えなさいよ! その聖なる槍で魔物のお尻をグリグリやったなんて言ったら、ベン様に言いつけるわよ!

 あとコブ造さんってなに!? 勝手に名前付けられた驚きで振り落とされちゃってるじゃないコブ造さん!」


 魔物と魔物もどきが協力する作戦の決行まで、あと二日。


※※


 二つの月が、シルキの街を照らす夜。


 ホロギウムでは一般的な石畳と煉瓦造りの街並みに、あちこちで硫黄臭い湯気が立ち上っている。


 温泉街。


 数十年前に、シンジと同郷の転生者が、掘らせたものであるらしい。


 それ以外にも、ホロギウムには、数多くの転生者が持ち込んだ文明の利器や、文化があり、時として、二つの世界が混ざり合い、新たな風俗を産み落とすこともあった。


 その中でも一番人気の岩風呂の脱衣所で、シンジはとある人物と出会った。


「おや、勇者殿に僧侶殿」

「やぁラースさん、今晩は毛艶がいいな」

「はは! 温泉の効能ですかな」


 獣人兵士長ラースが、シンジの御世辞に笑う。


「温泉で湯治とうじですか」

「ああ、闘痔とうぢだ」

「頑健なオーク殿が、珍しいこともあるものですな」

「俺が少々激しめにジオのケツを攻め立ててしまってな」

「はい!?」


 微妙に噛み合わない会話ののち、「では、我々は明日から二日間の遠征ですので」と言って、去っていった。


「援軍はいよいよたのめないわけですな」


 ジオの深刻な表情とは対照的に、シンジは久々の風呂に浮かれている。


「体感で一カ月砂風呂だったからなぁ。過去の勇者さまさまだ―――は!?」

「どうなされました」

「ラースさんの入ったあとだから、抜け毛で酷いことになってるかもしれない」

「……もありなん、ですな」


 二人は恐る恐る男湯へ入っていくが、奇跡的に、白濁の湯に犬毛がびっしりと浮いている事態は回避されていた。


 その代わり、先客がいた。


「おや」

「なんと!」


 薄い緑の髪をまとめた、剣客エルフが入浴中であった。


「お、うっすエルべえ」


 美貌のエルフは、シンジの軽い挨拶に無言で会釈を返す。


「シンジ殿……」

「温泉でガチバトルもないだろ、な、エルべえさん」

「そのようなご命令は受けておりません」

「だってさ。ふぃ~生き返るぅ~」


 図らずも敵味方同士の混浴となってしまったが、シンジは気にする様子もない。

 ざぶんと湯船に浸かるシンジに、ジオは「大物ですなぁ」と苦笑する。


「今日は何の用でここに?」

「主人のもとへ、戻っておりました」

「それは、ナタク殿のことでございましょうか」


 ジオが、慎重に訊く。

 答えは、あっさりとしたものだった。


「はい。ナタク様は、我が主でございます」


 痛恨、と言った風に、ジオが頭を抱える。


「何故、我らの里を奪おうとする者たちに与しているのです」

「ナタク様がおっしゃったことです。彼の言葉に従え、と」

「彼、とは、魔族である人狼殿のことですか」

「そのようなものです」

「彼らが我々を皆殺しにしようとしていることも、ご存知か」

「それは存じ上げませんが、しかし、殺せと命じられれば殺します」


 平板な調子で言い放ったエルフに、シンジが鋭い声を出す。


「そのご主人に死ねと言われたら、死ぬのか」

「死にます」

「よし、指示待ちエルフそこになおれ。

 お前もこのシンちゃんのカンチョーの刑だ―――って、ぎゃあああああ!!!!」


 瞬間、シンジが叫びながら湯から吹っ飛んでいく。


「なっ!? 」

「シンジ殿ォ!?」


 ジオは、エルフの動きを目で終えなかった。


「腸が、腸が鼻から出る……」

「シンジ殿! お気を確かに! 只のカンチョーにございまする!」

「いや、ジオ、確実に第二関節まで入ってる痛みだった―――グホォッ!?」


 腸に深刻なダメージが残り、悶絶するシンジ。


「シンジ殿、傷は浅いですぞ。それにしても、あの一瞬で後ろを取るとは」

「一〇〇〇年の研鑽で辿り着いた技にございます」 


 剣客エルフは言い放つと、湯から出る。


「「え?」」


 その身体に、思わず目を奪われてしまった。


「剣客殿は半陰陽……両性具有者ですか」

「はい。私は男性でも女性でも―――ましてや、エルフでさえありません」

「はぁ? その心は」

「私は、邪教の儀式によって生まれた

「キメラ……?」

「エルフの外側に、ゴブリンやオーク、その他さまざまな種族の魂をかけ合わせて作られた、魔力もない、エルフのまがい物」


「つまり、アンタもか」


 ようやく立ち上がれるまでに回復したシンジが言う。


「……そう思われるのでしたら、そうなのでしょう」


 筋肉質の細くくびれた肢体に、豊かな乳房と陰茎に膣口、を持つエルフは、そう言うと、風呂から出て行く。その背に、シンジがまた声をかける。


「なぁ、アンタのボスに会わせてくれないか」

「シンジ殿!?」


 驚くナタクだったが、それ以上に驚いたのはエルフの返答だった。


「構いませぬ」

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