7話 シンジ殿、抜く時はもっと優しく……
オークの肌は硬く、ただの木の棒ではダメージを与えられない。
そこで、シンジは、ジオの尻を狙い、カンチョーによる勝利を狙っていた。
「シンジィ! なんっでアンタの戦いは、いちいちそうふざけが入るのよ!!」
シンジはフィアの怒声に応えず、棒を、孫悟空の如意棒の如く、ひゅん、ひゅん、と右手で素早く回す。
それを終えると、中腰になり、右腕を深く引き、槍兵特有の突きの構えを取る。
そして、空いた左手で、ちょいちょい、とジオを挑発する。
「腹立つ! 少しサマになってるのに! あれが対戦相手のお尻を突き刺そうとする予備動作だと分かると、ただひたすら腹が立つわ!!」
―――ふむ。拙僧が突っ込んできたところを素早く回り込み、尻を狙うおつもりか。
ジオは、眼前のシンジの狙いを分かった上で、敢えて突進をかけた。
―――背後を取ってやろうという思惑が見え見えですぞ。
あからさまな
が、しかし。
シンジは、動かなかった。
―――むっ!? 初手のカンチョーは撒き餌でございましたか。
「やりますな!」
一本取られた形のジオだが、その表情には未だ余裕が伺える。
尻さえやられなければ、ただの棒っ切れの刺突など、恐れるに足らず。
「ぬおっ!?」
瞬間。里に突風が吹きすさぶ。
風に撒かれた砂塵が、ジオの視界を隠す。
そのとき、彼の耳に、その“鼓動”の音が届いた。
「
ドクン! と、シンジの心臓が限界以上に強く打つ。
―――裏の裏をかかれた!? 狙いはあくまで、
シンジは、“鼓動”により増した身体能力で砂地を蹴り、飛び上がる。
捻りを加えた側宙でジオの頭を飛び越え、背中を取った。
「動くな、ジオ」
背後で響く、有無を言わせぬシンジの声。
ピタリと尻に狙いを定めた棒の気配。
―――よもや、砂漠の風を読んで目くらましに利用するとは。
―――否、彼は三〇日間を砂漠での過酷な旅に費やしたのだ。
―――砂漠での戦いには、一日の長があると見るべきだった。
「……お見事」
勝敗は、決した。
シンジが外すことは、恐らく、ない。
「ジオ。アンタの直腸を
「……なんなりと」
「意地を張り倒して死ぬよりか、トンズラこいて生きることは選べないのか」
「―――逃げでも、意地でもありませぬ」
カンチョーされる直前にあっても、ジオは堂々、言い放った。
「我らは皆、ここで生きたいのです」
「そうか」
「むぅっ!!」
ジオの肛門に、ブスリと突き刺さるシルキの棒。
「
「お優しい、ことですな……ぐはっ」
「いや、カンチョーに峰とかないでしょ」
フィアが冷静に突っ込む。
「あと、この里のケツも俺が持つ。
取り立てオークとサムライエルフと、大喧嘩だ」
「……本当に、おやさ、しい」
ジオは、微笑みながら、うつ伏せに倒れた。
里の真ん中で、彼の尻に突き刺さった棒が、威風堂々と直立していた。
「台無しよ」
フィアが言った。
※※
「……何故かしら。
このホロギウム史上最大最低の決闘に胸が昂ってしまったわ」
フィアと里の者たちは、すっかり熱いカンチョーバトルに見入っていた。
『ラルさま、皆さん、殿方同士がお尻を狙い合うくんずほぐれつがお好きで?』
「言い方よ」
ただ一人、マイトだけは付いていけないようであったが。
「それにしても―――」と、フィアが呟く。
「シンジ、あなたは最初から、こうなることを読んでいたのかしら?」
「けっ、あのバカにそんな頭が回るわけねぇだろ」と、ラルが言い返すと、
「あら、そうかしら、わたしはさもありなんと思っているわよ、ラル」
と、リラがやんわりと反論した。
尻に棒が突き刺さった里長の周りに、魔物もどきたちが集まっている。
「ジオ様、我々も覚悟が決まりました」
「ここは、我らの居場所です」
「世の中の役にも立てぬ身ですが」
「戦いましょう。生きるために」
「お前たち……!」
口々に参戦を表明する民たちに、ジオが攻撃的な笑みを浮かべる。
「うむ、見せつけてやろうではないか。半端者の生き様というやつをな」
「ほいっと」
「はうっ!? シンジ殿、抜く時はもっと優しく……」
「あ、ごめん。けっこうずっぽりいっちゃってて」
シンジは、ジオの腸を一撃した棒をじっと見ている。
「……俺、今なら姫さんにも勝てるかもしんない」
「おバカがいらんことに気付きやがったわ!」
フィアが叫ぶ。
「ほれほれ姫さ~ん、このジオを貫通した棒に近づけるかなぁ?」
「嫌っ! そんなもの突き付けないで! シンジ、後で覚えてなさい。今日の勝ちは高くつくと思いなさいっ!!」
シンジは、小学生並みの戦法でフィアにも勝利した。
※※
ここで、魔族とは何かを解説しよう。
しかし、これは循環論法に陥る。
そもそも、魔物とは何かといえば、魔王に与する獣たちのことである。
魔族とは、その中で特に知能が発達し、魔王に認められた種族の総称である。
では、魔王とは何かというと―――魔物たちの王である。
魔物と魔族は魔王の手下。魔王は魔物と魔族の王。
賢明な読者諸氏は気付かれただろう。何の説明にもなっていない。だが、そうとしか説明できぬのだ。
魔王はどこから湧いて出たのか。魔物はいつから魔物なのか。
そこに、この世界の歪みがあるのだが、その説明はまた項を移すこととする。
「ザオよ、何をしている。いつになったらあの水源を抑えられるのだ」
さて、時はジオがカンチョーに倒されたとき。
「ガルオウ様、申し訳ございませぬ。里長代理が、なかなかに粘り強く……!」
場所は、砂漠の果てに蟻塚のように立つ魔族の居城である。
「形ばかりの謝罪しかほざけぬ喉、掻き切ってやらんでもないぞ」
ザオの眼前に、人狼の鋭い爪が差し出される。
「三日だ。愚鈍なオーク共にくれてやる猶予としては、いささか短いか」
「十分で、ございます」
せせら笑う魔族に、ザオはオークを侮蔑された
「話はまとまったようですね。では、私はこれで」
「待たれよ、
「
「ふん、自らの里を売った守銭奴ゴブリンか。シルキで酒池肉林に
「失礼いたします」
主への罵詈雑言に何一つ言い返すことなく、剣客エルフは城を辞した。
「薄気味の悪いエルフよ」
しかし、実力は本物だ。
戯れに部下のオーク十名と、配下の魔物を数十匹差し向けてみたことがある。
結果は、全員が、ほぼ一刀のもとに切り伏せられていた。
およそ平地での戦いで、剣客エルフに敵う者はいない。
味方でいるうちは、せいぜい利用させてもらう。ザオはそう決めていた。
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