6話 おとなしく逃げるか

 里の食事は、思った通りというか、貧しく、侘しいものだった。


 だが、シンジは構わず平らげた。


「砂漠では、ラルが非常食に見える寸前にも陥ったから、何でも美味い」

「おいらは不味いってことかこのやろー」

「ラル、姉として、そこはツッコミどころが違うと申し上げます」

「遠慮なしにおかわりしてたわね。逞しいというかなんというか」


 あてがわれた寝床も、簡素なわらのような材質のベッドである。


「それにしても、種同一性障害か。本で読んではいたけど、実際に出会うのは初めてね」

「おもしれー連中だったな」

「……そんな呑気な感想になるのはあなただけよ、シンジ。きっと、私たちの想像以上に苦労されているはずだわ。なにかできることはないかしら」

「別にいいんじゃないか。このままでも」

「分かっているわ。下手に手を出して、彼らの誇りを傷つけたくはないもの。

でも、彼らの特性が、何かの役に立つことだってあると思うの」

「別に、この世の役に立つために生まれてきたわけでもあるまいに」

「……へぇ」


 フィアは、思わず声を漏らした。


「確かに、その通りね。たまには、含蓄のあること言うじゃない」

「そうだろ? 魔物もどきさんたちのことを考えるあまり、当たり前のように男と同じベッドで寝ようとしてる残念姫様とは違うのだよ」

「……へ? ―――はっ!?」


 藁ぶきベッドは、何らかの気を利かせた者の仕業でダブル仕様であったが、顔を真っ赤にしたフィアの手刀一発で、セパレートツインになった。


「いい? 変なことをしたらあなたの上半身と下半身がこうなるのだからねっ!?」

「ぐー」

「寝つき速っ!?」


※※


 夜が更ける少し前、鎧姿の者が一人、槍を振るっていた。


「ふんっ!」


 シンジの突きが、里の空気を貫く。日課の修行。どこぞの押しかけ師匠が課す命懸けの死行ではないが、鍛錬を終えた地味な兜の中は、大汗をかいている。


「精がでますな、シンジ殿」

「ジオ」


 白い僧衣姿のオークが、神妙な顔つきで声をかけてきた。


「実は一つ、お耳に入れておきたいことがあります」


 ジオの話はこうであった。


 この里を治める長は、ナタクという名の、一代で財を成したゴブリンである。


 ジオは、身体を悪くしたナタクに乞われ、里長の代理を務めているのだが、最近、シルキの街にあるナタクの屋敷へ行った折り、信じられない光景を目にした。


「あのオークたちに交じっていた剣客エルフは、ナタク殿の従者でした」

「なんだって?」

「間違いありませぬ。揃いの耳飾りをしておりました。あれは、ナタク殿が立身出世の折、職人に作らせた物にございます。一点物だとおっしゃっていましたが……」

「同じものをあのエルべえも付けてたと」


 シンジは、未だ寝静まる里をちらりと横目で見やりながら、言った。


「それはつまり、闇金オークくんの取り立てに、里長が協力してるってことか」

「おそらく、オアシスの水源を巡って、裏で何らかの手打ちをしたのでしょう。

しかし、我らが立ち退くなど、あり得ないのを知って、あのような暴挙に……」

「じゃあ、もう、おとなしく逃げるか」

「へ?」


※※


 翌朝、里は騒然としていた。


 里長代理と、ふらりと現れた転生勇者の間で、意見の相違から、決闘ということになってしまった。


「共に、戦っていただけると、そう、思っておりました」

「ジオが勝ったら、お前の言う通りにしてやるよ」

「レッサーとはいえ、小生もオークの端くれ。力比べでは負けませぬぞ」


 竜皮の鎧と、装飾のない兜を付けるシンジに、フィアも批判めいた声を出す。


「私は、無責任だと思うわ。逃げると言ったって、どこへよ? 彼らは、どこにも受け入れられずに、最後の場所として、この里に来たのでしょう」

「せーかいーはひーろーいー」


 シンジが、クソのような音程で歌う。


「生きてりゃ、なんとかなる。ここじゃないどこかだって、きっとある」

「それが、無責任なのよ。なんともならなかったら―――」

「死ぬだけだよ」

「……ッ!?」


 その声は、フィアが絶句してしまうほど、何の温度も伴なっていなかった。

 まるで、空模様の話でもするかのような普通の調子であった。


「死んだら、終わり。でも、生きていれば、なんとでもなる。

「……」


 兜の奥の、シンジの表情は推し量れなかった。


※※


 カンカンと照り付ける日差しの下、すべてを乾かす砂の上で、決闘が始まった。


 だが、お互いに相手を殺傷する気はないので、ジオは素手。シンジはいつもの竜槍ではなく、シルキの木の太い棒を持っている。


「どちらが勝つのでしょう」

「さぁな。普通に考えりゃ、ジオだろうよ」


 リラとラルの会話は、フィアに解せないが、同意見ではあった。


 碌な武器もなく、シンジがレッサーオークに勝てる道理はない。


 だが、今のシンジの構えには、可能性を感じる。


 フィアが、シンジの行き先が中都であると思い込んだのは、東の砂漠が、あまりにも過酷な環境だからだ。日中は脱水を起こすほどに身を焦がし、夜半は凍死するほどに温度が下がる。


 何十何百と人が寄り集まったキャラバンならまだしも、単独で抜けるには相当な覚悟がいる。故に、転移魔法陣を使うと思った。


 だが、シンジは、その砂漠を、三〇日かけて、徒歩かちで抜けてきた。


 ラルの案内や、マイトの荷物持ちを加味しても、かなり大変な道中だったはず。


 ところがシンジは、そのような気配をおくびにも出さない。


 大した実力があるわけでもないのに、その精神性の部分に、底知れないものを感じてしまう。


 フィアは、シンジをそう評価していた。


「シンジ殿の膂力りょりょくでは、レッサーオークたる拙僧の固い肌に傷はつきませぬよ」

「そいつはどうかな?」


 何やら策ありげなシンジが、先手を取る。

 右へ左へ、軽いステップを踏みながら、ジオに近づく。

 そして、急激に加速。緩急のついた攻撃に、ジオの反応が遅れる。


「くらえっ!」

「なんのっ!」


 攻撃は防がれたものの、ジオに冷や汗をかかせるものだった。


「なるほど、拙僧の尻の穴を狙うとは」

「そこは鍛えようがないだろう、オークさんよ」

「ご明察。だが、そう簡単に、我が不浄の穴はやらせませぬぞ」


 守り切るか攻め切るか。


 ジオとシンジの、壮絶なカンチョー合戦が幕を開けた。


「じゃ、ないわよ!!」


 フィアが、掟破りな地の文への突っ込みを入れつつ叫んだ。

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