5話 ホネホネショッピングの時間だ

「で、お金がないのは分かったけれど、何で行商人の真似事なんてしているの? この商人はなに?」

「マイトだ」

『こんにちはです、アキマの姫様。ホネホネ商店のマイトと申します』

「……と、しゃれこう弁で言っている」

「相変わらず便利な通訳機能ね」


 当然、フィアの耳には、しゃれこうべがカタカタ言っているようにしか聞こえていない。


 その足元では、色違いの三角帽子を被った姉弟妖精が再開を喜び合っている。


「ラル、元気なようで安心しました。シンジさまの案内役はちゃんとできていますか」

「ったりめぇだろ。このラル様がビシッと案内してやったから、シンジみたいなボンクラでも砂漠を超えられたんだぜ」

「そのビシッとナビのせいで、すっごい遠回りした挙句に、亡者だらけのダンジョンを攻略することになったんだけどな」

「そうだったのですかシンジさま……ラル?」


 リラに睨まれ、亀のようにシンジの懐に潜り込むラル。


『でも、そのおかげで私を拾って貰いましたから、寄り道ぐるり回り道してくれて良かったですぅ』

「と、言っている。まさに骨を拾ったわけだなアハハハ」

「やかましいわ。で、どこにいたのよ」


 フィアが訊く。


「地下一〇階と一一階の踊り場でカタカタ震えてたんだ」

『死んだ人ばっかりで怖くて……』

「亡者が亡者を怖がってんじゃないわよ」


 フィアが呆れ、ラルも、シンジを指差す。


「まぁ、このバカも、半分攻略したところで飽きちまいやがったんだけどな」

「だって、骨とミイラとゾンビしか出ないし、槍で突いただけで倒せちゃうし」

「竜槍は聖なる槍だから、亡者には覿面てきめんなのよ」


 と、フィアが解説する。


「けっ、あのまま最深部まで行きゃあ、お宝があったかもしれねぇってのによ」

「ヌルゲーは中学と一緒に卒業しました」

「シンジ殿」


 そこに、ジオがやってきた。


「仰せの通り、里の者を集めましたぞ」

「おお、ありがとう、ジオ」


 フィアは嫌な予感がした。


「何をするつもり?」

「ホネホネショッピングの時間だ」


※※


「これは、不思議な―――ぐっ!?」

『どれだけ締め上げても絶対に死なないけど、確実に首は絞まる鎖ですっ』

「うごごごご」

「シンジ大丈夫!? 通訳してくれないと、なんでこの子があなたの首を急に絞めたのか分からないわ!」


 拷問器具であった。


「この薬草は、一旦誰かの口に入れたものを反芻はんすうしてもらわないとただの雑草らしい」

「……マイトが嬉しそうにカタカタ鳴ってるけど、なんて言ってるの?」

「恋人同士で使えるデートドラッグだそうだ。ちなみに、普通に飲める薬草と、効果は変わらない」

「うん、誰も買わないわ」


『これは粉末に魔力が込められた強化粉バフパウダーですぅ』

「ちょっとした風でもあっちこっちに飛んで行ってしまうし、魔物寄せの効果もあるから、上手く使わないと、強くなる代わりに魔物が無限に湧いてくるぞ」

「もはや何がしたいのか分からねぇ」


 ラルが大きな溜息を吐く。


「あの……」


 おずおずと言った様子で、一人の機織りコブリンが手を挙げる。


「変化の指輪など、持ってはいませんか。砂漠の地下迷宮に落ちているという、亜人種や、魔物に化けることができるものです」

「そんな便利なもの、この押しの弱い亡者商人が持ってるわけないだろう」

『そうですよぉ! 私がそんな宝物を手にしたら、あっという間に二束三文で買われてしまいますっ!』

「なに自信満々に言ってんのよ!」


 それさえあれば本物の魔物になれるのに、と、コブリンたちは残念そうに家に帰っていった。


※※


「見事に一個も売れなかった上に、実演で使った分、負債が増えたな。もう借金雪だるマイトだ。あははは―――でっ!?」

「あなた、何でそんな変なものばかり売っているの?」


 呑気に陽気に笑うシンジの横っ面を張り倒してから、フィアはマイトに訊いた。


「それに、シンジなんかについていったら、売れるものだって売れないままよ」

『うぅ、お恥ずかしい話なのですが……』


 彼女は、何百年か前に死んで骸骨亡者ワイトとなり、同種の亡者がいる迷宮ダンジョンの奥で、静かに暮らしていた。


 しかしある日、亡者仲間から「良い商売がある」と持ち掛けられ、高値を出し、ついつい大量の“聖水”を仕入れるための、連帯保証人になってしまった。


 亡者を浄化し、倒してしまう聖水が仲間に売れるはずもなく、マイトは大量の在庫と、借金を抱えることとなる。


 騙されたと知ったときにはもう、詐欺師亡者は冥界へ高飛びしており、地獄の沙汰も金次第と悠々自適な生活を送っていたという。


 借金を返すため、マイトは、地下迷宮で拾ったガラクタ同然の品物を売る商人となった。


 が、生前からの臆病さと商才のなさで、動く死体はびこる迷宮を歩き回ることも、たまにやってくる冒険者に物を売ることもできず、階段の踊り場にひきこもってしまっていたらしい。


「そもそも人と話せないから、冒険者の人も、大荷物背負った骸骨が階段の隅っこでカタカタ言ってるようにしか見えん」


 シンジが言う通り、ただのホラーである。


『シンジさんは三〇〇年目で初めてのお客さまでした』


 そして、「ここ以外なら、もっと売れるかもしれない」と言って、自分を仲間にし、地下迷宮の外へ連れ出してくれた。


 死んでから、いや、生前から数えても、初めてというほど、親切にしてくれた大切な人間であり、離れることなど考えられない。


「……だそうだ」

「よくぞ眉一つ動かさずその内容を通訳できるわね」


 フィアは感心して、ついでにと観念した。


「そういうことなら、私からは何も言わないわ」

『はいっ。マイトは、シンジさんとずっと一緒ですぅ!』


 そのときの、肉もたぬ骸骨亡者の声は、フィアにもなんとなく分かった。


 この子はきっと、生前、とても素直で可愛らしい女性だったのではないかと、そんなことを思った。

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