4話 ちょっとだけお釣りは出たから、これは姫さんに返そう

 時を一〇日前に戻そう。


「どういう了見だ、レッサーオーク」


 ジオが向き合うは、身の丈でいえば彼を遥かに上回る巨躯。オークたちの頭領ザオ。ずん、と歩み寄り、ジオに凄む。

 一歩も退かぬ見事な里長代理を、民たちが家々から、じっと見守っている。


 さらにもう一人は剣客けんかくエルフ。

 名前はない。金次第で魔王の配下たる魔族にすらつく剣士。


 マント付きの軍服姿は勇壮だが、薄緑の長髪は、細く、滑らかだ。

 細面ほそおもてで、女性的な丸みもある美貌。

 男装の麗人と言われても通じる外見であった。


 ザオとは対照的に、ここに来てからずっと、無言を貫いている。

 剣士らしく吊り上がった強い眼光には、しかし、どことなく虚ろさもある。


「今一度訊こう、レッサーオークのジオよ。なぜ、人狼ウェアウルフガルオウ様への上納を拒むか。ここにおるのは、魔族にくみするべき魔物ではないのか」


 ジオは毅然と問いに答える。


「心は魔物でございまするが、ラギオ帝国の領地に住まうヒトでもあります」

「屁理屈をねるなァ!」


 返ってきたのは突風の如き一喝。

 ひぃ! と、里の者たちが一斉に家に引きこもってしまう。


「魔族に仕えぬのであれば、この村、滅ぼすのみ!」

「そのようなことをすれば、シルキの兵士が黙ってはおりませぬよ」

「ふん! 聞いたか皆の衆! このさかしらな小さきオークめが、事ここに及んで脆弱なヒト族の後ろ盾を頼ろうとしておるぞ!」


 ザオの背後で、里を打ち壊す指示を今や遅しと待ち受けている十数匹のオークたちがせせら笑う。平静であったジオの顔が、少々の歪みをたたえる。


「しょせんレッサーオーク。オーク族の面汚しよ」


 ただの挑発だ。ジオは自らに流れる戦闘民族の血をどうにかなだめる。先に手を出したのがジオだという大義名分を欲しがっているのだ。


「何故このような里で村長の真似事などしておる? オークであってオークではない己を慰撫いぶしておるのか。ならば徒労であるぞ。

 見よ。我らと戦う意思すら持てぬ半端者共。心は魔物? 違うな、性根は臆病なただのヒト。。救いようのないどもよ」


 いけないと知りつつも、その言葉には我慢がならなかった。


「言葉が……過ぎますぞ。頭領殿……!」


 固く握った拳が出るその寸前、雰囲気に合わない呑気な声が里に響いた。


「ホネホネ商店の旅道具~、さぁ~寄ってらっしゃい見てらっしゃい~」


 長槍と大きな盾を携えた鎧姿。黒髪の頭にターバンのような布を巻いた黒目の少年が、ベースギターをベンベン弾きながらやってきた。

 隣には大荷物を背負ったローブの商人が、地味な兜を小太鼓代わりにコンコン叩いている。

 その懐からは小人妖精が、妖精族御用達な高性能草笛をピーピー吹いている。


 行商人の一行というより、チンドン屋といった様相であった三人が、揉め事の間に入っていく。


 突然の訪問者に、亜人種も魔物もどきも、唖然とするばかりである。


 間髪入れず、チンドン行商の少年は、オークたちに営業をかける。


「大きな人たち、薬はいらんかね? 良い痩せ薬があるんだけど」

「別に我らは肥満でこうなっているわけではないわ! オークだ!」

「オーク……。『指〇物語』で読んだ奴だ! すげぇ! トールキンさん見てますかぁ! いましたよぉ!!」

「やかましい! 急に興奮するでないわ!!」


 ザオが守勢ツッコミに回らざるを得なくなる。


「まぁ、痩せ薬といっても、三日三晩下痢が止まらなくなった後で、猛烈な食欲が七日七晩襲ってくるのに耐えなきゃいけないタイプなんですけどね」

「確実に逆に太るではないか! いらんわそんなもん!」

「ダメか……。なら、ここはこれで堪えてくれないか」


 途端に、シンジが声を低くした。弛緩し切った場の雰囲気が一変する。


「貴様、この金額は……」


 差し出されたのは金貨の詰まったずしりと重たい袋であった。オーガの丸太腕にすら重量を感じるほどで、ザオは二の句を封じられる。


「この世界の金勘定がまだよく分かってないんだが、これで足りないか?」

「いや、それは……」

「十分で御座います。では行きましょう。ザオ殿」


 代わりに応えたのはエルフ剣士の涼やかな声であった。そして、さっさと踵を返す。


「お、おい! 待たぬか!」

「何ゆえにです。我らは、税を取り立ててこいと指示を受けました。そして、それは果たされました。長居は無用。私は何か、話を違えておりますか」

「い、いや、そのようなことは」


 それ以上ザオの言葉を聞く必要なしと判断したか、エルフ剣士は足早に里を去っていく。


「おい、待て!」

「……何か」


 エルフが振り向くと、声の主は税を肩代わりした鎧の少年。


「名前は?」

「ありませぬ」

「そっか。じゃあ、名無しのエルべえ。お釣りがあるかもしれんだろうに。ちゃんと数えていきなさい」

「やいシンジ! おめぇ、気前がいいのかケチなのかどっちだ!」


 ラルにぎゃいぎゃいと言われるが、シンジの目は真剣そのものだ。


 その双眸を、しばしじっと見つめていた、氷細工の如き美貌は、僅かに表情を緩ませることも、険しくさせることもなく「……それもそうですね」とだけ言った。


※※


「そんで、ちょっとだけお釣りは出たから、これは姫さんに返そう」

「小人さまの涙より少ない金額だけど、ありがとう」


 アキマの財宝を売った金のお釣りを、フィアは神妙に受け取る。


「で、魔族の配下共が嫌がらせに残していった砂渡りどもを討伐していただいたのです」

「あ、そうだ。スナザメの報酬も貰ったから、これも姫さんに返すよ」

「要らないわ」


 フィアは、シンジからの返済を頑として跳ねつける。


「なんで?」

「これを受け取っちゃったら、私は残念を通り越して無念な姫になるからよ」


 フィアは、善意一〇〇%なシンジの行動を怒るに怒れず、観念したように言った。


 しかし、「残念なところを認めちゃうのが残念だよな」と言ったシンジに、シャイニングウィザードを食らわせることは忘れなかった。

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