3話 ……アォ(高音)!!

 同一性障害。


 ヒトとして生まれながら、自分を小鬼ゴブリンだと思い込む者。

 ある者はオーガ。ある者はエルフ。ある者は獣人で、またある者はスライム。


 詳しい解説はまた項を改めてする予定であるが、砂漠近くのオアシスにある集落“魔物もどきの里”が、そういう者の集まる場所である。


 泉を中心として、石を積み上げた半球状ののような家がぽつぽつと立ち並ぶ。寒村といっていい。


「こちらのオアシスに立つシルキの木から取れる繊維を編むのです。里の主産業でございます」


 ジオが解説をしてくれる。シンジとフィアは、神妙な様子でそれを聞いている。骨のマイトには、そもそも表情がない。ラルは、シンジの懐から出てこない。


 ジオからは、こう言い含められている。


「里の者たちは、己が魔物の心に誇りを持っております。

故に、多少奇矯ききょうな振る舞いがあったとして、


 シンジとフィアの背後には、ふっとい木の棒を持った者が二人、控えていた。


「絶対に笑ってはいけない魔物もどきの里か」

「何を言っているの、シンジ」


 わらったら おしり を たたかれる ぞ !


※※


「最初に、ゴブリンを紹介しましょう」

「機織りゴブリン、いやコブリンってとこか」

「変な感じね。彼らは略奪種族なのに」

「……!!」

「シンジ? なにを変な顔をしているのよ」

「だって姫さん……この人たち、ゴブリン語で、「今日は良い略奪日和でございますね」とか、「エルフの森を焼きに行かれませんこと?」とか言ってんだよ?」

「……プッ」


 シンジ、フィア、あうとー。


「ゴブリンっぽいこと丁寧に言ってんじゃないわよ……いったーい!」

「くそ、翻訳するんじゃなかった……いったいっ!」


※※


「ここは学校です。子供たちは、人と魔物両方の言葉を覚えます」

「マモリンガルか。大変だな」

「こうしてさっきの機織りコブリンになっていくのね」

「はい、よもや略奪などさせるわけにはいきませんが、はしっかり守れるように教育いたします―――あ」

「「……クククッ」」


 シンジ、フィア、あうとー。


「今のはジオが悪い! ……いった!」

「設定って言っちゃだめ……痛い! 理不尽よ! ジオさんにもやってちょうだい!」


※※


「彼らはスライムです」

「家全体がヌルヌルしてるわね」

「人もヌルヌルだ。スライムってより、ヌライムだな」


 潤滑油でヌルヌルの男が歩み出て、シンジらに挨拶をする。


「よくぞ参られた。我らスライム。

 全にして一、一にして全―――グホォァ!!!?」

「いかん! 粘液が器官に入った! しかもあれは、街で安売りしていた、飲んではいけないタイプの潤滑油!」

「ジオ! 貧乏だからってローションをケチるな! 粘性生物スライムが粘液に殺されるってどんな冗談だ!」


 ヌライムさんは、「ガボボボボ」と溺れたように痙攣している。


「今すぐ行きますから! くっ、ヌルヌルしてて近づけないわ! ほかの人たちも、おろおろしてないで助けてあげなさい!」


 フィアの言う通り、全にして一であるはずのヌライムたちは、仲間のピンチに各自でおろおろするばかりである。


 笑っている事態ではなかったので、シンジもフィアもせーふ。


※※


「彼らは大鬼オーガです」

「オーガって言うより、ショーガだな。体格とか、もろもろ少ない」

「彼らは何を生業にしておられるのですか?」


 フィアが訊く。ジオは、シルキの木の群生地へと二人を案内した。


「この木を、蹴りで倒すのです」

「「え!?」」


 シンジとフィアは、一層不安に表情を曇らせる。


「……さすがにそれは危なくない?」

「いや、絶対危ないわよ。私だってギリギリよ、あの太さは」

「ギリギリできちゃう武闘派姫さんのことは置いておいて、無理しないでー」


 しかし、オーガ―――ショーガたちは自信満々だ。


「任せて下され!」

「我らオーガ、この程度の木、一撃ですぞ」

「皆の衆、用意はいいか」

「「「おおー!!」」」


 何度も念を押すが、彼らはオーガを名乗る一般的な中肉中背のヒトたちである。


「いくぞォ!」

「「「「「うりゃあ!!!!」」」」」


 そして、一斉に、足を振りかぶり、強烈な蹴りを大木に見舞うが。


「「「「「……アォ(高音)!!」」」」」

「「ブッ……痛い!!」」


 シンジ、フィア、あうとー。


 無論、シルキの木は微動だにしていない。


「そりゃそうでしょ。だって生身の生足で思いっきり大木蹴っちゃうんだもの」

「大丈夫? みんなして、全盛期のマイケル・ジャクソンみたいな声出てたけど、骨とか、折れてない?」


 すねを押さえて悶絶するショーガたちに、フィアが治癒魔法を施す。


「いやぁ、お客人が参られて、いつにもまして張り切ってしまったようですな」


 ジオが、普通に道具を持ってきて木を切り倒すのを手伝ってから、次に行く。


※※


「こちら、アンデッドたちでございます―――って、どうしたァ!?」

「「「ウワァァァァ……ウワァァァァ……」」」

「そうか! ワイトのマイトっていう本物を見たせいで、アイデンティティがクライシスしたんだ!」

「首をくくらないで! 本物の死者になろうとしないで! あなたたちは死んじゃうだけだからァ!!」


※※


半蛇人ラミアです。常に、ほふく前進なため、少しずつ休憩を取りながら移動しております」

「姫さん、これ干からびてない?」

「いけない、脱水症状よ! 砂漠の里で這って移動してたらそうなるわよ!!」


※※


夢魔サキュバスたちです」

「ふわぁ~、気持ちええ~」

「ただただマッサージが上手いだけの女性ではありませんか。ほら、シンジ、寝ないで」

「姫さ~ん、これはいい夢見れそうだぁ」

「……ふふっ」


 フィア、あうとー。


「え!? いや、これは微笑ましく思っての笑いだから! 違いますってばって痛ーい!!」


※※


 シンジとフィアが、ジオの家で、うつぶせに寝ている。


「「ひどい目に遭った」」

『お疲れ様ですぅ』

「隠れてて世界だったぜ。恐ろしい里に来ちまったな、シンジよ」


 無傷のマイトとラルが、散々叩かれた二人の尻に風を送ってやっている。


「シンジ、お金がなんでないのよ」

「寄付したんだよ。もうすっからかん」

「……なんでそんなこと」

「小生からお話しいたしましょう」


 ジオが訥々とつとつと語るには、以下のような顛末であった。


「一〇日前、シンジ殿は、そこのラル殿とマイト殿を連れ、我ら、“魔物もどきの里”に参られました」

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