2話 骨になっちゃえば皆同じですのに

「もし。拙僧せっそう、レッサーオークのジオと申す。一党の仲間を引き取りに参った次第」


 岩のような身体だが、ゆったりとした白い僧衣を纏っている。

 四角張った顔に、割れた顎とスキンヘッドがいかつい印象を与えるが、その瞳には、まごう事なき知性が宿る。


 大体からして、オークというには少し背が低く、細身であった。


 小さなレッサーオーク。またの名を、智慧ちえあるオーク。故に、平均より小柄とはいえ時ならぬ無骨な訪問者にも、兵士たちは慌てる様子なく応対した。


「ラース兵士長。引き取り人が来ましたよ」

「おお、僧侶殿。よくぞいらした。茶でも飲んでいかれますか」

「お構いなされるな獣人兵長殿。すぐお暇いたしますゆえ」


 オーク僧侶ジオの野太い声が呼んだように、兵士長には、長い鼻と牙が覗く。

 無論、耳は頭から生えており、牙もあり、顔全体はもっふもふである。


「して、は何処に?」

「簡易留置場におりますよ」


 ラースがそう言って犬顔を苦笑させる。


「いやぁ、何とも口数の多い勇者殿ですな」

「ふむ」


 ジオが案内された先には、なるほど、口の減らない、黒より黒い黒髪と、漆黒の瞳もつ少年と、全身を覆い顔まで隠す赤いローブを着た者がいた。


「ジオ! さっさとここから出してくれ、マイトが泣いてうるさいんだ」

商人マイト殿は気弱ですな。勇者シンジ殿は図太くいらっしゃる」


 ジオが鷹揚おうように微笑む。


「けっ。やいシンジ、おめぇ、よっぽど牢屋が好きらしいな」


 ついでといった風に捕まった小人妖精ラルが、シンジだけに分かる言語で悪態を吐く。


『ぶえええぇぇぇん』


 そして、もう一人、マイトと呼ばれた赤ローブの商人が、こちらもシンジにしか分からぬ言語で泣き声をあげている。袖余りの手で、勢いよくフードを外し、叫んだ。


『シンジさんシンジさん、ようやく釈放みたいですよ! よがっだぁぁぁ、死刑になるがどお゛も゛い゛ま゛じだ~!!』

「ああそうだなマイト、でもお前は既に死んでいるぞ」


 シンジが冷静に突っ込むが、ラースは驚き慄いてしまう。


「うおっ!? っと失礼、いや、慣れぬものですな」

「ふふふ、獣人殿、犬毛が逆立っておられますぞ」


 ラースが驚き、ジオがその様子を愉快げに眺める。


「ところでさ、マイト」

『なんでずが?』


 大抵の者は、カタカタと愉快に歯を鳴らすに腰を抜かすが、シンジだけは、そのリズミカルな歯音が、濁点多めな女の泣き声として認識できた。


「鼻もないのになんで鼻声なの?」

『わがりまぜん。生命ぜいべいの神秘でず』

「死してなお神秘的な生命か」


 彼女には、鼻も目も耳も、それどころか皮も肉もない。

 ゆったりとしたローブは、スカスカな身体のラインを隠すためのもの。


 マイトは、骸骨不死者ワイトの女商人であった。


「勇紋を持たぬ槍兵の勇者。

 死刑を恐れるスカルアンデッドの商人。

 そして、ジオ殿はレッサーオークの僧侶」


 ラースが、ふんと、犬鼻から呼気を吐き出す。


「何とも尖った一党パーティですな」

「然り。返す言葉もございません」


 ジオはしかし、どこか誇らしげに、その巨躯の胸を張って、そう言ったのだった。


※※


 今回のシンジの罪状は、やや情状酌量の余地があった。


 シルキの町の兵士長、獣人のラースが説明する。


「シンジ殿は、冒険者登録なく、『砂渡り』討伐の依頼を達成してしまったのです」

「彼は勇者ですぞ? 転生者には登録の必要はないはずですが?」

「はい。しかし、勇紋もなく、証明ができなかったもので」


 ラースも、申し訳なさそうに後頭部を掻く。ちなみに、手はヒトの五本指で、毛でとはしているが、肉球はなかった。


「すまんな、ジオ。俺としたことが、異世界をキセル乗車してたみたいで」

「世界針より賜る紋章を、切符呼ばわりでございまするか」


 何とも規格外。と、ジオはそのしゃくれた口を大きく開けて笑う。


「誤認逮捕、大変失礼いたしました」

「いいってことよ。ところでラースさん」

「はい?」

「奥さんやお子さんもやっぱりもっふもふなの?」


 シンジの目線の先には、ラースが付けている指輪がある。


「……さぁ、どうでしょうな」


 ラースが若干気に障った様な声を出したので「ごめんなさい」と謝るシンジ。


「マイト、どうやら獣人の顔をいじるのはNGみたいだな」

『肉もつ種族かたは細かいことを気にしいなのです。骨になっちゃえば皆同じですのに』

「リアル人生ニューゲーマーは言うことが違う」

「おいらからしてみりゃ、まだヒヨッコだがな」

「無駄に年取っただけの小人妖精は黙ってろ」

「なんだと!」

『相変わらず、ラルさまとシンジさんは仲良しさんですねぇ』


 マイトは、自分の身の丈をゆうに超す大荷物しょうひんを両肩に背負う。

 骨の身体にいったいなぜこれほどの膂力りょりょくがあるのだろうか。


「やはりカルシウムは偉大……」

「何言ってやがんだおめぇ」


 シンジはラルを懐にしまうと、没収されていた竜皮の鎧兜を身に着け、盾と槍を背負った。


「では、『砂渡り』は、あの魔族の居城から……」


 獣人兵長とオーク僧侶が、シンジから少し離れた場所で話していた。


「そのようです。我らも助力に伺いたいのですが、任務続きで」


 顔をしかめるジオに、ラースが申し訳なさそうに言う。


「そのお心遣いだけで十分でございますよ。我らにも、あのに対抗しうる、強力な援軍がおりますゆえ」

「それが、あの『砂渡り』討伐を依頼した勇者殿ですか……」


 獣耳の兵長は、地味な兜を被り、竜槍を掲げ「じゃあ、スナザメの報酬を貰いに行くぞー!」と、呑気に騒いでいるシンジを横目に、重い調子で口を開く。


「お言葉ですが、を倒す程度に十日間もかけてしまう人を強力な援軍と呼ぶのは、いかがなものかと……」

「ラース殿、お言葉にしづらい懸念、苦言、拝聴痛み入ります。しかし!」


 ジオは、きっぱりと言った。


「シンジ殿の真の力は、武力にあらず」

「と、いうと?」


 しかし、その答えを聞くことは叶わなかった。


「見つけたわよ! シンジィィィィ!!」

「え? 姫さん―――ってぎゃああああ!!!!」


 打点の高い、美しいドロップキックをまともに喰らい、シンジが吹っ飛んでいく。

 ジオとラース、それにマイトは呆然と見送るばかりであった。


「いてて、あ、姫さんおひさ。一人?」

「相変わらず軽いわね」

「わたくしもおります」


 赤い三角帽子の小人が、金髪の中から這い出してきて言った。リラだ。


「ほかの皆さんは中都で観光……もとい見張りを……じゃなくて、財宝を売ったお金を返しなさい! 今すぐに! このままでは我が国は財政破綻です!!」


 借金取りの女王フィアが、デフォルト寸前の国を救うべく、ようやくシンジに追いついたのだった。


 だが、

「金ならもうないぞ」

「ええ!?」

「アキマ王殿、その事情は、我らの里にてお話しいたします」


 ジオ が おさめる さと に むかおう !

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