第二章 仲間集めは互いのケツを見せ合ってから

1話 我らがアキマ国王の名が地に落ちる

 旅は道連れ世は情け。


 あても、果てもないままに、歩き続ける道なき道。未知の冒険、旅の仲間。

 

 そういったものとシンジが出会う話になる。


 読者の皆様は、もう知っておられるだろう。


 シンジの仲間。マイト、ジオ、サムライエルフと出会う物語である。


「いつになったら新宿に現れた魔王とドンドンパチパチ、ちゃんちゃんばらばらが始まるのか」


 と、堪忍袋の緒と共に、ここいらで作品フォローごと切ってやろうと思う方もおられるやもしれない。


 今しばらく待たれよ。


 時は、シンジがアキマを旅立ってから三〇日後。

 場所は、ホロギウム十字大陸の中央に位置する中都リヒト=ミリクの転移魔法駅。

 そこに、シンジを追いかけてきたフィアたち一行が滞在していた―――


※※


 “中都”と呼ばれるそれは、文字通り、ホロギウム十字大陸の中心にあった。


 行き交う人々はヒト、エルフ、オーク、獣人、妖精、さらに何やら得体の知れぬ者。

 石畳に、土とレンガで作られた家々が立ち並ぶ中、微かに、鉄の匂いが混じる。

 ホロギウムを満たす魔力の風に、蒸気の煙が揺れている。


 点々と立つ工場や高い塔から響く、プシュー! プシュー! という音が歯車を回し、民主共和国家ホロロの首都リヒト=ミリクに満ち満ちた活気を、さらに煽る。


 交易と魔法と、異世界からもたらされた蒸気機関技術がひしめく都市。剣と魔法に次ぐ、新たな文明の萌芽を待つみやこ


 その中心部にある、世界針大聖堂の地下。術師三〇〇名によって描かれた大魔法陣から、さまざまな人が、さらに消えていた。


 転移魔法駅。世界のそこかしこに描かれた同じ魔法陣へと一瞬で送り届けてくれる冷たい地下の大空間で、アキマの宿屋の娘クィナは「人がいっぱいで目が回っちゃいます」と、規範的なほどにお上りさんな感想を漏らす。


「ほんとに一瞬でしたねっ! アキマ城の地下から、びゅんって、一瞬で」

「クィナ様、ずいぶんなはしゃぎようですね」


 アキマの民族刺繍のされた、ゆったりとしたローブ姿のラキィが切れ長の目で微笑むと、宿屋の仕事着でもある質素なエプロンドレス姿のクィナが、気立ての良い丸顔をすくめる。


「あ、すみません、恥ずかしいですよね」

「構いません。私も、中都は久しぶりで、うきうきしています―――それに」


 長身のラキィと小柄なクィナが並ぶと、正反対ながら仲の良い姉妹にも見えた。

が、観光に来たわけではない。


「……来ない」


 彼女たちの目の前には、アキマ君主の苛立った背中が見える。


「クィナさまがどうあっても、我々は目立っています」


 本人としては目立たない平服で、かつてシンジに指摘されたように、目立つ金髪と碧眼を隠しているつもりなのだが、魔法陣から出てきた人々にも、向かう人々にもじろじろと注目を集めていた。


「それはそうですよラキィさん。あの頭巾の被り方は、どう見ても泥棒にしか見えません」

「ならば、クィナさまがご指摘されてきては?」

「私に死ねとおっしゃるの? そのローブの下に大鎌を隠してらっしゃるラキィさんが言ってください」

「大鎌はあくまで護身用ですし、私は処刑人であって武人ではありません。ここ中都で武闘家の免許を皆伝したフィア様には決して敵いませんよ」


 互いに言うべき責任を押し付け合う少女たちに、直属近衛兵のラットが勇敢に言い放つ。


「ならば、俺が行ってきましょう」

「まてラット。貴様、アキマに奥さんと乳飲み子を残してきたではないか」

「止めるなウィン。このままでは、我らがアキマ国王の名が地に落ちる」

「しかし……いや待て、フィア様がゆっくりとした動きで頭巾を取ったぞ」

「よもや、我々の言葉が聞こえていたのか」

「ラットさん、ウィンさん、ラキィさん、姫様の肩が小刻みに震えておられます」

「ああ、あれは泣いていますね。私たちの言葉、完っ全に聞こえております」


 ラキィが冷静に解説していると、涙目のフィアがこちらを振り向いた。


「―――シンジがぜんぜん来ないわ。どうして?」


 完全に面白がっていた同行者たちを丁寧に一発ずつしばいてから、残念王女(現在は女王だが、似合わないので王女と呼ぶ)は言った。


 シンジが―――一応、亡霊たちの許可を得たとはいえ―――王国の財宝を持ち出し質屋で売り捌いたのを知って、フィアはすぐさま、彼をとっちめるべく、捜索隊を編成した。


 フィア本人もそれに加わり、同行者として近衛兵二人とラキィ(お世話係)、クィナ(お食事係)を連れて中都までやってきたのだ。


 何故かというと、道なき東の砂漠を超えるには、最初に立ち寄った村にある転移魔法陣を使うのが手っ取り早いからだ。


 駅を使うには路銀がいるが、幸い、シンジには財宝を売った金がある。


「当然、中都ここに飛んで来る筈なのに……」


 深く考え込んだ様子のフィアに、クィナがやや唖然とした様子で言う。


「え? 姫様、本当にお分かりにならないのですか? だって―――」


 指摘しようとするクィナを、幼馴染で寄宿学校の同門でもあるラキィが止める。


「クィナさまはまだ、フィア様の残念ぶりをまだ把握し切れておられぬご様子。


 シンジ様が、とっくに砂漠の村など超えていることなど容易に推察できますが、この方は寄宿学校時代、待ち合わせ場所を間違えたまま、夜が明けるまでじっと待ち続けた前科持ちでございます。一度「こう」と決めたらほかの可能性を考えられないのです。三〇日間、漫然とここに留まっているなど造作もありません。


 そんなことだから、殺人事件のあったおりも、頓珍漢な推理で現場を混乱させまくった挙句、「いや、よく考えたら一番疑わしいのは自分じゃないか。なら自ら牢屋に入るべきだ」などとおっしゃって、ウィン様たちを混乱の坩堝るつぼに陥れることとなったのです。


 シンジ様が来なければ、間違いなく事件は迷宮入りだったでしょう」


 思わぬ場所から、ラキィが事件の捜査に協力した理由が明らかとなったが、その直後、フィアのエルボーがこめかみにクリーンヒットし、元アキマの処刑人は失神KOと相成った。


※※


 はてさてしかしだとしたら、シンジはどこにいるのだろう。


 時の針を、少しだけ進めよう。


 場所は、帝国ラギオ領の砂漠地帯を超え、シルキ火山の麓の町。


 東部有数の観光地でもある温泉街にて、とある一人の大柄な男が、ラギオ兵士たちの詰所を訪ねた。

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