17話 さぁ、旅を始めよう

「……よし」


 シンジは城の方に飛んで行ったジョンを見送り、満足気に鼻を鳴らすと、ぽかんとしているフィアたち及び魔物サリーに言った。


「じゃ、いってきます」

「「「「「どこに!?」」」」」


 シンジはどうやら、ジョンを倒したその足で旅立つつもりらしい。兜を脱ぎ、小脇に抱える。その表情は平静と変わらない。


 なんとも、不思議な男である。


「シンジよ、おめぇ、口は良く回る割に、肝心なことはなにも話しやしねぇな。―――お、リラ! 生き返りやがったか!」


 ラルが呆れた様子でシンジの懐から出たと同時に、赤い三角帽子を被った女小人妖精が駆けてきた。


「ありがとうございます、シンジさま。どうお礼をすればよいのか」

「構やしねぇよ。おいらたちの魔力、ぜーんぶくれてやったんだからなっ」

「でも、あのパンチ一発でぜんぶ使い切ってしまわれたでしょう」

「そいつは、あいつの使い方がなってねぇだけだ。おいらたちにやれるもんなんて、もうねぇよ」

「あら、もう一つあるじゃあない」

「へ?」


 きゃいきゃいとかしましい妖精たちの言葉は、相変わらずフィアには分からない。分からないことだらけなので、まずもって気になっていることを訊く。


「シンジ、さっきの膨大な魔力攻撃はなんだったの?」

「一億パンチですけど?」

「いや、「それがなにか?」みたいな顔されても困る―――いいえ、もう、どうでもいいわね」


 フィアは、吹っ切れた表情で空を見上げる。


 辺境の空は、今日も快晴であった。目を閉じ、思い切り息を吸い込む。まるで、何年もそうできなかったかのように、心地よく深呼吸した後、言う。


「シンジ」

「ん?」

「いい国でしょ」

「いい国だな」


 それで、十分だった。


 と、シンジの具足がコンコンと鳴った。見ると、赤い三角帽子のリラが、可愛らしく足元で鎧の脚部にノックをしていた。


「シンジさま、旅のお供として、ラルを連れて行ってください」

「リラ!? 何言ってやがるんだ!」


 リラが寝耳に水なことを言い出し、ラルが慌てる。

 しかし、姉は弟に構わず、話を進める。


「長く生きておりますゆえ、ホロギウムの案内役くらいなら務まります。どうぞ、良いように使ってやってくださいませ」

「じゃ、遠慮なく」


 シンジがむんずとラルの身体を掴み上げ、定位置と化した懐にしまう。


「おいてめぇら! ヒトの言い分も聞かねぇで勝手に話を進めてるんじゃあねぇ!」

「どうしたのですか? わたしの言うことが聞けないとでもおっしゃるの?」

「……よし、シンジ。案内は任せろ」


 リラとラル。二千歳の差は、妖精でも広いようである。


「シンジ様、もう、行かれてしまうのですか?」


 ラキィが、寂しそうな目を向ける。後ろにはカウゴとドンダ。


 それに、半ば押しかけ師匠といったベンがむっつりとした表情で、「精進するのだぞ、世界に二人目の竜槍歩兵よ」と惜別の言葉を掛けた。


『じゃ、僕はいくよ。また遊ぼうね、シンジ』

「じゃあな、サリー。

 皆さんも、えーっと、なんか、キャラに合わない量の涙流しちゃってるラキィさんも、竜語の勉強、頑張ってね」

「……はい」


 案外、感激屋だったようだ。


「勇者の旅立ちにしては、寂しい見送りね」


 最後に、姫がシンジの眼前に立つ。


「それも、すべてが予想外で規格外なあなたらしいのかしら。勇者シンジ、あなたのおかげで、アキマは救われました。ありが―――」

「俺は勇者じゃない」

「感謝の言葉を遮ってまで否定したいのね」


 フィアは少々潤んだ目元に笑みを作ると、ふん、と荒く鼻息を吹かせ、言った。


「どこへでも行きなさい。

「いい国作れよ、残念姫さん」


 怒ったフィアが、旅立つ恩人にチョークスリーパーをかけているところに、一体の竜が降り立った。


『シンジよ、よい見世物みせものであったぞ。

 褒美として我が背に乗せてやろうというのに、何を愉快に冥府に旅立とうとしておる』

地球あっちでもホロギウムこっちでも女子に首絞められるな、俺は」


 ややふらつく足取りで、山竜さんりゅうの背に乗る。


「じゃ、ちょっと宿で荷物を回収してから、お山の先まで頼んます、ヤマさん」

『易いことなのである』


 翼を大きく広げ、飛び立つ山竜。


 まずはびゅんと一飛びで、城下町へ。


 またぞろ竜が現れてパニック。いや、むしろ歓声が上がっている。


 シンジが、また新しい修行まつりを始めたとでも思ったのだろうか。


「おかえりなさい、シンジさん」


 宿屋に一旦降りると、クィナが慌てた様子で出迎えた。


「あの、さっき人がえらい勢いで飛んできましたけど……」

「悪いクィナさん、俺、旅に出るから」

「ええ!? そんな急に―――そうだ、せめてニプのお弁当でも持っていってくださいな」

「ありがとう」


 シンジは手早く荷物をまとめる。ベースも、ノートPCも、魔法瓶も持っていく。ハリボテ鎧だけは捨てた。


「宿代は姫さん持ちで、まったねー!」

「あ、待って! シンジさーん!!」


 シンジは、クィナや、その両親に軽く別れを告げ、空高く上昇していった。


「これはなかなかのタマヒュンっぷり」

『シンジよ、下界をよく見るのである』

「なん?」

『盛大な見送りであるぞ』


 そっと遥か地上を見ると、アキマの人々が、シンジに手を振っている。


 太鼓は三三七拍子。

「シーンジ! シーンジ!」の大合唱。

 応援歌は、すっかりアンセムと化している。

 商店街では、そろそろタイムセールが始まるはずだ。


「やいシンジ、おめぇ、あの町でずっと暮らしてても良かったんじゃあねぇのか?」


 懐からラルが言う。


「いやだね」


 だが、町を見下ろすシンジの瞳には、若干の寂寥せきりょうもうかがえない。


「のんびりまったりスローライフより、このすげー異世界を、旅したい」


 言いながら、目線を前に戻す。


 もう、振り返らなかった。


『山を越えた先は砂漠だ。近くの村にでも下ろすか?』

「いや、砂漠で下ろしてよ。初乗りゼロ円で山越えできたら十分だ。旅は、足だろ」

『怠惰な人間にしては良い答えなのである』


 やがて山を越え、広大な砂漠が姿を現した。


「わぁ……やっぱり、異世界すげえ」


 これからとめぐる世界へ、シンジは、挨拶代わりに告げた。




「さぁ、旅を始めよう」

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