18話 国民性でしょうなぁ


「まさか、あんなクソみてぇな名前のパンチでやられるとは」


 二億二千年分の魔力を込めた拳を受けて、無事で済むはずもない。


『しかし、生首一つになっても辛うじて生きている辺り、やはり腐っても勇者だね、ミリク二世』


 語りかけるは、ジョンに身体を奪われていたシル四世の霊。彼の言った通り、胴体を完全に破壊され、生首だけになったジョンが恨めし気に言う。


「お前の戻る身体がなくなったんだぞ」

『構わないさ。アキマの―――いや、ホロギウムの平和が守られたのだから』


 もはやジョンに、勇者としての力も、死霊魔術師ネクロマンサーとしての力もない。無力さでいえば、小人妖精以下である。


 そんな男に、アキマの王はこう宣告した。


『これからは、その下衆な命ある限り、頭脳労働で奉仕して頂こうか、ミリク二世』

「……一つ、条件がある」

『なにかね?』

「ミリク二世なんて反吐が出るMother Fucker名で呼ぶのをやめな」

『ふふん、ならば、一億パンチ(笑)にやられた勇者様とお呼びした方が良いかな?』

「やめろおおおおおおお!!!!」


 恥辱に叫ぶ生首。


 その後、どこから漏れたのか、ジョンの汚名は国中の民に伝わることとなるのだが、それはまだ先の話。


※※


 シンジが旅立って、五日後の朝。


「ん……」


 現在の国家元首フィアが気だるげに起き出す。


「はぁ、疲れが取れないわね」


 生首となったジョンの処遇、シル・アキマ四世の葬儀、戴冠たいかんの儀などを急ピッチで終えたことで、美しい碧眼にも少し疲労が滲んでいる。


 しかし、それ以上に問題があった。


「お言葉ですが、姫」

「地下牢で寝泊まりされていては取れる疲れも取れないかと」


 ラットとウィンが順番に進言する。


「やはり、少し残念なお姫様ですね」


 フィアの金髪の中からもぞもぞと出てきた小人妖精のリラも、彼女には分からぬ言語で呆れている。


「仕方ないではありませんか。私の寝室に、大穴が空いてしまったのですから」


 シンジが、ふざけたネーミングの技でジョンを殴り飛ばした先には、アキマ城のフィアの寝室があった。


 城壁を軽々と崩壊させた一撃のせいで、フィアは寝床を失ってしまったのだ。


 まぁ、だからといって、地下牢で寝るこたぁないのだが。


「シンジ、私に怒られるのが嫌で、あんなに早く旅だったのではないかしら」

「それはどうでしょう?」と、ラット。

「意外と何でも分かっているようで、そうでもない奴でしたからな」と、ウィン。

「……そうね」


 シンジ・アサキ。

 勇者の紋章を持たぬ転生者。

 風に流れる、雲のような少年。


 口が回るばかりだと思っていたら、それなりに頭も回った。


 勢いで動いているように見えて、先の先を読み、計算高く立ち回った。


 馬鹿ではあるが、愚かではなく、それでいて、突拍子もない出鱈目でたらめをしでかした。


 基本的に怠惰だが、目的の為ならコツコツと修行し、努力することは厭わなかった。


 これも意外だったが、人望が厚く、人情にあつい。

 たった五十日程度の滞在で、三万の国民で、彼の名を知らぬ者はいない。


 天然なのだろうが、人心の掌握に長けたところがある。

 気が付けば、人も、霊も、魔物でさえも、彼の味方をしていた。


「でも、一番の驚きは年下だったってことね」

「十五歳……まぁ、あんなものではないでしょうか」と、ウィン。

「私の息子と同じくらいと思えば、やや達観している気もします」と、ラット。


 フィアにとっては、もう一度会いたいようで、もう二度と会いたくないような。

少なくとも、敵にも、味方にもしたくなかった。


「まぁ、弁償は勘弁しておいて差し上げましょう」

「「はい、姫様」」


 フィアは微笑み、支度を始めた。


「さぁ、今日もこの国をよりよい国にするため、頑張りましょう」

「「はっ」」


 そんな新女王の決意は、ほんの数刻後に粉砕されるのであった。


※※


 アキマは貧乏な王国ではないが、辺境でもある。財政予算もそれなりだ。


「城の修繕にはまだ時間がかかりそうですね」

「申し訳ありません。なにかと物入りな時期でもありますからな」


 カウゴと共に城の廊下を歩きながら話していると、外から歓声が聞こえてきた。


「随分とにぎやかね」

「そういえば、今日は祭りの日でございました」

「お祭り? あったかしら?」

「シンジ殿が、故郷の祭りを教えたそうです。ご覧になられますか」

「へぇ、そうね。少し気分転換をしましょうか」


 たった五日前にいた少年の名が、早くも懐かしく響いていることに思わず笑みをこぼしながら、フィアは言って、王城の外に出ていった。


 ―――また帰ってくるのかしら。そのときは改めて、歓待せねばなりませんね。


「カウゴ様、あれは何かしら」


 などと考えた自分を張り倒したくなる事態が、城下町で起こっていた。


「街中を歌い、踊りながら練り歩く類の祭りだそうです」

「そう。なら訊くけれど、あの人が乗っている台はなにかしら?」

「ミコシというそうです。皆で担いで、わっしょい、わっしょいと運ぶそうです」

「そう。もう一つ訊くけれど―――なんでみんな、裸なのかしら」


 全裸。


 ジャパニーズフンドシすら着けていない、ストロングスタイルなヌーディストカーニバルが、フィアの目の前で開催されていた。


「はだか祭りです。シンジの地元に伝わる奇祭だそうで」

「なんでわざわざそれを教えたの!? そして何故みんな、疑いもせずにやっているの!?」

「国民性でしょうなぁ。享楽的な連中が多いですから」

「なんてこと……」


 誰もが、彼の髪色と同じ黒い鉢巻を巻いている。

 どうやら内容は、勇者シンジを讃える内容らしい。

 太鼓が三三七拍子。シーンジ! シーンジ! の大合唱。

 毎朝の修行で使われていたチャントがここでも歌われている。

 商店街は大繁盛。出店もたくさん並んでいる(無論、店員も全裸だ)。

 すっかり出来上がった行商人が「完売御礼」の札を掲げ神輿みこしで踊っていた。


「今すぐ止めさせなさい!!」


 老いも若きも神輿を担ぎ、全裸で通りを練り歩く。たまらずフィアは金切り声。


「このままではアキマは辺境国ではなく変態国です!」

「おお、今の言い回し、どことなくシンジ殿っぽいですな。影響されましたか」

「そしてなんでカウゴ様はそんなに余裕綽々しゃくしゃくなのですか! 貴方のほうこそシンジに毒されておりますでしょうに!!」

「フィア様」

「なんですか」

「いい国ではないですか」

「ああああ! その台詞を聞いて少しときめいた自分を張り倒したいッ!!」


 シンジの感染力。侮り難しであった。

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