15話 痔になったよ
陵墓のある、城からほど近い小高い丘。
赤い鱗の大型サラマンダーが五人の人間を背に、ドスドスと走っていた。
この辺りを縄張りにする“火吹きトカゲ”の親玉。
シンジの、修行相手・サリー。
突然現れ、「乗れ」と言われた。乗り心地は控えめに言って最悪だったが、この経国の非常時に文句は言えない。
シンジの竜語受講者のラキィがいなければ、パニックに陥っていただろう。
「まさか、ラキィ様に竜語を教えたのも“仕込み”?」フィアが訊く。
「さぁ、しかし彼はどこか、計り知れない部分があります」ラキィは答える。
「果たして、何手先を読んでいるのやら」
苦笑して呟くカウゴ。
彼もまた、仕込みの一環で、逮捕状の偽造に加担していた。
「罰は、甘んじて受けますぞ。のう、ラキィ殿」
「はい。死刑であれば優しく処して差し上げます」
あっけらかんと笑い合う
「すっかりシンジに
「それだけではありませんよ、フィア様」
ドンダだった。王の墓守。王家の純血主義者。
「彼は何故、見ず知らずの異世界、それも辺境の事件に、これほどのことをしてくれたのだと思いますか」
「え?」
首を傾げる姫君に、小太りな男は、柔和な笑みで言った。
「ご自分の本当の気持ちを押し殺してでも、アキマを救おうとするあなたの依頼だから。そう言っておられた」
「偽の逮捕状を先に見せたのも、彼の配慮です」
ドンダに続きカウゴにも言われ、フィアは思わず噴き出した。
「ぜんぶお見通しってわけね」
シンジは、フィアが抱く兄への恋慕に気付いていた。
「もしや、ドンダ様も?」
「はい。私は、シンジ殿曰く、『フィア様ガチ勢』だそうですから」
「変な言葉を覚えなくてもよろしい」
どうやら、ドンダはフィアの気持ちを
「いずれにせよ、シンジ殿を動かしたのは、
「あなたが自ら牢に入らなければ、今の状況はなかった」と、カウゴ。
「絆されたというのなら、なによりもまず、あなたに、です」と、ラキィ。
「……そう、ですか」
力強い“ガチ勢”たちの言葉に、フィアは声を震わせた。
「いやしかし、陵墓にいたのは誤算でしたな」
「……はい?」
思わず目頭を押さえるフィアに、カウゴの声が浴びせられる。
「まさかフィア様が勘だけで居所を突き止めるとは、危うく―――はっ!?」
「危うく、何でしょうか、ラキィ様?」
ラキィは、フィアの地獄のような笑顔に気付き、さっと口をつぐむ。
「私の独断専行で作戦が潰れかけたと?
こんなときばかり勘の良い私が残念であるということでしょうか、御三方」
震え上がる三人を差し置き、ベンは一人、弟子の身を案じていた。
「シンジよ。もう“鼓動”は使えんのだぞ。あの“勇紋持ち”相手に、なんとする……」
※※
一方、陵墓では、シンジが呼び出した大量のサラマンダーが、じりじりとジョンを取り囲んでいた。
「昨日の敵は今日の友だ」
シンジを食おうとしていた個体もいるが、現在は縄張りを荒らされたこともあり、共同戦線。
空中に浮かぶ侵略者に向け、一斉に炎を吐き出した。
「ちっ!
「そうはさせんっ。ご先祖カモンっ」
『かーえーれ! かーえーれ! 冥府にかーえーれ!』
地面に降り立ち魔法を使いかけたジョンの耳元で、がなり立てる亡霊たち。
「カッコ良さげな名前の技はもう使わせんぞ」
シンジは槍を突き付け、宣言する。
「おめぇの技名、ダセェからな……っておい! おいらの三角帽子を返しやがれ!」
シンジはラルへの嫌がらせをし終えると、槍を背に収め、落ちていた剣を片手に、敵の眼前に走り込んでいく。
「てぇぇい!」
「
ジョンも剣を抜き放ち、シンジの太刀を受ける。
槍の方がリーチはある。
しかし、中遠距離では魔法がある。
手札の少ないシンジが取れる、最善の手ではあった。
しかし、
「くっ!?」
「ははは!
剣を繰り出す暇がないほど、勇者ジョンの太刀筋は速く、防戦一方となる。
『シンジを援護せよ!』
『魔物たちも頑張ってくれ!』
『やらせはせん! やらせはせんぞ!』
その度、亡霊による“ささやき”と、サラマンダーの炎が彼を援護する。
次々と来る
「これが本物の、勇紋を持った勇者の力だ」
ガン、ガン、と打ち付けられる攻撃の衝撃に、意識を持っていかれそうになる。
「それを持たないお前じゃあ、俺には決して勝てねぇのさ!」
だが。
「いや……」
シンジは兜の奥で笑みを作った。
「あるさ」
「ははっ!」
『勇紋なら、尻にあります』
謁見の間で、シンジが放った言葉をジョンが思い出し、せせら笑う。
「あれは笑いをこらえるのに必死だったなぁ! ―――っと!」
シンジが、手首のスナップで剣を投げつけてきた。
ジョンはそれを難なく避ける。
が、ほんの一瞬、隙ができた。
「この俺の尻に、今もまだ残ってる」
背にした槍を、手に取った。
「怒ってた」
「泣いてた」
「笑ってた」
「ひたすら
―――ドックン!
「
大きく、強い“鼓動”。
「―――
―――バキッ。
「痔になったよ。あのフィジカルプリンセスめ」
肋骨の折れる音がした。
「関係……あるかッ!!」
竜槍の強烈な突きが、ジョンを撃つ。
「―――ッ!」
外した。
否、かすった。
「テメェ、もう限界じゃ……!?」
わき腹を抉られたジョンにも、骨折の音は聞こえた。
「大太鼓……ッ!」
戦慄による、さらなる隙。
―――ドックン!!
兜の下、シンジは表情を苦悶に歪ませながら、再度、構える。
―――ボキッ。
鈍い、骨折の音。
「
持つ者と持たざる者。
本来であれば、当たるはずのない攻撃だった。
だが、亡霊と魔物にも対処を迫られ、散漫した注意力。
「そんなことをするはずがない」という予断。
シンジは、否定するであろうが。
このとき、間違いなく、本物の勇者は、彼の方であった。
「おおおおお!!」
―――ズガンッ!
文字通り心臓が張り裂ける痛みと共に、シンジの竜槍が、ジョンの急所を穿つ。
心臓に穴を空けられたジョンは、
「……はははっ」
笑った。
「まさか、これを使わされるとは……」
周りの助力と、相手の油断、そして、文字通り決死の覚悟。
三拍子が揃ったとしても、届かないはずの攻撃が届いたのは、ひとえに、ジョンが敢えてそれを受けたからであった。
「死ね、転生者シンジ」
シンジは、攻撃の瞬間、気付いていた。
「……届かなかったか」
気付いたからといって、自身の死が、免れないことにも。
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