14話 さぁ、覚悟しろネクロマン

 ここでまた一つ解説を。


瑜伽ゆが』だの『大太鼓オオダイコ』などといった“鼓動術”の名称は、シンジが勝手に考えているので、真面目な読者諸氏におかれてはあまり深く考えぬようお願い申し上げる。


 さて、そのシンジ。胸を押さえ、膝をついている。


 肋骨あばらぼねが軋むようだ。もう一度『大太鼓』を使えば、確実に折れるだろう。


「ふん、未熟者め。下がっておれ」

「いいやベンじい、まだ奥の手が残ってる」


 立ち上がったシンジは、何もない空間に向かって言い放った。


「先祖のみなさん。よろしくお願いします」


 フィアは、とても嫌な予感がした。


 このシンジは、眼前の敵より、何をやらかすか分からない。


※※


 ―――俺のものだ、俺の。


 忌々しい初代ミリクがくたばり、リヒトがどこかへ姿を消した数年後、彼らの立ち上げた勇者組合ギルドから、ミリク二世の名(もっとも栄誉ある名を継げたらしい。クソくらえだ)と、辺境の王国アキマで、王に仕えよとのめいたまわった。


 なぜ、わざわざ東の果ての王国に自分をったのか。リヒトらの仲間であったベンの生まれ故郷だからだろう。そして、魔王討伐時代、何かと張り合っていた奴への嫌がらせだ。そうに決まっている。ミリク二世ことジョナサンジョンは、そう思い込んだ。


 歪み切った黒い情念は、ジョンを、自らが王になるという野望に駆り立てた。


 すべてを奪ってやる。あの忌々しい勇者どもが手にしたものを、すべて。


 “勇紋”がもたらす多大な魔力が、死霊魔術の秘儀を可能にした。それでも、そこに至るまで、六〇年かかった。執念だった。


 この国を獲るのは序の口だ。


 ここから始め、やがてはホロギウム全土に勇者ジョンの勢力を広げる。


 手にするはずだった栄光を、手中に収めてやる。


 今さら、潰されてたまるか。あんなヘボ勇者モドキに。


「ここにいる奴らは、皆殺しだ」


 その思考は既に、勇者というよりは魔王のものであることに、彼は気付いてさえいない。


 ジョンは、勇猛果敢に向かってくるアキマの騎士たちに狙いを定める。死霊魔術。生きながら、魂を抜き取る秘術。これに対抗できる人間は存在しない。


 しかし、それは、集中を削がれれば話は別である。


『やぁ、ミリク二世。此度は世話になったね』


 聞いたことのある声だった。今、ジョンが使っている身体の声。魂の声。


「シル……! なぜ」


 気を逸らされ、魔術が途切れる。騎士たちの剣戟が襲って来るのを、魔法障壁によって防ぐ。


 しかし、声は止まない。


『ミリク二世、貴殿の奸計かんけいに気付けなかったこと、まさに一生の不覚であった』


 次なる声は、若くしてこの世を去った先王ギル三世のもの。


「何故だ。お前たちは俺が操っていたはず」

『一人の少年が、粘り強く我らと話してくれたおかげで、正気を取り戻したのさ』

『さらに、各遺跡に眠っていた偉大なる魂たちの助けも借りた』


 二人のアキマ王から順に言われ、ジョンは憎しみに満ちた目を、竜皮の鎧兜へ向けた。視線に気付いたか、シンジは言った。


「ささやき戦術第二弾だ」

「ふざけるな……、クソがッ!!」

「む! 退け!!」


 強すぎる魔力の奔流ほんりゅうを感じ、指示を出すベンだったが、一手遅かった。


大地鳴動アースクエイク


 地が割れ、陵墓が崩壊した。


※※


 修行中のこと。


「お前にゃあ、魔法は無理じゃ」

「毎朝、火吹きトカゲとリアル鬼ごっこしてても?」

「魔法は、ホロギウムの空気中に漂う魔力のかすみを吸うことで行えるもんじゃが、お前の“魔力肺活量”では、千年呼吸してようやく薪に火を起こせる程度じゃろうて」

「賞味十回以上生まれ変わってチャッカマン一本分かぁ」


 というわけで、シンジは魔法を諦めたのだったが、勇紋をもったジョンの“肺活量”はやはり、相当なものであったらしい。


 陵墓は崩壊し、地割れによって、周囲の地形が変わってしまっている。


 当然、一斉にジョンに向かっていた騎士たちは全滅。生きてはいても、これ以上の戦闘は不可能だ。


「一兵団で私を逮捕? 一個師団を連れてくるべきでしたな、英雄ベン殿」


 何らかの魔法でフワフワと浮いているジョンが、勝ち誇った笑みを浮かべる。


「おい」


 その耳に、鋭い声が届く。


「人を何人も殺しておいて、ずいぶん楽しそうに笑うんだな」


 右手に竜の槍、左手には大きな盾。竜皮の鎧に地味な兜。


「ああ。お前もやってみると良い」


 シンジは、ジョンからの醜悪な言葉に何も返さない。


「みんな、一旦城に戻ってくれ」


 無事だったフィア、ベン、ラキィ、カウゴ、ドンダたちに言った。


「一人で戦うつもり?」


 フィアが訊くと、シンジは首を横に振った。


 破壊された陵墓のあちこちから、薄い、霧のようなものが湧きだした。大地からも。空からも。


 やがて、霧―――霊魂は、人の形を取った。


 代々、死してなお、この国を見守り続けてきた者たち姿だった。それら全員が、シンジの傍にはべる。


「……ほんとに、何が出てくるか分からないわね」


 シンジに、魔法、ましてや死霊魔術など使えない。


 彼らは操られたのではなく、ただ、シンジの言葉によって集まってきたのだ。


「あなたの、信じるわね」


 フィアは、ほぼ口先だけで状況を動かしたシンジの不思議な力を信じることにした。


「へへっ。おいらも付いててやるからよ」


 鎧の隙間からひょっこりラルが顔を出す。その言葉はフィアに解せなかったが、魂で、理解できた。


「小人さま、よろしくお願いいたします」

「行かせるかッ!!」


 ジョンが再び魔力を“呼吸”し始めた。


「そうはさせるか。ご先祖さん方、よろしくお願いします」

『かーえーせ! かーえーせ! シルの身体かーえーせ!』

「ううううるせぇ!! お前ら全員、操って……!」


 死霊魔術を行使しようとするが、シンジの教え込んだアホらしいブーイングコールで気が散ってできない。


 その隙に、フィアたちが逃げ去っていく。


「奥の手その一。バイノーラル亡霊だ」

「こんのクソ野郎! こんな手を使って、恥ずかしくねぇのか!」

「重力を無視してる奴に言われたくない」


 シンジは言うと、“新手”を呼び出す。


「奥の手その二! 出てらっしゃい! サリーの子分たち!」

「な……!」

「こいつらの縄張りを荒らしたのは失敗だったな」

「サラマンダーまで、味方につけやがったのか!」


 陵墓から再び湧き出した、“火吹きトカゲ”の群れに、ジョンは、初めて冷や汗を一筋垂らした。


「さぁ、覚悟しろネクロマン」

「誰がネクロマンだッ!」


 怒るジョンに構わず、シンジは、竜槍を構えた。

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