13話 良い国だな

 不足なところがあったやもしれぬので、また一つ、説明させていただこう。


 シンジを始め、転生者は、ホロギウムの民と何不自由なく話す能力を付与されている。


 シンジは常と変わらず日本語を話し、フィアやベンの言葉も日本語に聞こえる。しかし、実際は、その言葉は相手に合わせた語に翻訳されている。


 では、


 王との初対面で、シンジはこう言った。


『おい、あんちゃん、人と話すときは仮面取れ。

『だってさ、


 シンジは、彼の言葉が分からなかった。



 シル・アキマ四世が、は、会話が成立した。


 言葉の違和感。

 さらに、リラの受けた『生者転生』の術。

 そして、宝物庫での死霊との“対話”を経て、確信へと変わった。


 死霊の一人は、こう名乗ったのだ。


『私は、シル・アキマ四世だ』と。


※※


 自らの魂を王の身体に転生させ成りすました、


 六〇年前の勇者ミリク二世―――本名ジョナサン・スミスは、目の前にずらりと並んだ兵士たちを前にし、自らの間抜けさを呪った。


 王国の英雄ベン・アッガー率いる騎士団が数十名。法務大臣のカウゴに、処刑人ラキィ、墓守のドンダまでいる。


 そして―――シンジ・アサキ。


 世界針から勇紋も授けられなかった、雑魚で馬鹿な転生者だと、たかを括っていた。


 英語と日本語が話せるバイリンガルであったことが幸いし、上手く誤魔化せたと思っていた。


 しかし、予想外の手を次々と打たれ、気が付けば四〇日もの間、殺人はおろか、完全に動きを封じられた。


 ベンの修行によって身に着けたらしい術で、自分が踏みつけにしていたフィアを助け出した。装飾のない地味な兜と、竜皮の鎧を身に着けた少年こどもに、盤面を完全に支配されていた。


「ふ、ふふ、やっぱりお前だったか、シンジ・アサキ」


 自嘲の笑みを零しながら、ミリク二世は鎧兜に向かって言う。


「よもや、化かし合いでこの俺が遅れを取るとはな」


 そう、シンジを侮っていたのではない。のだ。


「貴様、よくも、よくも」


 怒りに打ち震えるミリク二世に、騎士団兵たちが迎撃の構えを取る。


「よくも、毎晩毎晩、俺の枕元に亡霊どもを差し向けて寝不足にしてくれたなァ!!!!」

「ほんっとに何やってたのあなた!?」


 フィアが麻痺の解けた口で、シンジに猛然と突っ込んだ。ついでに騎士たちも臨戦態勢を解いた。


 シンジは、ずいと皆の前に躍り出て、得意げに言う。


「アキマの遺跡や墓で王族たちの霊に、毎晩耳元で奴の犯行を糾弾し続けてくれと頼んで回った。

 ミリク二世よ、案の定、ノイローゼになったようだな。ざまぁみろ」

「陰険にもほどがあるわよ! ってこのこと!?」

「そうだ。それに、死霊の声が聞こえているのが、奴が転生者である何よりの証拠。これこそ、我が国の偉大なアスリートが遺した、『ささやき戦術』だ」

「「「「「…………」」」」」


 ドヤ顔で言い放つシンジは、周囲の人間の微妙な表情に気付かない。


「なるほど、王の顔がやつれていたのは、そのためだったのね」


 すっかり弛緩してしまった空気を変えるため、フィアは気を取り直すように真剣な声を出す。


「あなたは本当に、ミリク二世様、なのですね」

「その名で俺を呼ぶなァ!!」


 瞬間、男が逆上する。


「何がミリク二世だ。ミリクとリヒトのクソ勇者どもが抜け駆けしやがったせいで、俺は英雄になり損ねた! 魔王を倒し、伝説になるのは俺の方だったのにッ!!」


 美麗なアキマ王の顔が、憤怒に醜く歪む。


「魔王を倒したら、リヒトはどこかに消え、ミリクは死んだ。そうしたらどうだ? 俺にミリクの名を継げとお達しが来やがった。

 俺が座るはずだった椅子を奪っていった奴の名を名乗り、ホロギウムの平和に貢献しろとさ。どこまで俺を侮辱すれば気が済む!!」


 吐き出される言葉は、どこまでも自己中心的で、フィアは、激昂する男の言葉を聞けば聞くほど、気持ちが醒めていった。


「なぁ、姫さん。俺、アメリカ語はよく分からんのだけど、あの人は何を言ってるんだ?」


 ずっと英語で喚き散らしていた男の言葉を、フィアは、こう要約した。


「伝説の勇者様がずっと妬ましかったんですって」

「六〇年モノのジェラシーか。米寿を超えても、人は成長できないんだな」


 シンジがしみじみと言う。


 その耳に、ミリク二世の怒声が届く。


 兜の下で、微笑を作った。


「……アメリカ語はさっぱりだけど」


 シンジは竜槍を、同郷ちきゅう生まれの転生勇者に突きつけた。


Fuck’n japファッキンジャップくらい、世界のキタノでも分かるよコノヤロー」


 それが、開戦の合図だった。


※※


「ミリク二世。あなたを逮捕する」

「突撃!」


 カウゴが言った直後、ベンの檄が飛び、騎士たちが一斉にミリク二世に襲い掛かる。


「ふん、莫迦ばかが」


 英語の四文字言葉Fワードで呟いたミリク二世は、転生後も宿る“勇紋”の力を解放する。


「皆殺しだ」


 瞬間、騎士たちが木の葉のように吹き飛ぶ。勇者の力。溢れるばかりの魔力が呼び起こした爆発。


「腐っても勇者か。化け物め」


 たった一撃で兵力の半分をやられた事実に、カウゴが恐れおののく。

 が、ベンはひるまず、自ら槍を手に取り、騎士たちを鼓舞する。


「恐れるなッ! 勇者といえども、彼奴きゃつは人間! 攻め続ければ消耗する! 休まずかかれ! 命を弄ぶ外道めから、アキマを守れぃ!!」

「「「「「応ッ!!」」」」」


 打てば響く騎士たちに、再び勇気の火が灯る。陵墓は、鉄火場と化した。

 そんな中、フィアは一人、未だ湧き続ける後悔に、歯を食いしばっていた。

 魔法による麻痺は解けたが、戦力にはなれそうもない。


 悔しい。


「姫さん?」


 自分の国アキマが、外道の手に堕ちていた。


「姫さん」


 それに気付けなかった自分が、憎らしい。



 頭に、篭手を置かれた。金髪を軽く撫でられる。


「……なによ」


 わざと、ぶっきらぼうな声を出す。頭を撫でていたシンジの指が、無言で前方を指し示す。


 その先には、醜悪な嫉妬と野望に駆られた侵略者と戦う兵士たち。

 背後には、今日も穏やかで平和な生活を送る、少し楽天的な、守るべき国民ひとたち。


「良い国だな」


 シンジの軽やかな言葉。

 全身に、暖かなものが流れた。

 なにかが、喉にせり上がってきた。


「……ッ…………」


 それを、必死に抑え込んで、


「……そうでしょ?」


 と言った。


 そして、表情の分からぬ兜に向かって、聞こえるかどうかの声量で続ける。


「ありがとう、シンジ」


 また男に泣かされた。

 悔しい。

 嬉しい。


「……あ」


 直後、シンジが倒れた。

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