12話 そこから、足をどけろ

 フィアが、衝撃的な“逮捕状”に呆然としていた頃、シンジは町はずれにいた。


「こ、こうですか」


 ラキィがぼそぼそと低音でシンジの“竜語”を真似る。


「聞こえるー? ヤマさーん」

『うむ。今のは、「私、人間、食う」といったところか』

「おっとラキィさん、はからずもカニバっちゃってるから、もう一回ね!」

「は、はい! よろしくご指導、お願いいたします」


 今は職務を離れ、質素な平服姿の死刑執行人は、緊張した面持ちで返事をする。


 こうなった顛末を簡単に説明する。


 シンジの発案で、山の竜たちとコミュニケーションを取る新たな職業を作ろうということになり、語学講習を行っている。


 ノリの良いアキマ国民たちが公募に殺到したが、今一つ真剣みがないということで、真面目なラキィに白羽の矢が立った。


「ラキィさんは、これから“お話し屋さん”だから」

「お話し……屋さん……?」

「ヤマさんや、ほかの竜と共存するお仕事」

「ふふっ」


 ラキィが、年頃の少女らしい、屈託のない笑顔を浮かべる。


 大鎌を振るい死刑を執行する処刑人は、ホロギウムにおいて、敬われるべき職業である。


 彼らは罪人の首を苦痛なく落とす。誰よりも優しく、その罪を死によってすすぐ。


「殺し続けた私が、生かす仕事とは」


 とはいえ、うっすらとその瞳に涙を滲ませるラキィにとって、人を殺す辛苦は、耐え難いものだったようだ。


「ありがとうございます。シンジ様」

「いや、またあのボケボケ押しかけ師匠を出陣させないためだから」

「素直ではありませんね?」

「掛け値なしのマジレスですが?」


 言い合って、笑い合う二人に、山竜から声がかかる。


『フィアがやってきたぞ』

「ほんとだ。姫さん、どしたの? 平服のワンピースドレスなのに、目立つ金髪と碧眼は隠さない残念お忍びスタイルで」

「……」

「やいシンジ、またぶん殴られちまうぞ」


 だが、ラルの忠告は杞憂に終わった。やってきたフィアの顔は神妙で、いつにない陰が差していた。


「私は、席を外します」


 気を利かせたラキィが離れて行くと同時に、フィアがシンジにこう言った。


「シンジ、いろいろありがとう」


 打って変わって、晴れがましい表情であった。


「はい?」と、困惑するシンジに、フィアは質素な水袋を手渡す。


「これ、約束してた王家の財宝よ。どんな人でも、黄泉の国から還ってこられる聖水。よく考えて使いなさいね」

「おい、ラル、はしゃぐな―――姫さん、これ」

「シンジ・アサキ」


 フィアは、シンジの言葉を遮り、決然と眉を吊り上げ、言った。


「単刀直入に申し上げます。今すぐ、この国を発っていただきます」


※※


 不器用にもほどがあると、フィアは自嘲する。


 兄を信じたい気持ちと、王に逮捕状を出すほどの決定的な証拠があるのだという確信の板挟み。


 結果、協力者だったシンジを追い出す形で、こうして一人、事件の容疑者と向き合っている。


「子供の頃から、そうでしたね」


 ここは、とある陵墓。幼くして亡くなった、王家の子供たちの墓。少しやつれた、シル・アキマ四世の落ちくぼんだ碧眼に向け、語りかける。


「なにかあると、あなたはいつも、ここに来られていました。自らの責務を思い出すように」


 フィアの母と、叔母は、多くの子を産んだ。しかし、そのほとんどが、シンジが言うところの、『一族秘伝の病』に臥せり、亡くなっていった。


「終わらせるのだと。この美しい辺境の王国を、ただの“国”にするのだと。そうおっしゃっていましたね」


 話しているうちに、不覚にも、涙腺が緩んでしまった。


「でも、でもね、お兄様、そのために、誰かを殺めるのは、間違っています……っ!」


 しゃくりあげながら、何とか伝え切った。


 しかし、眼前の王は、フィアの言葉など耳に届いていないように、陵墓の中を歩き回り出した。


 墓石を一つ一つあらため、「いない、いない」と呟く。


 やがてそれは「誰だ、誰だ、誰だ……?」といったものに変わる。


「おにい、さま?」


 尋常な様子ではない。隈のできた虚ろな目で、“なにか”を探す兄を呼ぶフィア。と、突然、叫び出した。


「何故誰もいないッ! どこのクソ霊だ!? 俺をここに呼び出しやがったのはッ!!」


 ほとんどノイローゼの発狂であった。そして、幼き祖先や、兄弟たちの眠る墓で、その言い様。


 フィアは、突如落雷を浴びたように、に支配された。


 まさかとは思った。だが、そう考えればつじつまが合う。


「あなたは、シル・アキマ四世おにいさまでは、ない……?」


 そもそも、当然のようにシルを容疑から外していたのは、フィアが、兄をよく知っていたからだ。彼は死霊魔術どころか、魔法が全般的に不得手であった。


 しかし、彼がシル・アキマ四世ではなかったとしたら?


 死霊魔術には秘術がある。


 生きた者から魂を抜き取り、他者に乗り移る『生者転生』。


「ねぇ、あなた―――」


 フィアは、に向かっていった。


「誰なの?」


 その肩を掴む。瞬間、身を躱される。だが、武闘家のフィアにその程度の身のこなしは止まって見える。すぐさま、相手の腕をとり、地面に打ち倒そうと動く。


 だが。


 ―――ゴキィ、と音がして、フィアの身体が、がくん、と倒れた。


 腕が折れた。いや、そんな力でめてはいなかった。


 折れたのではない。自分から折ったのだ。


 自分の身体ではないから、いくらでも粗末に扱えてしまえる。


 やはりそうだ。この男は、私の愛する兄ではない。


 フィアはバランスの崩れた身体を地面に叩きつけられながら、確信した。


「いっ……」


 そのまま、顔を踏みつけにされる。すぐさま跳ね上げ、体勢を立て直そうとしたところに、声が降ってきた。


「フィア、私の可愛い妹よ」


 偽物だと確信したはずの、しかし、愛おしい声に、一瞬動きが遅れた。それが、命とりだった。


「きゃあ!?」


 全身が麻痺する。雷撃の魔法だ。殺しはしないまでも、全身の自由を奪うよう、絶妙に出力を調整された。こんな器用なことは、やはり兄はできなかった。


「なんてね。薄々気付いていたが、やはりか。この近親相姦姉妹ども」


 打って変わって、へらへらとした口調が降ってくる。


「本当に、王家おまえらは気持ちが悪い。まぁ、お前の美貌と躰には多少なりとも価値がある。新たな国家元首となった暁には妾として囲ってやろう」


 グッと力を込めて顔を踏まれる。


「この身体で、抱いてやろう。なかみなど、どうでもよいはずだ」


 屈辱と後悔に涙が込み上げる。


「なにせ、のだから」


 事実だった。


 口が動いたとしても、反論できない。


「悦ばせてやろう、身体だけは、な」


 ―――こんな、奴に……!


「おい」


 声がした。


そこから足をどけろ、王様」


 瞬間、大きな“鼓動”が響き、フィアの顔を踏んでいた足が離れた。


「いや」


 竜皮の鎧、その篭手に優しく助け起こされる。



 シンジが、真犯人の名を呼んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る