11話 謎が深まったわ
彼らは、指で軽く弾かれただけでも致命傷となるほどに、とても無力で、か弱い種族だ。
それが何ゆえ古代から生き抜いて来られたかについては、諸説ある。
たとえば、このような伝説を
とある旅人が、小人妖精を連れていた。
旅人は妖精を大切にしていたが、ある日、病に臥せってしまう。
もはや命これまでと思ったそのとき、相棒の小人妖精が不思議な力で、旅人を助けたというのだ。
この『小人妖精の恩返し』は、ホロギウム全土に知れ渡るおとぎ話である。
本当かどうかは知れない。
閑話休題。
「なんだかなぁ」
妖精としては若年の部類に入るラルが呟く。姉のリルが、ふよふよと浮かぶ魂から彼に交信する。
『ラル、何故、シンジさまとフィアさまはまた地下牢でお話しされているの?』
「誘ったのはフィアだから、ま、あの姫さんが残念なんだろ」
そのフィアは現在、大層お怒りであった。
「勝手に宝物庫に入る! 「犯人が分かった」と言いながら誰かは言わない! 遺跡の魔物が何故かおとなしくなってる! いつの間にか町の有名人になってる! どういうこと!?」
「最後に関しちゃ、アキマ市民がパリピ気質だったとしか」
「もう! みんな能天気なんだからっ!」
「良い国じゃないか」
「そうでしょ! ありがとう!」
フィアは怒りながら礼を言う。
「……で、いったい冒険に出て何をしているのよ」
「あちこちの遺跡を巡って、歴代王様たちとお話しをしてる。でっかいサラマンダーとも友達になった」
「謎が深まったわ」
「それほどでも」
ラルが、シンジの懐から這い出して「おいらもお前の行動原理が分かんねぇぞ」と、言う。『わたしもです』と、リラの霊も困惑した調子である。
「詳しいことは言えんが、今は、仕込みの時間だ」
「仕込み?」フィアが首を傾げる。
「死霊の証言だけじゃ、俺が嘘ついてると思われたらおしまいだからな。向こうがボロを出すのを待ってる」
「……そう」
フィアの心の中では、シンジをただの阿呆と断ずる気持ちと、「いや、こやつは意外と物を考えているのでは」との評価が、
「―――分かったわ」
結局、この男にある腹案に懸けてみてもいいかと判断した。ちょうど、新たな事件も起こっていないようだし。
「……え?」
フィアはそこで、自身の内に湧いた信じがたい事実に、愕然としたのだった。
「シンジ、あなた、本当に、何をやっているの?」
少々混然とした頭で訊く。
「遺跡でサリーに貰った山の幸を選り分けてますけどなにか?」
毎朝、
「うん。何でもなかったわ。そのまま、おバカでいなさい」
「姫さん、物に当たっちゃダメ」
自分への苛立ち紛れに、牢屋の隅を殴りつけたフィアを、シンジがたしなめる。
「牢屋の石壁にまた悲しみの穴が空いたぞ。ほら、山菜を上げるから、ビタミンと食物繊維を摂って」
「……ありがとう。今、便秘気味だったからちょうどいいわ」
「そういうの言わなくていいから」
ラルが、フィアには届かない言語で
「真面目なんだろうが、ホント残念だなぁ、この姫さんはよ」
と、呟いた。
※※
その夜。また、懐かしい夢を見た。
「フィア、おいで」
「おとうさまー!」
先代の王、ギル・アキマ三世に駆け寄っていく。あれは、寄宿舎に入る直前。今から一〇年前。痩身で病弱な父。微笑むその顔もどこか苦しそうだ。
『一族秘伝の病か』
うるっさい。あんたは割り込んでくるな。また夢の中に混線してきた
「フィア様、寄宿舎でも、どうかお元気で」
父の隣に
「みりくさまは、どうしてアキマにいらしたの?」
「無論、魔王を倒すと同時にこの世を去ったリヒトとミリクの意思を継ぎ、このホロギウムの平和を保つために―――と、まだフィア様には難しかったですかな」
首を傾げるフィアの頭を優しく撫でる、皺くちゃの手。長きにわたり戦い続けた勇者の温かな手。そこへ、父の声が被さる。
「フィア。シルとリィナと一緒に、この王国を守ってくれるね?」
「うん! フィア、いっぱいべんきょうして、しゅぎょうして、つよくなる!」
流石に少しやりすぎたかもしれないと後悔している。そんな幼い頃のフィアに、父は、優しく言ってくれた。
「フィアはいい子だね。私も、安心だ」
「うん、それでね、わたし、おにいさまとけっこんするの!」
それを言った途端、父の顔に異変が起こった。若返っていく。それどころか、まったく違う少年の顔に変わる。
「姫さんは、王様のこと、好き?」
「だからあなたは割り込んでこないで!!―――って」
そこで目が覚めた。ベッドの上で、盛大に溜息を吐くフィア。
シンジが来てから、明らかに溜息が増えた。
あれからさらに一〇日が経過していたが、何の音沙汰もない。
そう、何も起こっていないのだ。
「―――はぁ、なにをしているのよ、シンジ」
また一つ、溜息を吐きながら、フィアはひとりごちた。そんな彼女の部屋を、ノックする者がいた。
「どうぞ、お入りください」
「フィア。おはよう」
「……!? お兄様! どうして?」
自分と同じ、金髪碧眼の美男子。顕性遺伝。特別な病すら容易く伝える血。その顔が、妙にやつれていることに気付いてしまった。
「お兄様、いえ、王よ。お加減が優れませんか?」
「うむ、最近、寝つきが悪くてね。おかしな夢ばかり見るんだ」
「……私は今朝、楽しい夢を見ました。お父様がご存命で、ミリク二世様も。そして―――」
―――おにいさまとけっこんするの!
「フィア?」
「……いえ、なんでもありませんわ。今日の執務はお休みになってくださいませ。わたくしが代わりを務めます」
―――こんなんじゃあ、また“残念”呼ばわりね。
※※
フィアのいる執務室に、カウゴがやってきた。
「珍しいですわね」
「むぅ……」
王制廃止後の政敵である男は、いつにもまして、難しい顔をしていた。
「姫、この国の司法権は、王権より独立しております」
「わざわざ社会科の授業にいらしたの? でしたら、私には不要ですわ」
「いえ、それは前置き。本題はこちらです」
一枚の紙を差し出す。逮捕状であった。
「姫に、この発行を止める手立てはございませぬが……目を通しておいた方が良いかと」
「はぁ……?」
それを読んだフィアの顔が、怪訝なものから、蒼白に変わったのは一瞬であった。
それは、此度の連続殺人事件の犯人を名指しするものであった。
現国王、シル・アキマ四世。
それが、シンジの辿り着いた
そして、フィアが気付いたとき、兄はもう、城にはいなかった。
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