10話 って、事件の解決は!?
アキマ城下町の正門に、人だかりができていた。
物々しい雰囲気だ。
王国の英雄ベンが率いる重装歩兵が一〇人。
その後ろに街の人々―――武具屋の店主。宿屋の娘。流しの冒険者たち。
「「まだか」」と、ラットとウィンも固唾を飲んでいる。
「シンジは、まだ来ないのか」
「ああ、無事だといいのだが」
「シンジさん……!」
そのとき、一人の冒険者がその異変に気付いた。
「山が燃えているぞ!」
「まさか! シンジが!」
「待て! 見ろ!」
「うおおおおお!!!!」
緊張が走る一同の耳に叫び声が飛び込んできた。
シンジが、山の方から、必死の形相で走ってくる。中学では陸上部だった。
「火吹きトカゲに殺されてたまるか」
目を凝らすと、シンジの背中を、四足の鱗もつ魔物が一〇頭も追いかけていた。
サラマンダー。
本来は翼もち飛翔する生物であったが、竜との生存競争に敗れ、地を這い旅人を襲う低級の魔物へと堕した。
「シンジ!」
「シンジだ! シンジが今朝も帰ってきたぞ!」
「シンジぃ! もう少しだぞォ!」
「頑張れぇ! シンジー!!」
シーンジ! シーンジ!
と、アキマ王国民から大合唱が巻き起こる。有志による応援歌も作られていた。
揃いの鉢巻きを巻いた者や、シンジの名を掲げたプラカードなども見える。
三三七拍子で太鼓が鳴らされ、笛が吹かれる。
賑わう人だかりの奥には出店も見える。
行商人がタイムセールを始めた。
「……うむ」
じっと腕組みをしていたベンが、カッと目を見開く。
「盾ッ! 構えッ!」
「「「「「応ッ!!」」」」」
兵たちが横一列に並び、盾を構える。
「シンジは通せッ! 魔物は通すなッ!」
「「「「「シンジは通す! 魔物は阻むッ!」」」」」
「ゴオオオオル!!!!」
猛然と駆け込んできたシンジに道を開けてやると、続く魔物に対しては壁のようにその進撃を防ぐ。
「グルルルル……!」
『そこまで!』
アキマ兵と対峙し、獰猛な唸り声を上げ続ける魔物たちを、山竜のヤマさんが一喝する。
『修行は終わりだ。さぁ、山に戻り、水竜と共に消火活動を手伝うのだ』
一〇頭のサラマンダーが口惜しそうに帰っていくと同時に、「シンジが今日も生きて戻ったぞ!」と誰かが叫び、群衆から歓声。
「いやぁ、俺、感動しちまったよ」
「毎朝よくやるもんだぜ」
「丸腰でサラマンダーどもから逃げ切るなんてよ」
シンジは、どんちゃん騒ぎな人だかりの中心で、歓呼に応える余裕もなくへたり込む。
ベンが、深い皺の刻まれた顔に笑みを作る。
「はっは! この修行に耐え抜くとは! さすが我が一番弟子よ!」
「はぁ、はぁ……修行? 死行の間違いでは?」
「は? あんだって?」
「都合のいい時に遠くなる耳ほんと便利」
その“死行”の内容をご説明しよう。
1.就寝中、ヤマさんが近場の山にシンジを運ぶ。
2.目を覚ますと、血と肉に飢えた魔物が放たれている。
3.ひたすら逃げる。
城下町の正門をくぐったら成功。文字通り帰らぬ人となれば失敗という寸法だ。
うむ。むちゃくちゃである。
しかしながら、決死のフィニッシュは感動的であり、野次馬は日に日に増え、今となっては、町が総出でシンジを応援していた。
「いや、ボケ老人が毎朝町に魔物を呼び寄せてるんだよ? こらもうテロだよ?」
「そうは言ってもな」と、ラット。
「ベン殿は英雄ゆえ、なかなか逆らえんのだ」と、ウィン。
「英雄特権を許すな」と、シュプレヒコールを上げるシンジ。
「シンジさん、今朝も修行、お疲れさまでした。召し上がってください」
宿屋の娘・クィナが、焼いたニプを持ってきてくれた。ホロギウムにおける、パンのような食べ物である。
「……ありがとう、クィナさん」
釈然としないものを抱えながら、手に取り、口に放り込む。
バターでこんがりと焼かれたニプが、パリッと歯ごたえのある音が口中で響くと、直後に、モチモチとした柔らかな食感がやってくる。温かく、甘い。
「……はぁ」
「あの、お味は、どうですか?」
「困ったことに美味い」
パッと輝く町娘の顔。民衆の歓声。紙吹雪が舞う。どんどん、ぱふぱふ。
「シンジよ! 少しは強くなったようじゃの!」
「そりゃどうも、ベンじい」
修行の後の飯は美味かった。そして、死にかけたのに、なんだか楽しかった。
※※
千年の歴史を持つアキマ王国の周辺には、歴代の王や偉人を
「グルルルル……!」
最も大きな遺跡の最深部。
一〇トントラックに比肩する、巨大サラマンダーの根城。
対峙するシンジは、装備を固めていた。
竜皮の鎧、篭手、具足。
華美さのない無骨な鉄兜。
半身を覆うほどの大きな盾。
聖なる竜槍。
その姿『
「グアアアアアア!!!!」
「鼓動術―――“
―――トクン。
優しい鼓動。
全身に清流の血流。
炎熱を受けた傍から癒す。
さらに竜皮の守りと、盾による防御。
「それはそれとして、熱いことは熱いんだぞ」
ちょっと焦げた髪の匂いを兜の中で嗅ぎながら、シンジは反撃に出る。
「
中腰になり、盾を突き出し、槍を引く。基本の構え。
心臓に、意識を集中する。
ベンからは「この技を極めよ」と教わった。
「―――“
―――ドックン!
『瑜伽』とは真逆の、“強い”鼓動。
努力によって身に着けた、戦う力。
「
襲い来る魔物の
そして、落下と共に槍を、
「
魔物の尻尾に突き立てる。
「うぎゃあああああ!!!!」
『そこまでっ!』
サラマンダーの悲鳴に、威厳ある声が重なる。
シンジが槍を抜き、兜を外す。清々しい表情だった。
「良い試合だったな、サリー」
『尻尾はまた生えるけど、竜槍って痛いねぇ』
遺跡に巣食う
初めて訪れたときから意気投合し、鍛錬相手になってくれていたのだ。
『いい勝負であったぞ、旅人よ』
「一世さんもセコンドありがとう」
『礼には及ばぬ。英霊は崇め奉られるばかりで暇なのでな』
遺跡の本来の主であるシル・アキマ一世の霊は鷹揚に言う。
「さて、ドンダさんに報告入れるかな」
もともと、墓守のドンダから依頼された遺跡の魔物退治であった。
『退治してないけど、なんて報告するの?』
「正直に、魔物と歴代の王様が仲良くやってますよって報告しよう」
あまりにもあっけらかんとした物言いに、魔物と霊と人間が、同時に爆笑した。
※※
その夜。
「―――って、事件の解決は!?」
フィアが、ようやく誰もが思っているツッコミを入れた。
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