8話 小悪党妖精、そこになおれ


 シンジ は てんせいしゃ だと みとめられた !


「ああ! 窓に! 窓に!」

「山竜だ! ええい、軍務大臣、兵は何をしておる!?」

「竜など、どうすることもできませぬぞ!」

「我らが英雄ベン殿を―――」

「もうおやすみになっておられます!」

「畜生! 年寄りは寝るのが早い!」

「生贄じゃ! 山竜は生贄を欲しておられるはずじゃ」

「若い娘、いや、いなければ少年でもよい! 持って参れ!」


 しかし広間は阿鼻叫喚である。


『恐慌、他責、自己保身。

 人間共め。さすがの醜さなのである』

「……生贄、一杯いっとく?」

『いらぬ』

「ですよねー」


 シンジと山竜のヤマさんが、窓越しに会話している。


『ふん、取って食う価値もないのである。

 せいぜいその矮小な命、拾っておくが良いわ』

「やっぱヤマさん器パネェ。マジ推せる……ん? どうしたんだ、ラル」


 シンジの懐が、急に忙しなく動いた。


「い、いや、何でもねぇよ」

「……ちょっとお前、外に出ろ」


 シンジは怪しい雰囲気を聞き逃さず、ラルを摘まみ出す。


『おお、ラルではないか』

「よ、よぉ、山竜のオッサン……」

『ラルよ。どうだ、?』

「ん? なんでヤマさん、リラが死んだことを知って―――なるほど」


 シンジは、独り言ちながら合点がいったらしい。


「やい小悪党妖精」

「あぅ……」

「そこになおれ」

「……へい」


 小人妖精の身体が、さらに縮んだようだった。


※※


 山竜が去り、広間に平穏が戻った。


 その隅で、ラルが、しゅんと正座している。


「これの国ではこうするのだ」と、シンジが教えた通りにやっている辺り、口は悪くとも一本気な妖精である。


 今回は、それが悪い方向に出たのであるが。


「つまりお前は、一年前に死霊魔術の左巻き込み事故を食らったリラを助けるために、このシンちゃん相手に一芝居打ったわけだ」

「うぅ……」

『はい、その通りですわ。シンジさま』


 ラルの代わりに、どこからともなく少女の声が聞こえた。ラルの姉、リラの身体を離れた魂の声だ。


 真相はこうであった。


 初対面の時点で、


 正確には、一年前、死霊魔術師ネクロマンサーの秘術『生者転生』の余波を受け、身体から魂だけを分離させられていた。


『それからは、あの地下牢の片隅に安置して貰っていたのです』

「そうしたら、この神の耳を持つ俺が現れた、と」


 ラルが小さく頷く。この際、細かい自画自賛を指摘している場合ではないと思ったようだ。


 初対面のおり、霊の声が聞こえるシンジは、ラルと共にいたリラの亡骸を、生きていると勘違いしてしまった。


 ラルは、木の実を使い、シンジにリラを潰したと錯覚させ、彼女を蘇らせるアイテムを獲って来させようとしていたのだ。


「やってくれたな小人さんよ」

「すまねぇ……。でも、おいら一人じゃどうにもできねぇしよ」

『わたしからも謝ります。弟がご迷惑を』


 リラからも詫びが入り、ようやくシンジも矛を収める。


「しかし、『生者転生』とは厄介ですね」


 ラキィが、その儚げな顔に険しさを作って言う。


「どういうこと?」

「犯人は、自分の身体から魂だけを分離させ、誰かの身体に乗り移っているのです」

「マジか。ってことは、次々と乗り移られたら、犯人捕まえるどころじゃないな」

「死霊魔術の奥義と呼ばれるわざです。そう容易くはできませんから問題はないかと」


 でも、と、フィアが、ラキィの言葉を引き継ぐ。


「容疑者の数は増えたわ。魔術の心得がないと思われた人も、魂が変わっていれば、強力な魔法を使えるようになるもの」

「また、犯人は一年も前からこの城に潜り込んでいるようです。誰にも気付かれず。非常に狡猾な人間です」

「うん……」


 それらの言葉を、シンジは、どこか上の空で聞いた。


「どうしたのよ、シンジ」

「……いやさ、姫さん。俺、ネクロマンの正体分かったかもしんない」

「え!?」


 シンジは、驚くフィアを放って、自分の考えに没入する。


「ラルの嘘……一年前……死霊魔術……霊の声を俺は聞ける…………誰かは分かっても、中身が……よし、分かってきた。なぁ姫さん―――って、姫さん!?」

「フィア様!」


 フィアが、床にへたり込んで、荒い息を吐いていた。


※※


「ざまないわね」


 フィアは牢生活の心労が祟ったようだ。ラットとウィンに部屋へ担ぎ込まれた。


「シンジ、あなたの泊まる宿も手配させるわ。今日の捜査はここまでね」

「イエスマム」


 今、部屋にはシンジと、ベッドに横たわるフィアの二人きりであった。


「国民に、まだ事件の詳細は知らせていない。

 早く解決しないと、パニックになるわ」

「そうか。やっぱり姫さんは残念だな」

「なによ、藪から棒に」

「それで姫さんがKAROUSHIしたら意味ないだろ」

「……それもそうね。ていうか、なにその発音」

「ホロギウムには無い言葉かも知れんと思って気を遣いました」

「あるわよ。残念なことにね。誰の国が残念よ」


 自爆するフィアを置いて、ひとまず事件の状況を整理しよう。わざわざ繰り返さんでも分かるという賢明な読者は、飛ばしてくれて構わない。


 被害者は、アキマ王国の現王妃リィナ・アキマ(享年二一歳)と、国務大臣ブソイ・モータ氏(享年五七歳)。共に外傷はなく、心停止した状態で発見された。


 同時期に遺体が盗まれたことから、昨年逝去せいきょした先代の王ギル・アキマ三世(享年四二歳)と、病弱な王の補佐官で転生勇者でもあったミリク二世(享年八八歳)と思われる。


「まず、ミリク二世って誰?」

「彼は、『原初の勇者』の一人よ。ミリクという名は、そのときに魔王を倒したの名を受け継いだもの」

「え? 魔王ってもう残機一個減ってるの?」

「残機って言い方やめなさい。―――六〇年前、勇者リヒトと勇者ミリク、そしてその仲間たちが、ホロギウム七億年の歴史において、初めて魔王を倒した。けれど、完全には滅せず、一〇年前に復活したのよ」

「周期エグない?」

「確かに……ちょっと早すぎるかもね」


 フィアはエグめな世界の状況に一瞬表情を沈めた。


「だからこそ、ホロギウムには未だに転生勇者がやってくるのよ」

「まぁ、俺は勇者じゃないだけどね」

「その線は譲らないのね……ふふっ」


 フィアの相好が崩れ、やがてそれは部屋を満たす笑いに変わっていった。


「シンジは自由ね。王制が廃止されれば、私も……あんたみたいに、生きられる、かし、ら」


 フィアは次第にとろけるように眠りに就いた。


「お休み、姫さん。明日、あんたのパパとお話ししてくるよ」


※※


 その夜。


「うぐぐぐぐ……仰向けで寝れない……」


 シンジが、フィアの手配してくれた宿のベッドで呻いていた。


「あの、シンジさん? 大丈夫ですか?」

「あ、クィナさん、ちょっと見て? 俺の尻、三倍くらいに膨らんでません?」

「そんなことはありませんけど……氷、持ってきます」

「かたじけない」


 フィアのローキックは、後から効いてくるようだ。

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