7話 この城のWiFiパス、教えてくんない?

 ここで、“勇紋”について解説しよう。


 転生勇者には、ホロギウム世界において、類稀たぐいまれなる身体能力と、特殊能力が付与されている。


 その力の源が、この世界を創造した“世界針せかいしん”より賜る“勇紋ゆうもん”。

 場所は人によって違うが、大抵は、どちらかの手の甲に刻まれるのが一般的だ。


 そして、シンジの身体のどこにも、それはないのである。


「何をおっしゃっているのかしらカウゴ大臣。

 王家わたしの言葉を信用できぬと申されるのですか?」

「フィア様、視線が泳ぎっぱなしですぞ」


 嘘は吐けないタイプのフィアだった。


「見たところ、シンジ殿には、“勇紋”がないようですが」


 大臣のカウゴは言い募る。


「六十年前から、勇者ミリク二世殿を始め、どの方にも、の紋章がございました」

「世界針ってなに―――うっ!?」

「ふぬぅ!!」


 物を知らんシンジに抱き着き、そのまま鯖折りの体勢で黙らせるフィア。


「姫様!?」

「それは流石にはしたのうございます!」


 近衛兵ラット&ウィンに止められながら、耳元で言う。


「いい? 後で教えてあげるから、知ってるふりをしなさい。

 でないと、この神聖な広間にあなたの内臓がまろび出ることになるわよ」

「イ、エス……マム……ッ」


 息絶える寸前で、シンジは解放された。


「確かに、あるべき箇所にないというのは少々疑問だね。シンジ殿」

「いえ、勇紋なら尻にあります」

「……尻?」


 シンジは何のためらいもなく大嘘を吐いた。


「こちらの姫さんはもう見ました。……ね?」


 そして先ほど絞められた意趣返しか、流れ弾をフィアに撃ち込んだ。


「……はい」

「フィア、顔が真っ赤だし、ものすごい涙目だけど、それでいいのかね?」

「はい、見ました。……見たもん」

「……うん。我が妹の名誉にかけてその言葉を信じよう」


 王が信じたことで、一同も納得した様子だ。


「お兄様に気を遣わせてしまった」

「ドンマイ、切り替えていこう」

「次にそれを言ったら、貴方のお尻に私の足型をつけて差し上げますわよ?」


 とはいえ、場は収まった―――かに思えたが。


「やはり、怪しいです。勇紋が尻にできるなど、聞いたこともない」


 大臣のカウゴは、先ほど通り至極当然の理屈で納得していない。


「私も、姫は騙されているのではないかと思います」


 先ほどカウゴと言い争っていた墓守のドンダも同調する。


「おい、どうするよ、シンジ。このままじゃあケツを見せろと言われかねねぇぜ」


 小人妖精ラルが、シンジの懐で声を出す。


「大丈夫だ。転生者だと分かればいいんだろう。ラットさん、ウィンさん」

「「なんだ?」」

「俺の荷物を持ってきてくれないか」


 シンジが何かやるようだぞ。


※※


「まず、これは味噌スープといって、俺の国に伝わる伝統料理です」

「ほう、これは、変わった味だが、美味い……美味い、か?」

「魔法瓶に入れてたって、丸二日も経って冷めた味噌汁だ。美味いわけがない」

「じゃあなんで飲ませた。おうに気を遣わせよって……!」

「いででで……異国情緒が伝わればいいと思って」


 シンジが、フィアにポカポカ殴られながら言う。

 ちなみに、温度を一定に保つ魔法瓶はホロギウムにもあった。さすがは魔法の世界である。


「次に、これはベースと言って、弦を弾いて鳴らす楽器です。少し演奏してご覧にいれましょう」


 といって、シンジが一曲披露する。


 物珍しい音色だったか、一同が関心を寄せる。


 が、しかし、である。


「面白い楽器ではあるが、音量がまるでなく……いや、地味……ではなく、物静かで、おとなしい演奏だね」

「ま、アンプにもつながってないド素人の演奏なんてこんなもんですよ」

「だからなんでそれを得意げに聴かせられるの!?

 王に言葉を選ばせないでもらえるかしら!?」


 シンジの楽器演奏歴は一年にも満たない。ツーフィンガーでベシベシやるしか脳がなかった。


「最後に、私が監督した映画というものをご覧いただきます」


 いろいろとズタボロな勇者オーディションも、最終演目である。


「映画? それはこのホロギウムにもない娯楽だね、フィア」

「はい、わたくしも、観たことがありませんわ」


 フィアは幼い頃より、中都の寄宿学校に入っており、辺境の王族でありながら世情に詳しい立場だった。

 そんな彼女も知らぬ未知の娯楽への期待に、一同が湧きたつ。

 シンジがPCを立ち上げる。幸い、リチウムイオン電池の残量はまだあった。


 だが、しかし。


「……あ、そういやデータがクソ重いから、全部クラウドに突っ込んでたんだったな……」


 やおらブツブツと呟くと、そっとフィアに耳打ちするシンジ。


「この城のWiFiパス、教えてくんない?」

「お兄様、どうやら私の勘違いでした。ラキィ様、今すぐこの男の首をねて」

「「「「「まぁまぁまぁまぁまぁ」」」」」


 広間にいた全員からなだめられ、シンジはどうにか処刑を回避した。


 だが、勇者どころか、転生者であることすら、認められないままだ。


「どうしたもんか……あ、そういえば、ヤマさんはどうしてんのかな」

「ヤマさん?」

「俺が連れてきた、山竜のこと」

「何してんのアンタ……え? 本当に何してんの!?」


 フィアが驚愕のあまり、同じことを二回言う。彼女の兄の声が、それを制する。


「フィア、落ち着きなさい。私も驚いたがね。カウゴ大臣?」


 水を向けられた法務大臣だが、人を食らうと恐れられてきた竜がふらっと王国に立ち寄ってくる状況など、想定されているわけもない。


「……一旦、外でお待ちいただくという形で対処しております」

「いかにも政治家らしい場当たり的ゼロ回答だな。ヤマさん、怒っちゃうぞ?」


 連れてきたオメーが言うな、という視線が突き刺さるが、本人シンジは何一つ意に介していない。


「そうだ、竜とお話しできるところを見せればいいんじゃないか」

「「「「「へ?」」」」」

「ヤーマさーん!」


 呆気にとられる一同を無視し、シンジが腹式呼吸で叫ぶ。


「ちょっと来てえええええ!!!!」


 歌は下手だが、声はデカい。


 シンジが叫び終えると、大きな羽根音が聞こえ出した。

 巨大な飛翔体が近づく気配がある。

 城下町の方から、絶叫が起こる。

 いや、歓声も混じっている。


『シンジか。山竜たる我を呼びつけるとは、良い度胸なのである』

「「「「「ぎゃああああああああ!!!!」」」」」


 広間の窓に巨大な目玉が現れ、一同が大パニックに陥る。


「王よ……いえ、お兄様」

「……うん」

「やっていることはめちゃくちゃですが、竜と言葉を通じ合わせるなど、転生勇者にしかできぬわざと思われます」

「……そうだね。カウゴ殿も、そういうことでいいかな」


 返事がない。


 ただの屍のように気絶していた。

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