6話 ドンマイ姫さん、切り替えていこう
謁見の間に、人体が叩きつけられる鈍い音が響く。周囲の大臣たちが恐れおののく。
「も、申し訳ございません、王よ。この者の首を今すぐ撥ねます!」
「ていうかもう撥ねてない? 大丈夫? 俺の首、ちゃんとついてる?」
「ふふっ。構わぬ、我が妹よ。こちらも、異世界からの勇者殿に対し非礼であった」
そう言った後、仮面を外す。
フィアによく似た金髪と碧眼が周囲を見回す。
「ここはひとつ、しきたり通り、皆でこの国の山々と大地に感謝を捧げるとしよう」
周囲にいた全員が平伏する中、シンジが後頭部から出血しながら立ち上がる。
「みんな、何やってんの?」
「アンタも頭を下げなさいッ!」
「ぶほぉ!?」
フィアに思い切り叩き付けられ、前頭部に怪我が増えた。
「だってさ、何を言ってるのか分からなかったから」
「雰囲気で察しなさい! そんな難しいこと言ってないでしょ!!」
言い合う二人に、再びシル・アキマの顔が相好を崩す。
「ははっ。いいさ、フィア。こんな儀礼に何の意味もないのだからね」
「それくらいフランクに話してくれれば俺にも分かるぞ」
フィアは、シンジのド失礼なサムズアップに手を出しそうになっていたが、
「お客人も、妹がすまないね。昔から
との
「おしとやかに、などと説教するつもりはないけれどね。直情径行も、場によりけりだよ。我が妃となる姫よ」
「妃? どういうこと?」
シンジが、シルとフィアの顔を見比べながら言う。
「王よ。冗句は慎んでいただきたい」
「そうだね。王を辞めるつもりの王が言うべきことではなかった」
フィアが、固い声を出す。玉座に座った男も、同意する。
「シンジ。これが、王制廃止の理由の一つよ。長らく続いた、近親婚の停止」
「……ってことは、死んだ王妃ってのは―――」
「ええ。姉よ。私の」
そのとき、広間から、甲高い声が上がる。
「姫! なりません!」
並ぶ王家要職の中から、小太りの男が歩み出る。
「アキマ家は千年以上続いた純血の一族。その血を絶やすなど、あってはならない!」
「ドンダ様、私たちは、その千年の近親相姦のせいで短命です。
一族にだけ発症する病を克服するには、もう外の血を入れるしかないのです」
フィアは冷静な声で男を諭す。
「それにですよ、ドンダ様」
王と同じような豪奢なガウンに身を包んだ、太った男が歩み出て言った。
「そもそも、墓守の貴殿がギル三世とミリク二世のご遺体を何者かに盗まれるという失態から、この事件は始まっているのですぞ。
法務大臣として、罪に問われることはないと断言いたしますが、自重していただきませんと」
「カウゴ大臣、お言葉ですが、陵墓は既に魔物の巣でございます。我ら墓守にできることはございません。兵を派遣していただかなければ」
ドンダはぼそぼそと言い返すが、「この緊急事態に、兵など出せるはずがないでしょう」と、カウゴに叩き返される。
「もしやと思いますが、ドンダ殿、王家の純血を尊ぶあなたが、改革派を陥れようと殺人を画策したのでは」
「バカな! 私がリィナ王妃を……侮辱でございます! この場で取り消して頂きたい!」
ドンダが色をなし叫ぶ。
「そのような回りくどいことをせずとも、改革を嫌う者の犯行でしょうに!
そう、たとえばカウゴ大臣、あなたのような!」
「なんだと!? この土臭い墓守風情が、このカウゴを侮辱するか!」
中年男同士の口喧嘩を聞き流していたシンジが言う。
「つまり姫さんは、王制を撤廃して、一族秘伝の病をなんとかしたいと」
「ふふっ。そんなご立派なものじゃないわ。こすっても落ちない、しつこい汚れよ」
フィアが自嘲し、王の美しい顔にも苦笑が浮かぶ。
「広間にお集まりの皆様。そして、この中にいるはずの、お姉さまと大臣を殺害した犯人に告げます!」
やおら大声を出すフィア。大臣たちを見まわしながら、宣言する。
「こちらの勇者シンジと協力し、あなたを必ず逮捕し、罰を受けさせます!
そして、この国は王に頼らぬ、民主共和国としての道を歩み出すのです!」
「いま名乗り出るなら、姫さんの万力ヘッドロックで勘弁してやる。さもなくば、さっきみたいな首狩りラリアットだ」
シンジが、万力のようなヘッドロックをかけられタップしていると、周囲からぼそぼそと声が上がる。
「またフィア様が捜査に加わるのか」
「私はもう姫の尋問を受けたくない」
「分かるぞ大臣、あれはほぼ拷問よ」
「アリバイがあるというのに、なかなか納得してくれぬのだ」
「うむ。どう考えても無理なトリックを捻り出されて、否定するのに骨が折れる」
「寄宿学校をお出になった姫は頭こそ良いが、ところどころざんね……いや、融通が利かぬところがあるからな」
「しっ、勇者殿の首を絞めていた力が、どんどん失われておるぞ」
「いかん、聞かれておったか。姫は怪力であらせられる割に繊細なのだぞ」
シンジが、フィアの腕から脱出し、彼女の華奢に見える肩に手を置き、言った。
「ドンマイ姫さん、切り替えていこう」
「慰めないでっ!!」
そこへ、山でシンジに依頼してきた黒衣の少女ラキィが歩み出た。
「我が王よ。発言をお許しください」
「どうしたのかな、ラキィ」
「殺人の動機であれば、“処刑人”一族たる私めにもあるかと存じます」
突然の告白。広間がまた、ざわつきだした。
「ラキィ様、どういうことでしょうか」
フィアは、落ち着いた口調で、同年代の少女に真意を
「はい、フィア様。アキマ大法典が改正され、死刑が廃止になれば、私が失職するのは確定的でございます」
「でも、あなたは―――いえ、客観的に見ればそうですね」
一つ何かを飲み込んで、フィアは「それで、私のように自ら牢に入るとおっしゃるの?」と訊く。
「いえ、それは流石に残念すぎ―――」
「はい?」
「……なんでもありません」
フィアの微笑に、殺意を嗅ぎ取ったラキィが要点だけを告げる。
「私も、捜査に協力いたします」
「分かるぞラキィさん、姫さんのポンコツ捜査が不安でしょうがないんだよな」
再びフィアの万力ヘッドロックを食らうシンジに、ラキィは言った。
「……不安なのは、あなたのことも、です」
処刑人ラキィが二人の保護者となった。
「怪しいですな」
話がまとまりかけたところで、再び法務大臣カウゴから声が上がる。
「この者―――シンジ殿とおっしゃいましたか。本当に勇者なのですか、我が王よ、王女よ」
「それな」
「
まったくもって、真っ当な疑問であった。
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